帝国を出立したウェイスは、招集した自らの軍を率いて獣王国へと進軍していた。
「ガリウス、プルメニア村まではあとどのくらいだ?」
馬を歩かせるウェイスの隣には追従するようにガリウスがいた。
「このテフラ山脈を越えれば、獣王国の領土であり、半日ほどでプルメニア村に到着するものかと」
「ようやくか……まったく、帝国を出るだけでこれだけの時間がかかるとは、国土が広いというのも考え物だな」
帝都からテフラ山脈に移動するのに二週間。錬金術師が開発したポーションによって無理な行軍を繰り返し、倒れた者は捨てて、立ち寄った街や村などで補給する。
そんな犠牲によって成り立った行軍だが、ウェイスはそれを当然と捉えているために罪悪感を抱くことはない。
「獣王国は四方を山に囲まれた要塞国ですからね」
「それ故に今まで本格的な侵略はできなかったが、プルメニア村にある大農園とやらを押さえてしまえばこちらのものだ。そのためにお前がすることはわかるな?」
「村を占領した後にイサギが作り上げた農園の作物を解析し、我々だけで栽培できるようにすることです」
「わかっているのならばいい。作物を無限に生み出せる術さえ手に入れれば、帝国の食料事情は改善されるからな。その上、獣王国を手に入れるための足掛かりを築き上げることさえできる。それが叶えば、私を糾弾する声は収まり、一転して名声が高まるであろう」
そんな未来を想像してか、ウェイスが不敵な笑みを浮かべる。
ライオネルやイサギが予想していた通り、ウェイスの狙いはイサギの大農園を自らのものにし、国内へ作物を還元しつつ、進軍のための軍事拠点とすることだった。
「その時は何卒、錬金術課の拡大の方もお願いいたします」
「そうだな。農園を手に入れば、多くの宮廷錬金術師がそちらに配属されることになる。予算の増額と人員の増員を検討しよう」
「ありがとうございます」
「まあ、まずは大農園を手に入れることだ。この山を下り、レディア渓谷を抜ければ、プルメニア村までは一直線だ。一気に行くぞ」
「問題はレディア渓谷での待ち伏せですね」
「フン、仮に我々の動きを察知していたところで相手ができることはたかが知れているだろう」
実際にウェイスの思考は正しい。障害となるのは辺境にある村一つだ。大きく見積もって数は千。万を越えている帝国にかかれば、一ひねりである。
「とはいえ、無用な被害を出しては他の者に小突かれる原因となる。斥候を出しておくか」
ウェイスは兵士に素早く指示を出すと、斥候に選ばれた兵士が馬を操作して山を駆け下りていく。
やがてウェイスたちがテフラ山脈の中ほどを抜けた頃に斥候は戻ってきた。
「報告です! レディア渓谷に巨大な砦が築かれております!」
「巨大な砦だと!? そんなものがあったか?」
「私の記憶でもそのようなものはなかったかと……」
斥候からの報告にウェイスとガリウスは目を瞬かせる。
ウェイスたちもプルメニア村に進軍するに当たって、国境に位置する周辺の街や村から地形の情報収集くらいはしている。しかし、情報の中にレディア渓谷に巨大な砦ができたなどというものは一つもなかった。
「とにかく、実際に確認してみるしかあるまい。このままレディア渓谷に入る」
ウェイスの指示の元、帝国兵たちはテフラ山脈を抜けて、レディア渓谷に足を踏み入れる。
すると、視界の遥か先に巨大な砦が鎮座しているのが目視できた。
「……想像以上に堅牢な砦だな」
「本陣と防壁には魔力鉱が含まれています。ただの獣人にこのようなものを作れるはずがありません」
錬金術師ではないものの、数々の錬金術をこの目にしてガリウスには砦を構成する素材の色合いで判断することができた。
「となると、あれを作ったのはイサギか。厄介なことをしてくれる」
左右にそびえ立つ大きな谷の長さは軽く百メートルを越えており、急な斜面な上に岩肌の凹凸も激しいので人間が登ることは不可能だ。多くの軍勢を率いるウェイスは回り道をすることもできず、平坦な谷底の道を通るしかない。
しかも、谷底の幅はそこまで広いものでもなく数百人単位で通れず、大きく展開するといった動きができない。
情報にないものの存在に帝国兵たちがざわめく。
「狼狽えるな! たとえ有利な位置に砦を築こうが、こちらには圧倒的な軍勢がいるのだ! あそこに籠っているのは千にも満たない烏合の衆! 真正面から叩き潰してやればいい!」
ウェイスの冷静な声音と明確な方針の決定により、帝国兵たちの動揺はすぐに収まった。
たとえ、堅牢な砦があろうともあそこにいるのは獣人の村人だ。
数では大いに勝っている上に、こちらには精強な兵士や騎士、魔法使いなどの人員が豊富におり、支給されている装備も一級品のもの。徴兵されたただの平民でさえ、魔道具を持たされているので、強引な行軍をしたとはいえ帝国兵たちは強気だった。
「落石や罠には注意しろ!」
ウェイスが逐一指示を飛ばしながら帝国兵は谷底を通って進軍。
唯一の通り道であり、やや曲がりくねっているが一本道だ。当然、ウェイスたちも罠を警戒する。
魔法使いや錬金術師に指示を出して、すぐに迎撃できるように準備をしながらゆっくりと進んでいくが、想像していたような攻撃は見受けられない。
「罠はないのか?」
進めど何も起こらないことにウェイスが拍子抜けしていると、兵士たちの行軍速度が遅くなった。
「何事だ?」
「人間と黒い狼と思われる魔物が進路を塞ぐように立っております!」
兵士に言われて、ウェイスは遠見の魔道具で覗き込む。
すると、兵士の言う通り、前方にはポツリと佇む一人の人間がいた。
銀色の髪に黄色い瞳をした十代中頃の少年は、帝国の宮廷錬金術しであることを表すローブを羽織っている。
「イサギか!」
「宮廷錬金術師のローブを羽織っておりますが、どういたしましょう?」
「レディア渓谷に砦を築いたのは帝国に敵対するという意思表示でしょう。たとえ、どのような者であっても帝国に牙を剥く以上は、ねじ伏せなければなりません。そうですよね、ウェイス様?」
「素直に大農園を差し出すのであれば、命くらいは拾ってやろうと思ったが我々の前に立ちふさがるのであれば容赦はせん。大農園が手に入る以上、イサギはもう帝国に必要ない。構うことなく殺してしまえ」
「はっ!」
ウェイスの速やかな決定により、帝国兵の進軍速度が元に戻る。
一人の男と一匹の魔物を潰すことに躊躇いはない。
「魔法槍、構え!」
兵士長の言葉が響くと、前線の兵士が魔法槍を起動しながら前に進む。
魔法槍の穂先に様々な属性の光が宿る。
(イサギ、魔法槍の射程に入った瞬間に終わりだ。お前が無様に散っていく様を見てやろう)
馬上にいるガリウスが暗い笑みを浮かべながら遠見の魔道具を覗くと、突っ立っていたイサギが懐から何かを取り出したのに気付いた。
手の平に握りしめたものはあまりに小さくて何かはわからない。だが、小さな何かが地面に落ちた瞬間、とんでもない勢いで木が生えていく。
それらは増殖を繰り返し、数百メートル空いていた彼我の距離をあっという間に埋め尽くした。
正面や側面からの攻撃に警戒してはいたが、まさか地面から木々が生えてくるとは思いもしない。
突起してくる木々に帝国兵が次々と吹き飛ばされ、あちこちで悲鳴が上がった。
「なんだ!? なにがどうなっている!?」
王族であるウェイスや、それに従うガリウスは遥か後方に陣取っているために呑み込まれることはなかったが、そびえ立つ木々によって戦況の把握がまったくできない。
「イサギの攻撃です!」
「だからどんな攻撃だと言っている!?」
「恐らく、なにかしらの植物を錬金術で改良し、森を作り上げたのかと……」
「戦場に森を作りあげるだと!? 中はどうなっている!?」
「わかりません! 中の様子を窺おうにも木々が襲いかかってきます!」
ウェイスの視界では森に突入しようとした兵士たちが、木々から伸びた蔓や枝葉に妨害されている姿が写っていた。
「ウェイス様! 崖から石が転がり落ちてきます!」
「くっ! 奇襲を一切仕掛けてこなかったのは混乱をつくためか! 魔法部隊は石を砕け!」
ウェイスの指示によって魔法を待機させていた魔法使いの部隊が杖を掲げた。
「……森の中はどう?」
ブラックウルフたちが森に入ってしばらく。俺は中の情報を拾うべく、傍らに佇むコクロウに尋ねた。
「ブラックウルフたちの襲撃は成功だな。あちこちで人間の手足が食いちぎられ、阿鼻叫喚の声が響いている」
大きく発達した犬歯を見せつけながら笑みを浮かべる。
いや、そんなグロテスクな報告は求めていないんだけどなあ。
俺が錬金術で森を作り上げ、森に閉じ込めた帝国兵をブラックウルフたちが奇襲する。これが俺の考えた作戦だ。
当初はレギナやメルシアといった獣人も加えるつもりだったが、コクロウが自分たちだけでやった方がやりやすいと意見したので魔物たちだけでの奇襲となっている。
野生の中を生き抜いてきたブラックウルフたちにとっては森の中は庭のようなもの。薄暗くとも夜目が利く上に、匂いでも相手の位置を把握することができる。
反対に帝国兵は薄暗い森の中では見渡せる視界の範囲も狭く、仲間の位置も把握しづらいために連携もとりづらい。加えて、生い茂る木々や枝葉のせいで武器を満足に振り回すことができない。ブラックウルフたちにとってはカモでしかないだろう。
「順調なようなら何よりだよ」
魔法や魔道具を発動しようにも同士討ちや火事を恐れて迂闊に放つこともできないからね。
