レギナがこじ開けた穴を他の獣人たちがなだれ込んでいく。
視界にはリカルドやラグムントが帝国兵と接敵する様子が見えた。
従業員でもある彼らを心配して見守っていると、二人はあっさりと帝国兵を斬り捨てた。
「うはっ! マジですげえな! これなら誰が相手でも負ける気がしねえぜ!」
「ああ、さすがはイサギさんの作物の力だ」
一方的な戦いにリカルドやラグムント自身も驚いているようだ。
そして、そんな光景は二人だけでなく、戦場のあちこちでも発生している。
獣人たちが剣を打ち合わせると、確実に帝国兵が力負けをしている。
一合目で剣を弾かれるか、腕ごと剣をへし折られ、体勢を大きく崩したところで胴体への一撃が入る。その一撃は皮鎧や金属鎧を容易く切り裂き、帝国兵の身体から血しぶきが舞い上がるではないか。
「想像以上に一方的な光景だ」
「ただでさえ、獣人は身体能力が高いです。そこにイサギ様の開発した、強化作物による能力上昇が加われば、真正面から人間族が叶うわけがありません」
メルシアにはこのような光景が予想できていたようで極めて冷静だった。
獣人たちが本気で戦う姿は何度か見たことがあるが、強化作物による恩恵を得ると、ここまで化けた戦闘力になるとは。
まるで大の大人が幼い子供を相手に一方的な殺戮を繰り広げているようだ。
可哀想に思える光景だが、攻めてきたのは帝国兵たちの方だ。
こちらが情けをかけてやる必要はない。
そうこう戦況を眺めているうちに俺とメルシアも前線へと追いついた。
「イサギ様、私たちはどうしましょう?」
「皆のサポートに回ろう!」
「わかりました!」
さすがにレギナや強化作物を口にした獣人たちと肩を並べて戦える気はしないからね。
俺は錬金術師らしく援護をしよう。
広い視野を持って戦況を確認する。
獣人たちがもっとも恐れるものは遠距離攻撃だ。
たとえ、驚異的な身体能力があっても、遠距離から攻撃されてしまっては手も足も出ない。
だから、俺は帝国兵の遠距離攻撃手段を潰そう。
帝国兵の中に魔力弓を構える部隊がいる。
そいつらはゴーレムと同じ前列を走るレギナを狙っている。
弓を上に構えていることから矢を山なりに発射して、ゴーレムに防がれないようにレギナを狙うつもりだろう。
しかし、そんなことはさせない。
「撃て!」
「ウインドカーテン」
弓兵部隊が矢を発射したタイミングで俺は風魔法を発動。
弓から発射されたばかりに魔力矢は安定しない。それ故に発射のタイミングで強風を受ければ、いとも簡単に使用者の元に跳ね返った。弓兵部隊が倒れる。
「魔力の練りが甘いね」
「魔道具の力に頼って慢心している証拠です」
もっと魔力の扱いに熟練していれば、こんな風に跳ね返されることはない。精々が逸らされる程度だ。
メルシアの言う通り、魔道具の性能に甘えて、鍛錬を怠っているとしか言えないな。
「イサギ様、今度はあちらが!」
弓兵部隊を黙らせると、左の方から砲台を抱える兵士たちがいた。
森に火炎弾を放ってきた部隊であり、火炎砲という魔道具を運用する部隊だ。
「あはは、それも俺が製作に関わった軍用魔道具だから無駄だよ」
ご丁寧に俺とメルシアを狙っているようなので、俺は錬金術を発動。
渓谷の地面に干渉し、彼らの目の前に土壁を隆起させた。
「撃ち方やめ!」
「む、無理です!」
火炎砲は一度魔力を込めると、中断することのできない魔道具だ。
目の前に壁があるとわかっていても止めることはできない。
結果として火炎大砲部隊は目の前の壁に火炎弾を発射し、自らが被爆する結果になった。
「どの魔道具も私たちが製作に関わったものですのに無意味です」
「違いないや」
魔力弓も火炎砲も俺が帝国にいた時に発明された軍用魔道具だ。
常人にとっては構造や短所などは不明だが、製作者側だった俺はすべて知っている。
そんなものをこちらに向けられても怖くもなんともない。
右方では罠型の魔道具が設置されている。
