「あれほどいた敵が、みるみるうちに数を減らしていく!」
当初はこちらの三倍以上の数がいた帝国ゴーレムであったが、こちらの武装ゴーレムによって蹴散らされ、その数を半分以下に減らしていた。
敵側の攻撃はこちらに一切通らない上に、こちら側の攻撃は敵にとって一撃必殺となる。
武装ゴーレムが剣を一振りするだけで、三体から五体ほどの数が沈んでいくのだ。
戦力が半数以下になるのも無理はない。
唯一の利点で数の利も道幅の制限された谷底では生かすことができない。接近されれば、満足に魔道具を放つこともできず、戦いは一方的なものになっていた。
「レギナ様、我々も押し込みましょう!」
俺の武装ゴーレムの勢いは止まらず、このままいけば敵のゴーレムたちを殲滅するだろう。
武装ゴーレムと一緒に前に進めば、帝国の陣地に大打撃を与えられる可能性が高い。
いくら堅牢な砦を築いているとはいえ、敵の数は膨大だ。なんとかして敵を押し返す、あるいは、進軍を鈍らせるためには、大きなきっかけが必要である。
仕掛けるならここだろう。
ケルシーの提案にレギナはこくりと頷く。
「ええ! イサギのゴーレムによって帝国の前線は崩れている! このまま押し込んで帝国の本陣に大打撃を与えるわよ!」
「「おおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」
大剣を掲げながらのレギナの言葉に、砦にいた獣人たちも武器を掲げながらひと際大きな声で答える。
戦が始まったとはいえ、ずっと俺の独壇場だった。血の気が多い獣人たちはずっと戦いたくて仕方がなかったのだろう。
「総員、強化丸薬を摂取!」
レギナが声を上げながら革袋の中から取り出した丸薬を口にする。
ダリオとシーレが強化作物を元に、より効果のあるものに作成したものだ。
獣人たちもそれらを口にすると、あちこちで遠吠えのようなものが上がった。
獣人たちの興奮している姿を見ると、ヤバい薬でも作ってしまったんじゃないかって思う。
「だ、大丈夫!? なんか皆、すごく興奮してるけど!?」
「戦っていうこともあって、ちょっと昂ってるかもね。でも、問題はないわ」
隣にいるレギナも昂っているせいか尻尾が激しく動いているが、理性が飛んだりしている様子はない。皆、戦の熱気に当てられているんだろうな。
「開門だ!」
防壁に設置された門が上へと上がっていき、砦の中に待機していた獣人たちが勢いよく出ていく。雑然と出ていっているように見えるが、進行中はそれぞれが固まって進んでいる。
事前に打ち合わせを重ね、陣形通りに動いているようだ。
「あたしも行ってくるわ!」
獣人たちが門から出ていくのを見ていると、隣にいたレギナがゴーレム馬に跨って駆け下りていく。
「ええ!? 指揮官なのに前に出るの!?」
「指揮官だからよ!」
いや、その返しは意味がわからない。指揮官だから後ろにいるものじゃないの!?
「獣人族では、もっとも強い者が先陣を切る役割を担うのです」
あんぐりとしているとメルシアが解説してくれた。人間族との文化の乖離が激しい。
「砦の方はどうなるの?」
「そちらは父さんが担うことになります」
ふと視線を向けると、少し寂しそうな顔をしたケルシーがいた。
さすがに攻めるとはいえ、すべての戦力を出せるわけじゃないからね。いつでも退避できるように指揮のとれる人材が残ってくれてよかった。
「この場合の俺たちってどうなってる?」
砦から討って出るタイミングは特殊で、その時の動きは臨機応変となっている。
俺は準備に奔走していたので、状況が動いた場合の具体的な動きを知らない。
「イサギ様は既に獅子奮迅の活躍をなされているので後方で待機となります」
「そうなんだ」
「ですが、イサギ様はそれでは堪えられないのですよね?」
俺が神妙な顔で頷くと、メルシアがしょうがないといった様子で言う。
どうやら俺の心中などメルシアにはお見通しらしい。長年、俺の助手をしてくれているだけある。
「……うん。皆が命を懸けて戦っているのに、俺だけが後ろで見ているだけっていうのは我慢できないんだ。だから、メルシアも付いてきてくれるかい?」
「ッ!」
「あはは、メルシアは危ないからここに残ってくれって言うと思ったかな?」
「……はい。ですので、どうやってイサギ様を説得するか考えていたところでした」
「自分一人じゃ何もできないのはわかっていることだからね」
プルメニア村にやってきてコクロウと遭遇した時も、ラオス砂漠を横断する時も、キングデザートワームを討伐する時も俺はメルシアに助けられてばかりだ。彼女がいなければ、今頃ここにいれたかもわからない。
そんな経験を何度もしてきたんだ。今更、メルシアは後ろに下がっていてなんて言えるはずもない。
「メルシアがいるから俺は安心して前に進むことができる。だから、メルシアにはずっと傍にいてほしい」
「ああ、うええ、イサギ様……」
手を差し伸べると、メルシアはなぜか上ずった声でこちらを見上げてくる。
あれ? また何か変な言い方をしてしまっただろうか?