この辺りの地面にはあらかじめ調整を施した肥料を撒いておいたけど、俺が開発した繁殖の種はそれを越える速度で土から栄養を吸い上げている。遠目にも既に地面が灰化しているのがわかり、栄養が吸い尽くされてしまっている。
数年は草木すら生えない不毛の大地になってしまったかもしれないが、皆を守るためだ。仕方がない。
「負傷しているブラックウルフはいる?」
「いないな」
「森の中とはいえ、これだけの帝国兵を相手に?」
「危ない位置にいる奴は我が影で移動させている」
「そんなこともできるんだ」
襲撃に加わることもなくジーッとしていると思ったら、どうやら影を通じてサポートをしているらしい。影を操作しての遠隔攻撃、ブラックウルフの位置入れ替え、緊急回避、指示とこう見えて忙しく活躍しているようだ。
森の中には無数に影がある。影を操るコクロウにとっても森の中は独壇場だろうな。
それだけの支援があれば、ブラックウルフたちに一切の負傷がないのは当然か。
コクロウの報告によると、既に二百人以上の人間が犠牲になっているとのこと。
こんな強大な魔物を相手に過去に二人で挑んだのかと思うとすごいな。
「もし、怪我を負ったブラックウルフがいたらすぐに下がらせてくれ。俺がポーションで治療するから。とにかく、無理はしないように頼むよ」
影でブラックウルフの位置を変えることができるのなら、一時的な帰還もできるはずだ。生きてさえいれば、俺がポーションで治療をすることができるので無理だけはしないでほしい。
「魔物である我々のことを心配するとは相変わらず変な奴等だ。安心しろ。このような状況で我らが負けるはずがない――ッ!?」
余裕な笑みを浮かべていたコクロウであるが、突如として耳を震わせて俺の股下に入ってきた。
「ええっ!? なになに!?」
股下から無理矢理背中に乗せられる方になってしまった俺は混乱する。
そんな混乱の声を無視し、コクロウは無言で後ろへと走る。
次の瞬間、俺たちの立っていた場所に火炎弾が落ちてきた。
「ええ!」
離れている俺たちの位置にまで爆風がやってきて、思わず腕で顔を覆う。
安全な地帯まで移動して振り返ると、前方の空に次々と赤い光が浮かび、それらが森に着弾するのが見えた。
「帝国の魔法!? まだ森の中には大勢の帝国兵がいるのに!?」
「恐らく、味方もろとも我々や森を焼き払うつもりだろうな」
コクロウが冷静に述べる中、二発目、三発目、四発目と続けて火炎弾が撃ち込まれる。
爆発の衝撃で木々がへし折れ、枝葉に炎が燃え広がる。
錬金術で調整し、炎への耐性を上げているが、さすがにここまで派手に火魔法を撃ち込まれては木々も無事では済まない。
爆発する森の中から帝国兵と思われる悲鳴が聞こえる。
って、冷静に観察している場合じゃない。
「ブラックウルフたちは!?」
「無事だ。既に我の影を通じて下がらせている」
コクロウの影が蠢く、そこから大勢のブラックウルフが出てくる。
どうやら火炎弾が着弾してすぐにブラックウルフたちを影に回収していたようだ。
あっという間に大勢のブラックウルフに囲まれて、もふもふ空間が出来上がった。
ほぼ全員が口元や爪を真っ赤に染めており、どこか誇らしげにしている。
思う存分に蹂躙できたようだ。
中には炎が掠ってしまったのか、お腹の辺りが焼け焦げている個体がいる。
「おいで」
「ウォン!」
俺が回復ポーションを振りかけると、綺麗な毛並みに戻ってくれた。
自慢の毛並みが再生して嬉しいのか、ブラックウルフが嬉しそうに走り回る。
よかった。誰も欠けることがなくて。
「それにしても、まさか味方ごと森を焼き払うなんて……ッ!」
「迂闊に森に入れば、死ににいくようなものだ。前の者は見捨て、進軍させることを選んだのだろう」
確かに逆の立場だと突破をするのは困難かもしれないが、帝国がここまで非道で強引な攻撃を仕掛けてくるとは予想外だ。
俺が歯噛みしている間に森の中には火炎弾、火球、火矢が次々と撃ち込まれていく。
俺はすぐにコクロウの背中に跨った。
「コクロウ、俺たちも撤退しよう」
「ああ」
このまま森の傍にいては、俺たちも帝国の魔法に巻き込まれてしまう。
コクロウは頷くと、すぐに砦に向かって走り出した。
ブラックウルフたちもすぐに後ろを付いてくる。
すると、後方で魔力の収束を感じた。恐らく、魔法使いたちによる複合魔法だろう。
程なくして魔法が完成し、森に火炎嵐が撃ち込まれる。
早めに撤退をしてよかった。あのままボーッとしていたら複合魔法に巻き込まれているところだった。
しっかりとコクロウの背中に掴まっていると崖を登り終わったのか、降りろとばかりに体を揺すられる。
やっぱり必要な時以外は人間を背中に乗せたくはないようだ。せっかくなら顔を埋めたりしてもうちょっと堪能しておけばよかった。
「イサギ様!」
などと呑気なことを思っていると、砦の防壁からメルシアが顔を出していた。
メルシアに寄っていこうとすると、彼女が防壁から飛び降りてきた。
「イサギ様! ご無事ですか!?」
「あ、うん。俺は大丈夫だよ」
俺よりも防壁から飛び降りたメルシアの方が心配なのだが、彼女の剣幕を見るとそんなことは尋ねられなかった。
とりあえず、どこも怪我をしていないことを伝えると、メルシアはホッとしたように胸を押さえた。
「森に火が放たれた時もそうだけど、イサギたちの近くに魔法が落ちた時は肝を冷やしたわよ」
「あはは、コクロウに助けられたよ」
入り口から俺たちのことを心配してレギナをはじめとする村人たちがやってくる。
砦の高い位置からはしっかりと帝国の魔法軌道が見えていただけに、よりヒヤヒヤとしたに違いない。
「それにしてもあんな強引な手を使うなんてね」
「うん。でも、森を消火するのに時間もかかるし、時間は稼げそうだよ」
森が燃えている間は帝国兵たちも進軍することはできない。
魔法使いが水魔法を使えば、鎮火することはできるが、先ほどの複合魔法のせいで即座に放つことはできないだろう。
「帝国が動くのにどのくらいかかると思う?」
「半日ほどだと思う」
敵も魔力回復ポーションを所持しているはずだ。複合魔法によって消費した魔力をある程度回復させたら、すぐに鎮火のための魔法を放つだろう。
「これだけの仕掛けをしても半日しか時間が稼げないのね」
これだけの火事を起こせば、二日くらいはまともに通れなくなるはずだが、それを何とかできるのが帝国の豊富な人員と物資である。
「でも、帝国にかなりの被害を与えることができたよ」
「コクロウやブラックウルフたちにも怪我はないみたいだし、先制攻撃はあたしたちの完全勝利ね! まずはそのことを喜びましょう!」
レギナの声に応じ、砦から村人たちの勇ましい声が上がった。
獣王軍たちがやってくるまでの時間を稼げれば、俺たちの勝率はグンと上がる。
ここで無理をする必要はない。
森火事によって帝国が動けない間に、俺は工房に籠ってゴーレムを作成していく。
もちろん、作っているのは農園にいる作業用ゴーレムではなく、戦うためのもの。
器用さではなく頑丈さや攻撃力に特化しており、俺が錬金術で作り上げた武具を装備している。たとえ、遠方から魔法や魔道具を撃ち込まれようが、お構いなしに突き進んでくれる頼りになるゴーレムである。
戦力の少ない俺たちにとって、ゴーレムはとても頼りになる。
ゴーレムならば素材と俺の魔力さえあれば、いくらでも作り出すことが可能だ。
だからこうして空いた時間ができると、俺はちょくちょくとゴーレムを作成するようにしている。
「イサギ様、帝国が動きました」
「わかった。すぐに向かうよ」
メルシアに呼ばれたので俺はゴーレムをマジックバッグに収納する。
本当はもう少し細部の調整をしたかったが、帝国に動きがあった以上は中断するしかない。
魔力回復ポーションを口にし、俺はメルシアと共に渓谷を俯瞰できる防壁に移動。
そこには既にレギナやケルシーをはじめとする村人たちが集結していた。
レディア渓谷の谷底に広がる森は半日ほど経過してなお燃焼しており、赤熱した木々が転がっており、激しい煙を上げていた。
帝国兵の姿は見えない。
しばらく見守っていると、燃焼している森の上空に大きな円環が広がった。
巨大な円環の輪は青い光を灯すと、そこから激しい風雨を注いだ。
水と風による複合魔法だ。
魔法による激しい風雨によって鎮火し、煙は遥か彼方へと飛ばされた。
魔法が終わった後に炭化した木々が転がっていた。
帝国と俺たちの間を埋め尽くしていた森はもうない。阻むものがなくなった。
「帝国が進軍を再開したぞ!」
「なにあれ? 人間じゃない?」
獣人が声を上げ、レギナが小首を傾げた。
遠見の魔道具を覗き込むと、そこに写ったのは帝国兵ではない。
「ゴーレムだ!」
痛痒を一切感じないゴーレムを前面に押し出した戦略。
先程の攻撃による大きな被害もあってか、帝国側はゴーレムを使うことにしたようだ。
「レギナ、こっちもゴーレムを使うよ」
「ええ、お願い!」
そっちがゴーレムを出すのであれば、こちらもゴーレムを出すまでだ。
俺はマジックバッグから大量の武装ゴーレムを取り出すと、一斉に起動させた。
「いけ! 敵を蹴散らしてくれ!」
俺が指示を飛ばすと、武装ゴーレムたちはこくりと頷いて、一斉に前へ進み始めた。
「頼もしい光景だが、敵の方が遥かにゴーレムが多いな」
ケルシーがゴーレムたちを見送りながら言う。
準備期間中に俺が作成することのできたゴーレムは五百体だ。それに対して帝国側のゴーレムはその三倍以上だ。圧倒的な戦力差に不安になるのも仕方がない。