「メルシア、あの魔道具のアンカーを壊して」
「かしこまりました。ていっ」
メルシアの投げた石は正確に魔道具のアンカーを打ち砕き、ぽてりと地面に倒れた。
残念ながらその魔道具は反動を相殺するアンカーが壊されると、暴発する恐れが高く、まともに使用はできなくなる。
しかし、運用している兵士はそれを知らなかったのか、倒れた魔道具を回収しようとして爆発に巻き込まれた。
「帝国のゴーレムだ!」
「でけえ! というか、まだいたのかよ!?」
そんな風に帝国の魔道具をメルシアと共に無効化していると、戦場に帝国ゴーレムが現れた。最初に出してきたゴーレムよりもデカく、巨大な戦槌を装備している。
ゴーレムが戦槌を振り下ろすと、地面が大きく砕ける。
強化作物を食べたラグムントやリカルドでも、真正面からのゴーレムを相手にするには荷が重いだろう。
「戦槌装備式ゴーレムだ。あれの魔石が埋め込まれている場所は……」
「右の脇腹ですね!」
「うん。というわけで頼むよ、メルシア」
「お任せください」
ここで獣人たちの勢いは止めたくはない。
メルシアはゴーレム馬から降りると、行く手を阻んでいる戦槌ゴーレムへと接近。
勢いよく戦槌を薙ぎ払うが、メルシアはそれを華麗に避けると、すれ違いざまにゴーレムの右脇腹に拳を叩きつけた。
ズンッというお腹に響くような低い音が鳴る。
ゴーレムを見てみると右脇腹に大きな穴が空いており、中にある魔石が砕けていた。
エネルギーの供給源となる魔石が砕かれ、戦槌ゴーレムは前のめりに倒れた。
「うおおおお! さすがはメルシアだ!」
巨大なゴーレムがたった一人の少女に倒れ伏すという光景に獣人たちが興奮したような声を上げた。
「たった一撃で砕くなんてすごいね」
「私も二撃は必要かと思ったのですが、強化作物のお陰で一撃でいけました」
錬金術で作られたゴーレムだよ? 普通は二撃でも無理だと思うんだけど、さすがはメルシアとしか言えないな。
「戦槌ゴーレムの魔石は右脇腹にあります!」
「わかった! 皆、そこを狙うぞ!」
「囲んで確実に潰せ!」
メルシアが指示を出すと、ラグムントやリカルドが仲間と連携して戦槌ゴーレムの対処に当たる。
ゴーレムの大きさと膂力に驚いているが徐々に獣人たちも慣れてきたのか、一人が注意を引き付けて、もう二人が攻撃を加える形で攻略が始まる。
さすがにメルシアのように一撃とはいかないが、それでも獣人たちにかかれば三分もかからないうちに戦槌ゴーレムが地に沈んでいく。
「メルシア、ちょっと周囲を警戒してくれる?」
「何をされるのですか?」
「いやー、せっかく綺麗な素体が落ちているからね」
「なるほど。敵のゴーレムをこちらの物にするのですね!」
メルシアに周囲を見張ってもらっている間に、俺は倒れ伏した戦槌ゴーレムに近づく。
錬金術で魔力回路を修復し、命令式を書き直す。それから俺が加工した魔石をハメて、装甲を修復。
「起動、ゴーレム」
最後に俺の魔力を流すと、メルシアに倒されたばかりの戦槌ゴーレムは見事に起き上がった。
「獣人を守り、帝国兵を薙ぎ払ってくれ」
俺が新たな命令を与えると、戦槌ゴーレムはくるりと踵を返して帝国兵の方へ向かっていった。
「うわ! なんだよこいつ!? うちのゴーレムじゃなかったのか!?」
「どうなってんだよ、ちきしょう!」
さっきまで味方だったゴーレムが突如として寝返る光景に帝国兵たちは混乱しているようだ。
本来ならば、こんな風に簡単に上書きされることはない。使役しているゴーレムを奪われるなんてことはゴーレムを運用するに当たってもっとも避けなければいけないことだ。
しかし、帝国ゴーレムのセキュリティはかなり稚拙。魔力回路の複雑化か偽装術式も組み込まれていないので奪い取るのは簡単だった。
「さて、こんな調子でドンドンと戦力を増やしていこう」
なにせ戦力はいくらあっても足りないくらいだからね。
このまま倒した戦槌ゴーレムを次々と鹵獲していこう。