言葉を振り返ってみると、なんだか告白みたいな感じな気がする。
でも、今更言葉を取り下げることもできないし、ここで狼狽えるのもカッコ悪い。
堂々とした様子でいると、頬を赤く染めたメルシアがおずおずと手を重ねてくれた。
「おっほん!」
「わっ!」
突如、すぐ傍から上がるケルシーの声。
そうだ。ケルシーが傍にいたんだった。
かしこまった会話を見られて、少し恥ずかしい。
「……父さん」
「私が止めても無駄だろう。ここにメルシアを連れてきた時点で覚悟はしている。二人とも無事で戻ってくるんだぞ?」
「はい!」
メルシアを溺愛しているケルシーのことだから前線行きを大反対するかと思いきや、すんなりと認めてくれたようで安心した。
ホッと心の中で安堵していると、ケルシーの鋭い視線がこちらを射抜く。
言葉では何も言ってこないが、娘に怪我をさせたらただじゃおかないって顔だ。
俺は苦笑しながらもアイコンタクトで無事で帰ってくることを約束した。というか、しないとここで殺されるからね。
「じゃあ、行こうか!」
「はい!」
マジックバッグから二頭のゴーレム馬を取り出すと、俺とメルシアはそれぞれに乗り込む。
そのまま砦を出ると、谷底へと一直線に下りていく。
急な斜面を駆け下りるのは操縦技術と度胸がいるが、この日のために何度も練習したので問題ない。
今もちょっと怖いけど、コクロウの背中に乗って下りた時より十倍マシだ。
谷底に下りると、メルシアと共に道なりに真っすぐに進んでいく。
武装ゴーレムは帝国のゴーレムを殲滅し、帝国兵へと距離を詰めていく。
「総員、魔道具を放て!」
帝国兵が一斉に魔道具を放ってくるが、武装ゴーレムはそれをものともせずに突き進んでいく。中にはゴーレムとの戦闘で負傷していたのか、崩れ落ちる個体は微々たるものだ。
「ダメだ! 効かねえ!」
「ゴーレムに人間が勝てるわけがねえ!」
損害はほとんど無しの状態で武装ゴーレムは帝国兵と接敵し、そのことごとくを吹き飛ばしていく。中には騎士らしき者もいたが、たとえ魔力で肉体強度を上げようとも、ゴーレムとはスペックが違うのだ。一に一を出しても微々たるものでしかないので無駄だ。
「先手必勝!」
ゴーレムが切り開いたところにレギナが飛び込む。
レギナが振りかぶっている大剣には、炎の力が宿っており、彼女は帝国兵の密集する場所にそれを叩きつけた。
次の瞬間、大きな爆炎が上がり、帝国兵たちが冗談のように吹き飛んだ。
そんな光景が後ろにいる俺たちにもよくわかる。
あの大剣はレギナのために俺が調整して作った魔法体剣。炎属性を付与されている。
試運転でも問題ないことは確認済みだが、実戦で問題なく稼働している姿を見ると、錬金術師としては安心できるものだ。