「問題ありません。質ではイサギ様のゴーレムの方が勝っています」
「そうは言うが、敵のゴーレムは三倍だぞ?」
「問題ありません」
ケルシーが不安げな声を上げるが、メルシアがきっぱりと否定した。
「ケルシーはイサギの作ったゴーレムと戦ったことがないから不安に思うのも仕方ないわね。とりあえず、今はゴーレムに任せましょう」
「レギナ様がそうおっしゃるのであれば……」
レギナがそう言うと、ケルシーは不安そうにしながらも頷いた。
自分の作ったゴーレムだけに自信満々な言葉は言いづらいが、この日のために備えた作ったゴーレムだ。たとえ、帝国の宮廷錬金術師が作り上げたゴーレムだろうと負ける気はしない。
砦から見守っていると両者の距離があっという間に縮まる。
そして、帝国のゴーレムと俺の作った武装ゴーレムがぶつかり合う距離になる。
最初に動いたのは相手側のゴーレムだ。
帝国は射程距離に入るなり、剣、槍、斧などの魔道具を突き出し、様々な属性魔法を放ってきた。どうやら帝国はこの数のゴーレムにも魔道具を装備させているらしい。
それに対し、俺の作った武装ゴーレムは両腕を前に突き出して防御姿勢となり、その身体で受け止めた。
何百もの魔法が着弾し、激しい土煙が舞い上がる。
その威力に砦から見守っていると獣人たちが呆然とするが、次の瞬間煙を突き破る形で俺の武装ゴーレムが跳躍した。
武装ゴーレムは素早く駆け出して帝国ゴーレムに近寄る。当然、敵のゴーレムも装備していた魔法剣で応戦するが、武装ゴーレムの剣は魔法剣ごと敵を切り裂いた。
それは先陣を切った一体だけでなく、あちこちで同じような展開が繰り広げられる。
「こ、これは?」
「先ほど言ったじゃないですか、父さん。帝国のゴーレムとイサギ様のゴーレムでは質が違うと」
「いや、そうは言っていたが、まさかここまで一方的とは」
「あたしでもイサギの武装ゴーレムを抑えるのは三体で精一杯だからね。並のゴーレムや兵士だととても太刀打ちできないと思うわ」
レギナのあっさりとした言葉にケルシーは戦慄しているようだ。
俺がやってきてからプルメニア村では大いに活躍しているが、軍用となるとそこまでのスペックになるとは思っていなかったのだろう。
ライオネルから融通してもらったありったけの素材と、俺の莫大な魔力を注ぎ込んでいるからね。
魔力鉱をはじめとする、アダマンタイト、魔力鋼などふんだんに使用して強化している。
ちょっとやそこらの魔法ではビクともしない。
「それにしても帝国のゴーレムがやけにあっさりと倒れていくものだ」
「元は俺も帝国にいた人間ですから。帝国がどのような構造のゴーレムを作っているか、どんな動かし方をするかはお見通しです」
帝国の軍用ゴーレムの運用の仕方は、とにかく多くのゴーレムを作り、そこに魔道具を装備させるといった方法だ。その方法は理に適っているが、肝心のゴーレム作りの技術自体は低い。なぜならば、帝国の宮廷錬金術師は軍用魔道具の開発や作成には熱心であるが、ゴーレムの作成自体にはあまり熱心ではない。
ゴーレムなど先頭に立たせて、魔道具を発射するだけの固定砲台、あるいは肉壁、そのような思想しか持っていない。
それ故に、ゴーレム同士の激しい戦闘などは想定されておらず、実際に戦闘を行うとこのようになるわけだ。
仮に対応できたとしても、手足の可動域が狭かったり、可動域に限界があったりと稚拙だ。
そこを一方的に突いてやれば、簡単に倒すことができる。
「さ、さすがはイサギ君だな」
「イサギがこっち側にいてくれて本当に助かるわ」
帝国ゴーレムの弱点を解説すると、ケルシーとレギナがやや畏怖のこもった表情で呟いた。
そう言ってくれると俺も頑張った甲斐があるというものだ。
「ゴーレムの脆弱性については過去にイサギ様が何度も訴えていたことですのに……」
脆弱性を突かれ、バッタバッタと倒れていく帝国ゴーレムを見て、メルシアが哀れな視線を向ける。
ゴーレムの脆弱性については何度も訴えたんだけど、ガリウスに却下されたんだっけ。
あの時はなんて言われたんだっけ……確か魔道具を持たせるだけの飾りに労力を割くよりも、軍用魔道具の開発に力を割けみたいなことを言われた気がする。
今思い出すと、ちょっとむかつく出来事だが、目の前で繰り広げられている光景が俺の主張の正しさを証明してくれているのでスッキリとした気分だった。
「あれほどいた敵が、みるみるうちに数を減らしていく!」
当初はこちらの三倍以上の数がいた帝国ゴーレムであったが、こちらの武装ゴーレムによって蹴散らされ、その数を半分以下に減らしていた。
敵側の攻撃はこちらに一切通らない上に、こちら側の攻撃は敵にとって一撃必殺となる。
武装ゴーレムが剣を一振りするだけで、三体から五体ほどの数が沈んでいくのだ。
戦力が半数以下になるのも無理はない。
唯一の利点で数の利も道幅の制限された谷底では生かすことができない。接近されれば、満足に魔道具を放つこともできず、戦いは一方的なものになっていた。
「レギナ様、我々も押し込みましょう!」
俺の武装ゴーレムの勢いは止まらず、このままいけば敵のゴーレムたちを殲滅するだろう。
武装ゴーレムと一緒に前に進めば、帝国の陣地に大打撃を与えられる可能性が高い。
いくら堅牢な砦を築いているとはいえ、敵の数は膨大だ。なんとかして敵を押し返す、あるいは、進軍を鈍らせるためには、大きなきっかけが必要である。
仕掛けるならここだろう。
ケルシーの提案にレギナはこくりと頷く。
「ええ! イサギのゴーレムによって帝国の前線は崩れている! このまま押し込んで帝国の本陣に大打撃を与えるわよ!」
「「おおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」
大剣を掲げながらのレギナの言葉に、砦にいた獣人たちも武器を掲げながらひと際大きな声で答える。
戦が始まったとはいえ、ずっと俺の独壇場だった。血の気が多い獣人たちはずっと戦いたくて仕方がなかったのだろう。
「総員、強化丸薬を摂取!」
レギナが声を上げながら革袋の中から取り出した丸薬を口にする。
ダリオとシーレが強化作物を元に、より効果のあるものに作成したものだ。
獣人たちもそれらを口にすると、あちこちで遠吠えのようなものが上がった。
獣人たちの興奮している姿を見ると、ヤバい薬でも作ってしまったんじゃないかって思う。
「だ、大丈夫!? なんか皆、すごく興奮してるけど!?」
「戦っていうこともあって、ちょっと昂ってるかもね。でも、問題はないわ」
隣にいるレギナも昂っているせいか尻尾が激しく動いているが、理性が飛んだりしている様子はない。皆、戦の熱気に当てられているんだろうな。
「開門だ!」
防壁に設置された門が上へと上がっていき、砦の中に待機していた獣人たちが勢いよく出ていく。雑然と出ていっているように見えるが、進行中はそれぞれが固まって進んでいる。
事前に打ち合わせを重ね、陣形通りに動いているようだ。
「あたしも行ってくるわ!」
獣人たちが門から出ていくのを見ていると、隣にいたレギナがゴーレム馬に跨って駆け下りていく。
「ええ!? 指揮官なのに前に出るの!?」
「指揮官だからよ!」
いや、その返しは意味がわからない。指揮官だから後ろにいるものじゃないの!?
「獣人族では、もっとも強い者が先陣を切る役割を担うのです」
あんぐりとしているとメルシアが解説してくれた。人間族との文化の乖離が激しい。
「砦の方はどうなるの?」
「そちらは父さんが担うことになります」
ふと視線を向けると、少し寂しそうな顔をしたケルシーがいた。
さすがに攻めるとはいえ、すべての戦力を出せるわけじゃないからね。いつでも退避できるように指揮のとれる人材が残ってくれてよかった。
「この場合の俺たちってどうなってる?」
砦から討って出るタイミングは特殊で、その時の動きは臨機応変となっている。
俺は準備に奔走していたので、状況が動いた場合の具体的な動きを知らない。
「イサギ様は既に獅子奮迅の活躍をなされているので後方で待機となります」
「そうなんだ」
「ですが、イサギ様はそれでは堪えられないのですよね?」
俺が神妙な顔で頷くと、メルシアがしょうがないといった様子で言う。
どうやら俺の心中などメルシアにはお見通しらしい。長年、俺の助手をしてくれているだけある。
「……うん。皆が命を懸けて戦っているのに、俺だけが後ろで見ているだけっていうのは我慢できないんだ。だから、メルシアも付いてきてくれるかい?」
「ッ!」
「あはは、メルシアは危ないからここに残ってくれって言うと思ったかな?」
「……はい。ですので、どうやってイサギ様を説得するか考えていたところでした」
「自分一人じゃ何もできないのはわかっていることだからね」
プルメニア村にやってきてコクロウと遭遇した時も、ラオス砂漠を横断する時も、キングデザートワームを討伐する時も俺はメルシアに助けられてばかりだ。彼女がいなければ、今頃ここにいれたかもわからない。
そんな経験を何度もしてきたんだ。今更、メルシアは後ろに下がっていてなんて言えるはずもない。
「メルシアがいるから俺は安心して前に進むことができる。だから、メルシアにはずっと傍にいてほしい」
「ああ、うええ、イサギ様……」
手を差し伸べると、メルシアはなぜか上ずった声でこちらを見上げてくる。
あれ? また何か変な言い方をしてしまっただろうか?
