「なにをやっている! どうしてこうも我々のゴーレムが簡単に倒されるのだ?」
帝国軍の後方陣地にて、戦況を目にしているウェイスは呆然とした声を上げた。
帝国が繰り出した魔道具を受けても、イサギの作り出したゴーレムはピンピンとしている上に、正面から斬り合えば一方的にパワー負けする始末。
「……ガリウス、説明をしろ」
「帝国ゴーレムよりもイサギの作ったゴーレムの方が性能を大きく上回っているのかと……」
自国の技術よりも、解雇して追い払ったイサギの方が技術が勝っている。
これはガリウスにとっても屈辱的なことであった。
「三倍以上の戦力差だぞ!? それなのに既に半数まで減らされている。このままでは壊滅だ。それほどまでに貴様らのゴーレムの質が悪いのか!」
「恐れながら我々は魔道具の開発と生産に注力していますので……」
「ええい、もういい! ゴーレム共は当てにならん! 兵を動かせ!」
苦しげなガリウスの言い訳に、ウェイスは怒声を上げそうになったが、気持ちを切り替えて対処することにした。
「ウェイス様! 獣人共が砦から出陣してきます!」
そんな中、一人の兵士からウェイスの元に報告が。
「獣人共め。地の利を捨てて、突撃してくるとは、所詮は獣ということか」
ウェイスはすぐ様に兵士に伝令を飛ばし、迎え撃つことにした。
渓谷によって道幅が制限されており、一度に戦える人数は限られているが、それでも帝国の方が戦力は圧倒的だ。
戦力差で楽にねじ伏せることができる。
そんなことを考えていたウェイスであるが、その予想はあっさりと覆されることになった。
帝国兵と獣人が接敵すると、冗談のように帝国兵が倒れていくではないか。
ガリウスも同様に考えていただけに、これには酷く動揺する。
帝国兵が攻撃を仕掛けるよりも早く、獣人たちの剣が早く届く。
剣を打ち合わせようにも武器を半ばからへし折られ、即座に斬り捨てられる。
動きを捉えようと全力で掴みかかるが、獣人が片手で力を込めるだけで帝国兵は痛みに悲鳴を上げる。
人間族に比べ、獣人族の方が身体能力が高いのは知っているが、明らかにこれは以上だ。
接敵する様子を見ていると、まるで赤子と大人のような力の差がある。
それは徴収した一般の兵士であっても、訓練を受けている騎士であっても同様だ。まるで歯が立たない。
「相手は獣! それもたかだが数百人程度だぞ!? それなのにどうして我が帝国がここまで押されている!?」
「獣人の力が恐ろしく強く、とても敵いません!」
「なにを情けないことを言っている! それでも帝国の兵士か!」
「……イサギが何か強力なポーションを飲ませているのかもしれません」
「またイサギか!」
「あれほどの強力なポーションを服用しては、獣人たちも代償は大きい可能性があります」
「であれば、時間をかければ状況はこちらに傾く可能性もあるということか……」
実際にはただ錬金術で品種改良した作物を、兵糧丸として加工し、摂取しているだけに過ぎないのだが、そのような技術をウェイスやガリウスがわかるはずもない。
「魔道部隊を前に出せ。遠距離から一方的に攻撃を加えろ」
イサギがなにかしらの強化を与えた獣人の力が膨大な以上、それとまともにぶつかる必要はない。
「弓兵部隊、全滅です!」
「火炎大砲部隊も同じく全滅です!」
「設置型の魔道具が次々と無効化されていきます!」
そのような意図で指示を出すが、魔道具を運用する部隊が次々と壊滅していく報告が上がってくる。
「一体どうなっている? どうしても魔道部隊が次々と……」
「ウェイス様! イサギです! イサギが前線に出て、我々の邪魔をしています!」
ガリウスが遠見の魔道具を覗き込みながら言う。
「なに!? 錬金術師の癖に前線に出ていているというのか!?」
ウェイスも慌てて遠見の魔道具を覗き込むと、前線にて不可思議な馬に跨るイサギの姿が。
イサギが魔法を飛ばす度に、魔道部隊が無効化、あるいは壊滅していくのが見えた。
ウェイスの判断は正しいものであったが、唯一の誤算はイサギが前線に出ていることだった。
「イサギは我々の使う軍用魔道具の構造や弱点を隅々まで熟知している。獣人共を潰す前にイサギを潰す必要があったか」
そのことに気付いたウェイスたちは、イサギたちを狙うように指示を出すが、それすらもことごとくイサギに邪魔をされ、傍らに寄り添うメイドの獣人に阻まれる。
「イサギの傍らにいるのはメルシアか?」
「イサギと一緒に職を辞めた獣人のメイドか!」
かつての部下だった者が、また一人敵として立ちはだかっている。そのことがウェイスとしては歯がゆくて仕方がなかった。
さたには虎の子として用意した戦槌ゴーレムがメルシアによって一撃で粉砕され、イサギの手によって鹵獲され、敵の手に渡る失態。
「前線の被害が甚大です! このままでは戦線が崩壊する恐れがあります!」
戦力でも物資でも圧倒的な力を持っていながら、帝国所属の元宮廷錬金術師と獣人たちにここまで翻弄されるのはウェイスにとって我慢できないことだ。
我慢の限界に達したウェイスが目の前のテーブルを蹴り飛ばそうとした瞬間に、傍にいたガリウスが口を開いた。
「ウェイス様、例の軍用魔道具を使いましょう」
「そうか! 我々にはあの軍用魔道具があったな!」
「ええ、獣人共が前に出てくるのであれば、十分に射程距離に入ります。調子の乗っているところを一網打尽にしてやります」
「いいだろう。ガリウス、魔力大砲の使用を許可する」
ウェイスの指示を受けて、ガリウスは速やかに行動を開始するのであった。