言葉を振り返ってみると、なんだか告白みたいな感じな気がする。
でも、今更言葉を取り下げることもできないし、ここで狼狽えるのもカッコ悪い。
堂々とした様子でいると、頬を赤く染めたメルシアがおずおずと手を重ねてくれた。
「おっほん!」
「わっ!」
突如、すぐ傍から上がるケルシーの声。
そうだ。ケルシーが傍にいたんだった。
かしこまった会話を見られて、少し恥ずかしい。
「……父さん」
「私が止めても無駄だろう。ここにメルシアを連れてきた時点で覚悟はしている。二人とも無事で戻ってくるんだぞ?」
「はい!」
メルシアを溺愛しているケルシーのことだから前線行きを大反対するかと思いきや、すんなりと認めてくれたようで安心した。
ホッと心の中で安堵していると、ケルシーの鋭い視線がこちらを射抜く。
言葉では何も言ってこないが、娘に怪我をさせたらただじゃおかないって顔だ。
俺は苦笑しながらもアイコンタクトで無事で帰ってくることを約束した。というか、しないとここで殺されるからね。
「じゃあ、行こうか!」
「はい!」
マジックバッグから二頭のゴーレム馬を取り出すと、俺とメルシアはそれぞれに乗り込む。
そのまま砦を出ると、谷底へと一直線に下りていく。
急な斜面を駆け下りるのは操縦技術と度胸がいるが、この日のために何度も練習したので問題ない。
今もちょっと怖いけど、コクロウの背中に乗って下りた時より十倍マシだ。
谷底に下りると、メルシアと共に道なりに真っすぐに進んでいく。
武装ゴーレムは帝国のゴーレムを殲滅し、帝国兵へと距離を詰めていく。
「総員、魔道具を放て!」
帝国兵が一斉に魔道具を放ってくるが、武装ゴーレムはそれをものともせずに突き進んでいく。中にはゴーレムとの戦闘で負傷していたのか、崩れ落ちる個体は微々たるものだ。
「ダメだ! 効かねえ!」
「ゴーレムに人間が勝てるわけがねえ!」
損害はほとんど無しの状態で武装ゴーレムは帝国兵と接敵し、そのことごとくを吹き飛ばしていく。中には騎士らしき者もいたが、たとえ魔力で肉体強度を上げようとも、ゴーレムとはスペックが違うのだ。一に一を出しても微々たるものでしかないので無駄だ。
「先手必勝!」
ゴーレムが切り開いたところにレギナが飛び込む。
レギナが振りかぶっている大剣には、炎の力が宿っており、彼女は帝国兵の密集する場所にそれを叩きつけた。
次の瞬間、大きな爆炎が上がり、帝国兵たちが冗談のように吹き飛んだ。
そんな光景が後ろにいる俺たちにもよくわかる。
あの大剣はレギナのために俺が調整して作った魔法体剣。炎属性を付与されている。
試運転でも問題ないことは確認済みだが、実戦で問題なく稼働している姿を見ると、錬金術師としては安心できるものだ。
レギナがこじ開けた穴を他の獣人たちがなだれ込んでいく。
視界にはリカルドやラグムントが帝国兵と接敵する様子が見えた。
従業員でもある彼らを心配して見守っていると、二人はあっさりと帝国兵を斬り捨てた。
「うはっ! マジですげえな! これなら誰が相手でも負ける気がしねえぜ!」
「ああ、さすがはイサギさんの作物の力だ」
一方的な戦いにリカルドやラグムント自身も驚いているようだ。
そして、そんな光景は二人だけでなく、戦場のあちこちでも発生している。
獣人たちが剣を打ち合わせると、確実に帝国兵が力負けをしている。
一合目で剣を弾かれるか、腕ごと剣をへし折られ、体勢を大きく崩したところで胴体への一撃が入る。その一撃は皮鎧や金属鎧を容易く切り裂き、帝国兵の身体から血しぶきが舞い上がるではないか。
「想像以上に一方的な光景だ」
「ただでさえ、獣人は身体能力が高いです。そこにイサギ様の開発した、強化作物による能力上昇が加われば、真正面から人間族が叶うわけがありません」
メルシアにはこのような光景が予想できていたようで極めて冷静だった。
獣人たちが本気で戦う姿は何度か見たことがあるが、強化作物による恩恵を得ると、ここまで化けた戦闘力になるとは。
まるで大の大人が幼い子供を相手に一方的な殺戮を繰り広げているようだ。
可哀想に思える光景だが、攻めてきたのは帝国兵たちの方だ。
こちらが情けをかけてやる必要はない。
そうこう戦況を眺めているうちに俺とメルシアも前線へと追いついた。
「イサギ様、私たちはどうしましょう?」
「皆のサポートに回ろう!」
「わかりました!」
さすがにレギナや強化作物を口にした獣人たちと肩を並べて戦える気はしないからね。
俺は錬金術師らしく援護をしよう。
広い視野を持って戦況を確認する。
獣人たちがもっとも恐れるものは遠距離攻撃だ。
たとえ、驚異的な身体能力があっても、遠距離から攻撃されてしまっては手も足も出ない。
だから、俺は帝国兵の遠距離攻撃手段を潰そう。
帝国兵の中に魔力弓を構える部隊がいる。
そいつらはゴーレムと同じ前列を走るレギナを狙っている。
弓を上に構えていることから矢を山なりに発射して、ゴーレムに防がれないようにレギナを狙うつもりだろう。
しかし、そんなことはさせない。
「撃て!」
「ウインドカーテン」
弓兵部隊が矢を発射したタイミングで俺は風魔法を発動。
弓から発射されたばかりに魔力矢は安定しない。それ故に発射のタイミングで強風を受ければ、いとも簡単に使用者の元に跳ね返った。弓兵部隊が倒れる。
「魔力の練りが甘いね」
「魔道具の力に頼って慢心している証拠です」
もっと魔力の扱いに熟練していれば、こんな風に跳ね返されることはない。精々が逸らされる程度だ。
メルシアの言う通り、魔道具の性能に甘えて、鍛錬を怠っているとしか言えないな。
「イサギ様、今度はあちらが!」
弓兵部隊を黙らせると、左の方から砲台を抱える兵士たちがいた。
森に火炎弾を放ってきた部隊であり、火炎砲という魔道具を運用する部隊だ。
「あはは、それも俺が製作に関わった軍用魔道具だから無駄だよ」
ご丁寧に俺とメルシアを狙っているようなので、俺は錬金術を発動。
渓谷の地面に干渉し、彼らの目の前に土壁を隆起させた。
「撃ち方やめ!」
「む、無理です!」
火炎砲は一度魔力を込めると、中断することのできない魔道具だ。
目の前に壁があるとわかっていても止めることはできない。
結果として火炎大砲部隊は目の前の壁に火炎弾を発射し、自らが被爆する結果になった。
「どの魔道具も私たちが製作に関わったものですのに無意味です」
「違いないや」
魔力弓も火炎砲も俺が帝国にいた時に発明された軍用魔道具だ。
常人にとっては構造や短所などは不明だが、製作者側だった俺はすべて知っている。
そんなものをこちらに向けられても怖くもなんともない。
右方では罠型の魔道具が設置されている。
「メルシア、あの魔道具のアンカーを壊して」
「かしこまりました。ていっ」
メルシアの投げた石は正確に魔道具のアンカーを打ち砕き、ぽてりと地面に倒れた。
残念ながらその魔道具は反動を相殺するアンカーが壊されると、暴発する恐れが高く、まともに使用はできなくなる。
しかし、運用している兵士はそれを知らなかったのか、倒れた魔道具を回収しようとして爆発に巻き込まれた。
「帝国のゴーレムだ!」
「でけえ! というか、まだいたのかよ!?」
そんな風に帝国の魔道具をメルシアと共に無効化していると、戦場に帝国ゴーレムが現れた。最初に出してきたゴーレムよりもデカく、巨大な戦槌を装備している。
ゴーレムが戦槌を振り下ろすと、地面が大きく砕ける。
強化作物を食べたラグムントやリカルドでも、真正面からのゴーレムを相手にするには荷が重いだろう。
「戦槌装備式ゴーレムだ。あれの魔石が埋め込まれている場所は……」
「右の脇腹ですね!」
「うん。というわけで頼むよ、メルシア」
「お任せください」
ここで獣人たちの勢いは止めたくはない。
メルシアはゴーレム馬から降りると、行く手を阻んでいる戦槌ゴーレムへと接近。
勢いよく戦槌を薙ぎ払うが、メルシアはそれを華麗に避けると、すれ違いざまにゴーレムの右脇腹に拳を叩きつけた。
ズンッというお腹に響くような低い音が鳴る。
ゴーレムを見てみると右脇腹に大きな穴が空いており、中にある魔石が砕けていた。
エネルギーの供給源となる魔石が砕かれ、戦槌ゴーレムは前のめりに倒れた。
「うおおおお! さすがはメルシアだ!」
巨大なゴーレムがたった一人の少女に倒れ伏すという光景に獣人たちが興奮したような声を上げた。
「たった一撃で砕くなんてすごいね」
「私も二撃は必要かと思ったのですが、強化作物のお陰で一撃でいけました」
錬金術で作られたゴーレムだよ? 普通は二撃でも無理だと思うんだけど、さすがはメルシアとしか言えないな。
「戦槌ゴーレムの魔石は右脇腹にあります!」
「わかった! 皆、そこを狙うぞ!」
「囲んで確実に潰せ!」
メルシアが指示を出すと、ラグムントやリカルドが仲間と連携して戦槌ゴーレムの対処に当たる。
ゴーレムの大きさと膂力に驚いているが徐々に獣人たちも慣れてきたのか、一人が注意を引き付けて、もう二人が攻撃を加える形で攻略が始まる。
さすがにメルシアのように一撃とはいかないが、それでも獣人たちにかかれば三分もかからないうちに戦槌ゴーレムが地に沈んでいく。
「メルシア、ちょっと周囲を警戒してくれる?」
「何をされるのですか?」
「いやー、せっかく綺麗な素体が落ちているからね」
「なるほど。敵のゴーレムをこちらの物にするのですね!」
メルシアに周囲を見張ってもらっている間に、俺は倒れ伏した戦槌ゴーレムに近づく。
錬金術で魔力回路を修復し、命令式を書き直す。それから俺が加工した魔石をハメて、装甲を修復。
「起動、ゴーレム」
最後に俺の魔力を流すと、メルシアに倒されたばかりの戦槌ゴーレムは見事に起き上がった。
「獣人を守り、帝国兵を薙ぎ払ってくれ」
俺が新たな命令を与えると、戦槌ゴーレムはくるりと踵を返して帝国兵の方へ向かっていった。
「うわ! なんだよこいつ!? うちのゴーレムじゃなかったのか!?」
「どうなってんだよ、ちきしょう!」
さっきまで味方だったゴーレムが突如として寝返る光景に帝国兵たちは混乱しているようだ。
本来ならば、こんな風に簡単に上書きされることはない。使役しているゴーレムを奪われるなんてことはゴーレムを運用するに当たってもっとも避けなければいけないことだ。
しかし、帝国ゴーレムのセキュリティはかなり稚拙。魔力回路の複雑化か偽装術式も組み込まれていないので奪い取るのは簡単だった。
「さて、こんな調子でドンドンと戦力を増やしていこう」
なにせ戦力はいくらあっても足りないくらいだからね。
このまま倒した戦槌ゴーレムを次々と鹵獲していこう。
「なにをやっている! どうしてこうも我々のゴーレムが簡単に倒されるのだ?」
帝国軍の後方陣地にて、戦況を目にしているウェイスは呆然とした声を上げた。
帝国が繰り出した魔道具を受けても、イサギの作り出したゴーレムはピンピンとしている上に、正面から斬り合えば一方的にパワー負けする始末。
「……ガリウス、説明をしろ」
「帝国ゴーレムよりもイサギの作ったゴーレムの方が性能を大きく上回っているのかと……」
自国の技術よりも、解雇して追い払ったイサギの方が技術が勝っている。
これはガリウスにとっても屈辱的なことであった。
「三倍以上の戦力差だぞ!? それなのに既に半数まで減らされている。このままでは壊滅だ。それほどまでに貴様らのゴーレムの質が悪いのか!」
「恐れながら我々は魔道具の開発と生産に注力していますので……」
「ええい、もういい! ゴーレム共は当てにならん! 兵を動かせ!」
苦しげなガリウスの言い訳に、ウェイスは怒声を上げそうになったが、気持ちを切り替えて対処することにした。
「ウェイス様! 獣人共が砦から出陣してきます!」
そんな中、一人の兵士からウェイスの元に報告が。
「獣人共め。地の利を捨てて、突撃してくるとは、所詮は獣ということか」
ウェイスはすぐ様に兵士に伝令を飛ばし、迎え撃つことにした。
渓谷によって道幅が制限されており、一度に戦える人数は限られているが、それでも帝国の方が戦力は圧倒的だ。
戦力差で楽にねじ伏せることができる。
そんなことを考えていたウェイスであるが、その予想はあっさりと覆されることになった。
帝国兵と獣人が接敵すると、冗談のように帝国兵が倒れていくではないか。
ガリウスも同様に考えていただけに、これには酷く動揺する。
帝国兵が攻撃を仕掛けるよりも早く、獣人たちの剣が早く届く。
剣を打ち合わせようにも武器を半ばからへし折られ、即座に斬り捨てられる。
動きを捉えようと全力で掴みかかるが、獣人が片手で力を込めるだけで帝国兵は痛みに悲鳴を上げる。
人間族に比べ、獣人族の方が身体能力が高いのは知っているが、明らかにこれは以上だ。
接敵する様子を見ていると、まるで赤子と大人のような力の差がある。
それは徴収した一般の兵士であっても、訓練を受けている騎士であっても同様だ。まるで歯が立たない。
「相手は獣! それもたかだが数百人程度だぞ!? それなのにどうして我が帝国がここまで押されている!?」
「獣人の力が恐ろしく強く、とても敵いません!」
「なにを情けないことを言っている! それでも帝国の兵士か!」
「……イサギが何か強力なポーションを飲ませているのかもしれません」
「またイサギか!」
「あれほどの強力なポーションを服用しては、獣人たちも代償は大きい可能性があります」
「であれば、時間をかければ状況はこちらに傾く可能性もあるということか……」
実際にはただ錬金術で品種改良した作物を、兵糧丸として加工し、摂取しているだけに過ぎないのだが、そのような技術をウェイスやガリウスがわかるはずもない。
「魔道部隊を前に出せ。遠距離から一方的に攻撃を加えろ」
イサギがなにかしらの強化を与えた獣人の力が膨大な以上、それとまともにぶつかる必要はない。
「弓兵部隊、全滅です!」
「火炎大砲部隊も同じく全滅です!」
「設置型の魔道具が次々と無効化されていきます!」
そのような意図で指示を出すが、魔道具を運用する部隊が次々と壊滅していく報告が上がってくる。
「一体どうなっている? どうしても魔道部隊が次々と……」
「ウェイス様! イサギです! イサギが前線に出て、我々の邪魔をしています!」
ガリウスが遠見の魔道具を覗き込みながら言う。
「なに!? 錬金術師の癖に前線に出ていているというのか!?」
ウェイスも慌てて遠見の魔道具を覗き込むと、前線にて不可思議な馬に跨るイサギの姿が。
イサギが魔法を飛ばす度に、魔道部隊が無効化、あるいは壊滅していくのが見えた。
ウェイスの判断は正しいものであったが、唯一の誤算はイサギが前線に出ていることだった。
「イサギは我々の使う軍用魔道具の構造や弱点を隅々まで熟知している。獣人共を潰す前にイサギを潰す必要があったか」
そのことに気付いたウェイスたちは、イサギたちを狙うように指示を出すが、それすらもことごとくイサギに邪魔をされ、傍らに寄り添うメイドの獣人に阻まれる。
「イサギの傍らにいるのはメルシアか?」
「イサギと一緒に職を辞めた獣人のメイドか!」
かつての部下だった者が、また一人敵として立ちはだかっている。そのことがウェイスとしては歯がゆくて仕方がなかった。
さたには虎の子として用意した戦槌ゴーレムがメルシアによって一撃で粉砕され、イサギの手によって鹵獲され、敵の手に渡る失態。
「前線の被害が甚大です! このままでは戦線が崩壊する恐れがあります!」
戦力でも物資でも圧倒的な力を持っていながら、帝国所属の元宮廷錬金術師と獣人たちにここまで翻弄されるのはウェイスにとって我慢できないことだ。
我慢の限界に達したウェイスが目の前のテーブルを蹴り飛ばそうとした瞬間に、傍にいたガリウスが口を開いた。
「ウェイス様、例の軍用魔道具を使いましょう」
「そうか! 我々にはあの軍用魔道具があったな!」
「ええ、獣人共が前に出てくるのであれば、十分に射程距離に入ります。調子の乗っているところを一網打尽にしてやります」
「いいだろう。ガリウス、魔力大砲の使用を許可する」
ウェイスの指示を受けて、ガリウスは速やかに行動を開始するのであった。
「焔旋風!」
レギナの大剣を凪ぎ払うと、付与された炎の力も相まって強力な炎の嵐が迸る。
至近距離にいた帝国兵は両断され、周囲にいた者たちも爆風のあおりを受けて大きく吹き飛ばされていた。
レギナの周りに敵がいなくなったので俺とメルシアはゴーレム馬で彼女の傍に寄る。
「絶好調だね!」
「ええ、だけど何か手応えがないのよね」
レギナから明るい返事がくると思ったが、大剣を肩に担ぎ上げた彼女の顔色は神妙だった。
「手応えがないってどういうこと?」
レギナだけでなく、俺たちが倒している帝国兵が偽物というわけではない。
戦場に漂う血の匂いや、転がっている遺体が、この上なく現実のものだと訴えかけていた。
これらが夢や幻のわけがない。
「ごめんなさい。感覚的なものだから口では説明しにくいわ」
「レギナ様は現状に違和感を覚えているということですね?」
「ええ。だけど、その違和感の正体がわからないのよ」
レギナとメルシアが小首を傾げる中、俺は落ち着いて周囲を見渡してもみる。
帝国の被害が甚大に与えた上に、こちらにも死傷者はいるものの被害は軽微だ。
敵の魔道具部隊も無力化することができ、戦槌ゴーレムを鹵獲したお陰で俺たちは破竹の勢いで戦線を押し上げることができている。
……戦線を押し上げている?
そのキーワードに引っかかりを覚えた俺は、ふと後ろを振り向く。
気が付くと、俺たちの戦線はかなり前に出ており、防衛拠点からかなり離れていた。
それに対して帝国は陣をドンドンと後退している。
武装ゴーレムや鹵獲した戦槌ゴーレム、レギナの活躍、強化作物で強化された獣人といった大きな要素はあるものの、帝国の抵抗があまりにも少ない。
まる、奥へ奥へと誘われているように。
遥か前方にある帝国陣の奥を見ると、巨大な黒い棒が姿を現した。
遠見の魔道具を覗き込んでみると、それは棒なのではなく巨大な大砲だというのがわかった。バレルだけで二十メートルもあり、表面には浮き出るほどに大量の魔力回路が接続されているのが見えた。
「レギナ、急いで皆に下がるように言ってくれ!」
「ええ!? どうして!?」
「俺たちは誘い込まれたんだ! このままだと、あそこにある軍用魔道具に一網打尽にされる!」
指を差すと、視界の遥か先にある巨大な大砲が見えたのか、レギナが身体を硬直させた。
しかし、それは一瞬で自らが何をするべきか悟ったらしい。
「全軍、ただちに撤退! 敵の軍用魔道具の斜線上から離れて!」
俺は風魔法を発動。レギナの声が戦場に広く響き渡るように音を拡張した。
その音量に獣人たちは身体をビクリと震わせる。
少しうるさかったかもしれないが、聞こえないよりも百倍マシだろう。
「ええ? なんでだ!? せっかく帝国兵たち潰せるってのに!」
「リカルド、レギナ様の命令だ! 従え!」
「あー。ったく、わかったよ!」
前線では困惑している者もいるが、ラグムントをはじめとする冷静な者が率先して声をかけてくれたお陰か撤退の動きができる。しかし、中には戦いに熱が入って聞こえていないものいる。そういった者は俺がゴーレムに指示を出して、無理矢理に後退させておいた。
俺たちが撤退する動きに帝国も気が付いたのか、巨大な大砲に魔力が充填され始める。
「マズい! 既にここも射程範囲だ!」
今まであれを隠していたのは、俺たちを引き込んで殲滅するため。最大の効果を発揮するために引き付けていただけで、既に射程圏内に入っていたらしい。
砲身に途方もない量の魔力が集まっていく。
魔力を扱う生業だからこそわかる。収束している魔力の量がとんでもないことを。
あれが放たれれば、射線上にいるすべてのものは消し炭となる。
「なんだ!? あのでっかい大砲は!? あれも帝国の魔道具なのか!?」
異様なほどの魔力の収束に素養のない獣人たちも畏怖を覚えたようだ。
「いいから走れ! 後ろを見るな!」
今は立ち止まってはいけない。俺はゴーレム馬に乗りながら、後退してくる獣人たちに声をかける。
獣人たちは全力で走ってくれているが、あの大砲がどれほどの射程範囲を誇るのかわからない。
己の足で走るよりもゴーレム馬の方が速いと判断したのか、レギナがメルシアの後ろへ器用に飛び乗る。
「もしかして、砦にまで届くんじゃないでしょうね!?」
「いくら帝国の錬金術師でも、それほどの超遠距離軍用魔道具は開発できていないはず!」
もし、帝国の陣地から俺たちの砦にまで届くのであれば、最初からぶっ放しているはずだ。
それをしなかったということは、あの大砲まで魔力を放つことができないのだろう。
というか、そう思うしかない。
祈りをささげるような気持ちで必死に走らせる。
ゴーレム馬は既に爆走モードで限界以上の速さを出してくれている。
しかし、それでも砦までの距離が遠い。時間が足りない。
チラリと後方を確認すると、膨大な魔力が砲身の先で圧縮され固められる。
「イサギ様、敵の攻撃がきます!」
敵の攻撃は既に放たれる寸前だ。
既に射程圏内に入っていた以上、殿を務めている俺たちには直撃する可能性が高い。
このままだと俺もメルシアもレギナも死んでしまう。
俺はまだしもレギナを失えば、俺たちの勢力は瓦解する。
それだけは避けなければいけない。
俺はゴーレム馬を操作して旋回させると、レギナとメルシアを先に行かせて一人だけ残ることにした。
「イサギ様!? なにをしているんですか!?」
「敵の攻撃を食い止めるから二人は砦に!」
爆走状態のゴーレムが急停止をすることはできない。
メルシアとレギナを乗せたゴーレムがグングンと前へ走っていく。
メルシアが慌てて引き返そうとする姿が見えたが、俺の決意を汲み取ってくれたレギナが必死に止めてくれていた。
助かる。そうじゃないと俺だけが残って意味がない。
「ケルシーさんに娘を傷つけないようにって言われているからね」
ごめん、メルシア。力を貸してほしいって言っておきながら、結局は一人で見栄を張ってしまった。
でも、これは俺にしかできないことなんだ。ここが皆の守るための正念場だ。
戦場に一人残った俺は、残っているゴーレムに指示を出して集める。
武装ゴーレムの身体を構成しているのは、アダマンタイトや魔力鉱、魔力鋼といった強力な素材だ。魔力に対する抵抗力がとても高く、拡散させる能力を持っている。
鹵獲したゴーレムを合わせると、数は二百五十体ほど。
斜線上に設置しておければ、それだけで十分に盾として機能してくれるだろう。
しかし、砲身に収束している魔力量を考えると、これでもまだまだ足りない。
俺は地面に両手をつけると、錬金術を発動。
地面を変質させて大砲の斜線上に次々と圧縮した土壁を隆起させる。
十枚や二十枚じゃない。何百、何千という枚数の土壁を間隔を空けながら設置していく。
一枚一枚に土壁に圧縮をかけながら硬度を上げていく。体内にある魔力がゴリゴリと減っていくのがわかる。
それでも魔力ポーションを口にしながら俺は錬金術を発動し続けた。
体内で急速に魔力が生成され、消費されていく感覚が酷く気持ち悪い。
頭痛と吐き気がして今に倒れそうだ。
しかし、それでも止めるわけにはいかない。
夢中になって魔力を注ぎ続けていると、遂にその時がきた。
空気が振動し、大地が大きく揺れた。
壁やゴーレムで前が見えないが、収束された魔力がこちらに向かって一気に解き放たれたのを察知した。
射線上にあった土壁が紙のように破壊されていく。
砦の防壁ほどではないが、一枚一枚がかなりの硬度を誇っているのにだ。
何百もの土壁が次々と消滅し、三百、四百、五百と一瞬にして蒸発していく。
土壁を破壊するごとに魔力砲の威力は少しずつ減衰している。しかし、それでも威力はまだまだ健在でとてつもない勢いで土壁が割られていく。
七百、八百、九百……遂に千枚目が破られて、防衛陣を組ませたゴーレムたちに直撃。
ゴーレムの盾はこれまでの土壁に比べると、あっさりと食い破られることはなかった。
しかし、アダマンタイトの装甲でもこの魔力の質量や熱量には耐えられないのか、一体、また一体と溶け出していく。
俺はマジックバッグから残っているすべてのアダマンタイトを出すと、錬金術で加工して目の前に展開。全魔力を注入して硬度を引き上げた。
やがてゴーレムたちが消滅し、俺の作り上げたアダマンタイトの壁に直撃。
とてつもない魔力の波動が俺に襲いかかる。
アダマンタイトの壁が赤熱し、じんわりと中心部から融解していくのがわかる。
悲鳴を上げているのは壁だけじゃない。俺の身体もだ。
酷使された俺の魔力器官が悲鳴を上げ、口から血が飛び出る。
余波による高熱が俺の全身の肌を焼き上げる。
痛い、熱い、苦しい……でも、それでもやめるわけにはいかない。
俺の後ろには大切な人がいるんだ。
「止まれえええええええええええっ!」
衝撃と魔力欠乏によって意識が吹き飛びそうになるが、なんとか気力で堪えた。
そして、目の前にあるアダマンタイトの壁が決壊。
消滅の波が俺を呑み込むかと思ったが、魔力砲はアダマンタイトの壁によって減衰して、進行先が逸れてくれたようだ。
後方のどこかに逸れて着弾する音が聞こえる。
そんな音が聞こえるだけで、今の俺に振り返って確認する体力はなかった。
身体が言う事を聞かずに前のめりに倒れ込んでしまう。
呼吸ができ、ドクドクと心臓が震える音がする。俺はどうやらまだ生きているみたいだ。
何もすることができずに倒れ伏していると、地面から激しい振動が伝わってくる。
帝国兵だ。魔力大砲を放って獣人たちを大きく下がらせたんだ。
この機会を逃すわけがない。逃げないと。だけど、身体が疲弊して動かすことができない。
もしものためにライオネルから貰った世界樹の雫を利用したポーションがあるが、使うことができなければ意味はなかった。
「イサギ様!」
遥か後方からメルシアの声らしきものが聞こえる。
最初に感じたのは安堵だった。
「よかった。無事だったんだ」
顔は見えないけど、かなり距離が遠い。
恐らくメルシアが俺を回収するよりも、帝国兵の魔法が先に届くだろう。
帝国兵たちの足音が近づき、ドンドンと大きくなっているのがわかる。
残念ながら俺は助からない。
「だけど、大切な人を守り切れたのなら、ここで死ぬのも悪くはないかな」
最期に男として格好いいところを見せられた気がする。
「なんだ貴様、ここで死にたいのか?」
「えっ!? コクロウ?」
目をだけを動かしてみると、傍らにはコクロウが佇んでおり、哀れな顔でこちらを見下ろしている。
「どうしてここに?」
「我はずっと貴様の影に潜んでいたからな」
「な、なるほど」
それなら魔力砲を防ぐ時に力を貸してくれてもよかったんじゃ……思わず、そんなことを思ったがコクロウにそこまでの力はないし、過度な期待をしてはいけない。
「で、ここで野垂れ死ぬのが望みか?」
「え、いや。生きたいです。助けてください」
「しょうがない奴だ」
コクロウがため息を吐くと、俺の真下にある影が揺らめいてずぶずぶと身体が沈んでいく。
「な、なにこれ!?」
「我の影に入れてやっているんだ。息を止めておけ」
どうやらコクロウやブラックウルフがやっている影移動を行ってくれるようだ。
というか人間である俺も移動できるのか? わからないけど、それしか道がないので従うしかない。
ずぶずぶと沈んでいく得体の知れない感覚に恐怖しながらも、コクロウの言うことに従って息を止めた。
今の俺は指一本動かすことができないんだし、身を任せるしかない。
程なくして俺とコクロウの身体は影に沈んだ。
目を開けても何も見ることのできない完全な暗闇だ。
「チッ、人間を連れて移動するのは難しいな」
傍らにいるコクロウが悪態をついている。
この空間にとって俺は異物なのだろう。妙な圧迫感がある。
俺という異物がいるので移動に苦戦しているようだ。
疲弊している中、息を止めているのはかなり辛い。
「小娘、足を止めろ!」
「コクロウさん!?」
酸欠で意識が遠くなる中、コクロウの声とメルシアの驚く声が響いた。
次の瞬間、俺の身体がふわりと浮上する。
「イサギ様!?」
ちかちかとする視界の中で、こちらを見て驚いた顔をするメルシアが見えた。
どうやらメルシアの影に移動したようだ。
「小娘、さっさとこいつを拾い上げろ」
「は、はい!」
コクロウが俺の身体を押し上げると、メルシアが速やかに回収してゴーレム馬の前に乗せてくれた。
「イサギ様、ご無事でよかったです」
「あはは、心配かけちゃったみたいだね」
「まったくです。あんな無茶をされるだなんて」
「言葉を交わし合うのはいいが、まずは後ろをどうするかが先ではないか?」
コクロウに言われて後ろを振り向くと、帝国兵たちが進軍してきていた。
こちらはゴーレムが全滅し、戦力のほとんどが砦まで引いてしまっている。
中々前に進むことのできなかった帝国からすれば、絶好の機会。
「砦に引き返します!」
メルシアが慌ててレバーを操作して、ゴーレム馬を走らせる。
「コクロウのさっきの技で逃げたりとかは……」
「人間が一緒にというのは無理だ」
さっき苦戦していた様子から、コクロウにとって人間ごと影移動を行うのは負担の大きいことのようだ。あれが使えたら安全に一瞬にして避難できるというのに残念だ。
「このままですと、私たちと一緒に帝国兵まで砦に接近してしまいます!」
俺たちの後方には帝国兵たちがいる。このまま何もせずに砦まで引き返しては、帝国兵まで連れていくことになりかねない。
「コクロウ、あそこの崖に攻撃することってできる?」
「ああ」
俺が指をさすと、コクロウは影の刃を飛ばした。
黒い刃は崖に直撃すると勢いよく爆発し、谷底へと岩を落とした。
「なんだ今の爆発は?」
「撤退する時のために魔石爆弾を埋めていたんだ。あっちとあっちにも埋めているから攻撃して作動させてくれるかい?」
本来ならば、俺が錬金術で遠隔作動させる予定だったのだが、今は魔力が空なのでそれすらもできない。
コクロウに頼むと、彼は次々と影から刃を飛ばして、俺が指定したポイントに命中させてくれた。地中に埋めてあった魔石爆弾が次々と起動し、大量の岩や土砂が谷底を塞ぐ。
だけど、まだ足りない。ちょっとやそっとの岩じゃ帝国はすぐに破壊して進軍してくる。
岩の撤去を妨害するような戦力が必要だ。
俺は気力を振り絞ってポーチの中から瓶を取り出す。
そこにはコクロウと一緒に作成した錬金生物の種が入っているのだが、疲弊しているせいか瓶を開けることすらままならない。
「ええい、じれったい! 撒けばいいのだろう!」
苦戦しているとコクロウが影を伸ばして俺の瓶を回収し、影を操作して器用に蓋を開けると、中に詰まっている大量の種を地面に撒いた。
種はひとりで地面に埋まると、瞬く間に成長して異形の植物と化す。
ある個体は数メートルもある蔓を伸ばし、ある個体は人間のように手足を生やし、ある個体は全身に刺のようなものを生やす。それらに共通している点は、どうみても人と共存できるような見た目ではないことだ。
「イサギ様、あれは?」
「錬金術で品種改良した作物だよ」
「そ、そうですか」
こんなものを作っているとメルシアに知られたくなかったし、彼女の目の前で使いたくもなかったが、俺たちには立て直しをする時間が必要だった。
大量の土砂と錬金生物を谷底に落とすと、俺たちは防衛拠点である砦へと引き返すのだった。
●
「イサギ! 大丈夫なの!?」
メルシア、コクロウと共に砦に帰還すると、真っ先にレギナが出迎えてくれた。
「ああ、なんとかね」
「よかった」
まったく動くことはできないが無事であることを伝えると、彼女は心底ホッとした顔になった。
撤退する時は冷静にメルシアを止めてくれたが、心配で気が気じゃなかったようだ。
「あの攻撃で怪我をした人はいない?」
「イサギのお陰で全員が無事に撤退できたわ。あなたが防いでくれなかったら、きっとあたしとメルシアも……本当にあなたには感謝しきれないわ」
「なら、よかった」
そう言ってもらえると身体を張った甲斐があるものだ。
俺の行いは無駄じゃなかったらしい。
「ごめん。先にポーションを飲ませてくれるかな? さっきから身体の痛みやら、魔力の欠乏でしんどくて」
「ご、ごめんなさい! 好きにどうぞ!」
レギナに断りを入れると、俺はマジックバッグから一つのポーションを取り出す。
それは他の治癒ポーションや魔力回復ポーションとも色が違う、透き通るような青色をしていた。
これはライオネルから貰った大樹の雫や枝葉を利用して作成したポーションだ。
これを飲めば傷だけでなく魔力さえも全快するだろう。
震える手で持ち上げると、後ろにいるメルシアが蓋を開けてくれた。
それだけじゃなく、俺の口へと瓶を傾ける。
「はい。イサギ様」
「いや、自分で飲めるんだけど……」
「稀少なポーションを万が一落とすようなことがあってはいけませんから」
確かに満足に一人で蓋を開けることができない奴が言っても説得力がないのかもしれない。
俺は素直に口を開けて、メルシアにポーションを飲ませてもらった。
すると、俺の身体が青い光に包まれる。
魔力大砲による攻撃で負ってしまった火傷、切り傷、打撲といった外傷は綺麗さっぱりと治ってしまい、空になっていた魔力が満たされていく。
魔力回復ポーションを摂取した時のような、急激な魔力生成による魔力器官への負担や、気持ち悪さといったものは一切ない。
「わっ! イサギの傷が治った!」
「それだけじゃなく、魔力も全部回復したよ。さすがは大樹の素材を使ったポーションだ」
「すごい効果ね!」
「興味本位で使っちゃダメだよ? ここぞという時に使ってね?」
「わかってるわよ」
俺だけじゃなくレギナにもこのポーションは持たせてある。
作成できたのが二本しかないので、もう一本はケルシーかメルシアに持たせようとしたが、全力で反対されたので二本目は俺が持っていたのである。
結果的に死にかけていたので持っていた良かったと思う。
「イサギ、あそこにいる生き物たちは、あたしたちの味方っていう認識でいいのよね?」
谷底に見える錬金生物を見下ろしながらレギナが強張った顔で尋ねてくる。
渓谷では、帝国兵が魔法や魔道具を使った岩の撤去作業をしており、その作業員に錬金生物が襲いかかる形で妨害をしていた。
「うん。そうだよ」
姿が姿だけに誤解してしまうのも仕方がない。
味方であることがわかると、レギナは一安心している様子だった。
「でも、あの錬金生物は暴れ馬だから、あくまで時間を稼ぐための戦力としてカウントしてほしい」
「……そう。こうして無事に撤退して時間を稼ぐことができたのだから、それだけで十分だわ」
ゴーレムのような運用はできないと告げると、レギナは少し残念そうにしたものの気持ちを切り替えるように呟いた。
「さて、こうしてイサギのお陰で態勢を立て直すことができているけど、帝国の引っ張り出してきた、あの魔道具が問題ね」
レギナが厳しい表情を浮かべながら帝国の陣地へと視線を向ける。
「イサギ、あの魔道具が何かわかる?」
「俺がいた時には無かった軍用魔道具だから、細かいことはわからない。だけど、さっきの一撃を受けてどんなものかはわかったよ」
「推測でもいいから教えてくれるかしら?」
「あれは膨大な魔力を圧縮させ、それを放つことで敵を殲滅する軍用魔道具だ。単純だけど、帝国の潤沢な物資と魔力が合わされば、とんでもない威力になる。仮定して名付けるとしたら魔力大砲かな?」
「で、その魔力大砲とやらだけど、イサギの作った砦に直撃したとすれば保つかしら?」
「間違いなく木っ端微塵だね」
実際に攻撃を防いでみた俺だからわかる。
あれは個人の力量ではどうすることのできない類の攻撃だ。
さっきは大量のゴーレムとアダマンタイトの障壁で逸らすことができたが、もうそれらは手元にはないし、短時間で作り直すことは不可能だ。
「あれって連発できる?」
「無理だと思う。できれば、すぐにやっているだろうし、あれだけの魔力を収束させて放つんだ。構造上、砲身に大きな負担がかかっているはずだよ」
砲身を冷却させるか砲身を取り換えるかしないと撃つことはできないはずだ。そこからさらに魔力を収束させる時間を考えると、すぐに撃てるものではない。
「それを聞いて安心したわ」
だけど、どれくらいの時間かは不明だ。
半日ほどかかるかもしれないし、数時間もしないうちに放つことができる可能性があるのだから。
「ですが、次の発射までに対抗策を考えなければいけません」
「その通りね」
帝国が前に進めば、魔力大砲も前に進むことになり、この砦が射程範囲に入ってしまう。そうなってしまえば、お終いだ。
「魔力大砲を近づかせないように帝国兵を食い止める、あるいは魔力大砲そのものを無力化する必要があるね」
「前者については難しいと言わざるを得ないわね」
先程の攻勢はゴーレムがいてこそのものだ。魔力大砲によってそれらがすべて破壊されてしまった以上は、砦に残っている戦力だけで食い止めることになる。
それでもいくらか持ちこたえることはできるが、戦力や物資に限界がある以上はそう長くはもたない。仮に持ちこたえたとしても、魔力大砲の再充填がされれば、前に出た俺たちの軍勢は殲滅されることになるだろう。対処のしようがない。
「だったらやるべきことは魔力大砲の無効化だね」
「しかし、あれは帝国の陣地の真っただ中にありますが……」
「厳しい道のりだけど、あたしもそっちの方が希望があると判断するわ」
当然、帝国も切り札である魔力大砲を壊されないように警備を厳重にしているだろう。
陣地の真っただ中に設置されており、あそこまでたどり着くのは困難だ。
しかし、あれをどうにかしないことには俺たちに希望はない。
それは誰もがわかっていることだ。
「魔力大砲を無効化するとして、問題は誰がどうやってやるかよね……」
レギナが腕を組みながら呟く。
周囲にはたくさんの獣人がいるが、誰も妙案を思いつくことがないのか難しい顔をしている。
「俺が引き受けるよ」
「どうにかする算段があるのかしら? 正面には大勢の帝国兵がいて、他に迂回することもできないわよ?」
「道がなければ作ってしまえばいいんだよ」
「なるほど。ラオス砂漠で水を引いた時のように道を掘るのね?」
「そういうこと」
ラオス砂漠で彩鳥族の集落に水を引くときに、俺は錬金術を駆使して土を掘削して水道を作成した。その時と同じ要領で崖をくり抜いて迂回すればいい。
「それなら帝国兵に気付かれずに魔力大砲の近くに出ることができるかもしれないわ!」
「ですが、またイサギ様にそのような危険を負わすなんて」
メルシアの悲痛な叫びに、レギナをはじめとする獣人たちが顔を俯かせる。
「少し待ってください。イサギ様だけが無理をしなくていいように代案を……」
「悪いけど時間はないんだ。帝国が砦に近づかれる前に、魔力大砲が動き出す前に仕掛けないといけない」
こうして考えている時間すら惜しい。俺たちには時間がない。
「誰かが一番危険だとかそんなことは関係ないよ。これは俺にしかできないことであって、俺が皆を守るためにやりたいんだ」
「ズルいです。そんな風に言われてしまっては反対できないじゃないですか」
「ごめん」
メルシアが俺を案じてくれる気持ちはわかる。
だけど、ここで仕掛けないと俺たちに勝ち目はないんだ。
「私も同行します。今度こそイサギ様をお守りいたします。もう無茶はさせません」
「ありがとう。メルシアも来てくれると心強いよ」
「ならオレも付いて行ってやるぜ、イサギさんよ!」
「微力ながら力になります」
「リカルド、ラグムントもありがとう!」
まさか、農園の従業員二人が志願してくれるとは驚きだった。
「掘削できる範囲と隠密性を考えると四人が妥当かしら?」
「うん。俺たち四人で魔力大砲を無効化してくるよ」
俺たちは真正面から魔力大砲を破壊しようというわけじゃない。
壊すことができなくとも俺が触れて錬金術を発動すれば、こっそりと無力化することができる。
求められるのは戦力よりも隠密性と連携力だ。そう考えると、気心の知れている三人が味方にいるのは実に頼もしいことだった。
「わかった。なら、あたしたちは帝国を食い止めることに専念するわ!」
「魔力大砲の方は任せてくれ」
やるべきことが決まれば、早速と行動あるのみだ。
俺、メルシア、リカルド、ラグムントは速やかに砦を出ると、崖の目の前へと移動。
そこに手をついて錬金術を発動して掘削。
「おお、硬い岩なのにあっさりと穴が空くんだな」
崖にぽっかりとできた横穴を見て、リカルドが驚きの声を上げた。
「こんな感じでドンドンと掘削して進んでいくよ」
声をかけると、俺は錬金術を発動してドンドンと掘削していく。
「灯りは私がお持ちします」
「ありがとう」
奥に進んでいくと暗くなったので視界を確保するために、メルシアが魔道ランプで前を照らしてくれる。
一応、撤退することも考えてか等間隔で光量となる光石も設置してくれている。
こういった掘削作業はラオス砂漠で経験しているからか、メルシアのフォローがとてもスムーズだ。助かる。
「俺たちに何か手伝えることはありますか?」
掘削しているとラグムントがおずおずと声をかけてくる。
俺とメルシアだけ作業をし、自分たちだけが何もしないのが心苦しいのだろう。
「掘削して地面に転がった土砂なんかを除けてほしい。後は周囲の音を拾って異常がないか確認くれると助かるよ」
「わかりました」
錬金術で地中の情報は拾えるが、外の情報を拾うことはできない。
彼らにはそういった情報収集や雑用を任せたい。
「耳にそこまでの自信はねえし、索敵はラグムントに任せるぜ」
「なら、お前は土砂除けを頼む」
「ああ」
それぞれの役割分担ができたところで俺は再び掘削を進める。
掘り進めると同時に天井や壁なんか魔力で補強し、崩落しないように気を付ける。
「思ったより速いんだな」
「ラオス砂漠に行った時に穴掘りは随分とやったからね」
あの時は山にある水源から集落まで水道を引くものだった。
その時の苦労もあってか掘削作業がかなり上達した。
進行速度は前回の二倍ほどと言っていいだろう。
今回の方が距離は短い上に傾斜もないので実にやりやすい。
ただ、岩盤の強度が脆いのでその分、補強にリソースを割かないといけないが補強するだけなら簡単なので大した苦労ではない。
「左から何かが飛来してきます!」
「え?」
掘削していると、ラグムントが耳をピンと立てて声を上げた。
次の瞬間、壁をぶち破って大きな鉄球が飛来した。
メルシアはすぐに反応すると、鉄球を殴りつけて食い止めてた。
「イサギ様、壁の補強を!」
「あ、ああ!」
周囲を見ると、あちこちで亀裂が入ってミシミシと音を立てている。
このままだと崩落する可能性が高い。
俺は慌てて錬金術を発動し、周囲の亀裂を修復させた。
「ふう、なんとかなったみたい。ありがとう、メルシア」
「いえ、皆さまがご無事でなによりです」
「にしてもなんだ今のは!? 帝国共はオレたちがここにいるってわかってやがるのか!?」
「……いや、追撃の様子もないし、そのような声も上がっていない。恐らく戦場の流れ弾だろう」
俺も一瞬、敵に居場所がバレたのかと思ったが、そうでもないみたいだ。
「レギナたちも戦ってくれているってことだね。作業を再開するよ」
今回は時間との勝負だ。魔力大砲が次の準備を始める前に何としてもたどり着かなければ。
俺は黙々と掘削を続ける。掘削することによって出てくる土砂などは、そのまま利用して壁などの補強に当てるが、中には漏れてしまうものがある。そういった邪魔なものはリカルドやメルシアが率先して取り除くか、砕いてくれる。
周囲の警戒はラグムントが行ってくれているので、本当に俺は掘削に集中するだけでいい。
「イサギ様、もうそろそろ帝国の陣地にたどり着く頃かと思います」
掘削しているとメルシアが地図を広げながら言ってくれた。
俺は錬金術を使いながら何となく進んでいたが、メルシアは進行速度を計算し、おおよその居場所を把握できているようだ。
「ええ、大勢の人の気配がします」
「じゃあ、ここからは静かに進んでいくよ」
壁をぶち抜いてすぐに帝国兵がいるわけではないが、派手に掘削をすれば存在を感知される可能性がある。ここからはできるだけ物音を立てずに進む必要があるだろう。
掘削速度は少し落とし、消音を意識してゆっくり穴を掘り進める。
急いでいる中で進行速度を落とすのがじれったいが、バレたら終わりなので慎重に進まないといけない。焦らずに進む。
「もう五メートルも掘れば、外に出るんだけど問題なさそう?」
「はい。問題ないかと」
壁に耳を当てたメルシアがそう言ってくれたので、俺は最後の掘削をして壁をぶち抜いた。