砦の仕上げ作業を行っていると、ケルシーをはじめとする多くの村人たちが到着していた。
荷台の中には農園で作った食料や、武器、医薬品などの類が多く積まれており、それらが砦の内部へと運び込まれていく。
「うん、内部の動線は問題ないみたいだ」
「そうですね。今のところ村人から不満の声は上がっておりません」
レギナが指摘した通りに内部を改装したところ、村人たちはスムーズの内部で動き回れている。こうやって物資を運び込んでいても人がぶつかり合うことや、詰まることがなかった。やっぱり、実際に砦を見て回ったことのある人の意見は違うな。
「今のうちに防壁の仕上げに移っちゃおう」
問題なく村人たちが動き回るのを横目に、俺とメルシアは砦の外にある防壁へ移動。
「メルシア、魔力鉱を」
「はい」
メルシアがマジックバッグから取り出した魔力鉱を手渡してくれる。
俺は魔力鉱を手にすると石材でできた防壁へと押し付ける。
そのまま錬金術を発動させると、魔力鉱はずぶずぶと防壁に埋まっていく。
魔力を込めながら防壁に馴染ませると、薄灰色だった防壁が鈍色になった。
魔力鉱が馴染んだ証だ。
「メルシア、少し叩いてみてくれる?」
「わかりました」
声をかけると、メルシアはこくりと頷いて防壁に近づく。
半身になって腰を落とすと、彼女は鋭い踏み込みをして右ストレートを叩きつけた。
ガイイインッと甲高い音が響き渡る。
魔力鉱は魔力を練り込むことで硬度を増幅させる効果のある鉱石だ。
ただの石材に混ぜるだけで防御力を大幅に上昇させることができる。
……はずなのだが、強化したばかりの防壁にはメルシアの拳の形にくっきりと凹んでいた。
「えっ!? 強化したのに凹んでる!?」
「申し訳ありません。先ほどの強化作物を食べたお陰で少し力が入ってしまいました」
「あ、ああ。そうだった」
そういえば、ついさっき強化作物を食べたお陰でメルシアの身体能力も向上しているんだった。ただでさえ、力が強いメルシアをさらに強化すれば、魔力鉱を混ぜ込んだ防壁が凹んでもおかしくはないか……って、いやいや、錬金術で石材を圧縮し硬質化した防壁に魔力鉱まで練り込んだんだ。いくら身体能力の強い獣人だからってこんなのはあり得ない。
そう思いながら俺は腰に佩いている護身用の剣を手にし、防壁に叩きつけてみる。
すると、キイインッという音を立てて、護身用の剣が折れてしまった。
これも錬金術で作り上げたそれなりにいい剣なのだが、強化防壁の前ではあっけなく潰れてしまった。
「普通はこうだよね」
「はい。これぐらいの硬度があれば、帝国の魔道具の一撃にも十分耐え得るかと」
つまり、メルシアの一撃は帝国の魔道具よりも強力ってことになるのだが、深く考えるのはやめておこう。
錬金術でメルシアの手形のついた凹みを修復しながら余計な考えを斬り捨てる。
「とりあえず、こんな感じでドンドンと防壁を強化していこう」
「はい」
メルシアから追加の魔力鉱を受け取り、錬金術で防壁へと注入し、魔力で馴染ませる。
ライオネルやワンダフル商会からたくさんもらっているので、遠慮なく使わせてもらおう。
魔力鉱を手にし、ひたすらに防壁を強化していく。
作業自体は単純で消費魔力も少ないのだが、何分防壁の範囲が広いので時間がかかる。
だけど、地味にそれを行っていくしかない。こういう時に俺以外の錬金術師がいれば、安心して任せられるのだがいないものをねだっても仕方がない。
俺とメルシアは砦の内部を周回するようにして防壁の強化に務めた。
「ふう、ようやく終わった」
「これで砦の防壁はより強固になりましたね」
ひたすらにそんな作業を繰り返すこと二時間ほど。
俺とメルシアは砦の外を囲う防壁をすべて強化することができた。
砂、石、岩で構成されており、薄灰色だったり、薄茶色をしていた防壁は、魔力鉱が混ざったせいか一面が鈍色になっていた。砦らしさが随分と増したと思う。
「さて、次は村人たちの武具の作成に取り掛かろうか」
「その予定でしたが、先にイサギ様の工房を作りましょう」
「先に俺の工房を?」
「はい。村人の中には鍛冶師もおります。素材は潤沢にありますので武具の作成は職人に任せましょう。職人たちには既にその方向で話を通しております」
「でも、俺が作った方が早いよ?」
「イサギ様の体力と魔力は有限です。強化作物のように他の者に任せられるものは、他の者に任せてしまいたいと思います」
きっぱりと告げるメルシアであるが、それは俺の体調を案じているというのがよくわかった。
確かに俺一人でできることに限界があるからね。
武具の作成については職人たちが作り上げたものに、俺が錬金術で加工することによって作り上げることができる。
時間はかかってしまうものの俺自身の負担はかなり少ない。そう考えると、メルシアの提案はありがたいものだった。
「わかった。ならメルシアの言う通り、工房の作成を優先することにするよ」
「ご理解頂きまして恐縮です」
そんなわけで防壁の強化を終えると、俺とメルシアは砦に入って工房を作ることにした。
砦内部に俺の工房を作っておくことは最初から決めていたので、どこに作るか迷うことはない。
錬金術を駆使して、自分好みの空間へとカスタマイズ。
基本的な間取りはプルメニア村にあるものとほぼ同じだ。その方が使いやすいからね。
空間が出来上がると、マジックバッグからテーブルやイス、ソファーなどを取り出し、錬金術に必要なビーカー、瓶、魔道具、錬金釜、棚、素材などを片っ端から設置。
これで俺の工房が完成だ。
「やや無骨であるのが不満ですね」
「まあ、砦の中だから仕方がないよ」
メルシアが納得のいかなさそうな顔をしている。
内装に拘りのあるメルシアからすれば、あまりにも無骨な室内を見るとリフォームしたくて仕方がないらしい。
「観葉植物と花瓶を置くのはどうかな?」
「イサギ様がそのようなことをおっしゃるとは驚きです」
なんて提案をすると、メルシアが目を丸くしながら言う。
「どんなに余裕がない時でも、すぐ傍に自然物があると安心できるからね。プルメニア村で生活するようになって気付いたことの一つなんだ」
「……そうですか」
そして、そのことに気付かせてくれたのはメルシアなので感謝の気持ちしかない。
工房の隅に観葉植物を置き、テーブルの上に花瓶を置くと、無骨な室内が少しだけ華やかになった。
生活感が出たことに満足していると、工房の入り口からゴンッという音が響いた。
「イサギ、メルシア! あたしよ!」
「手が塞がっているんだ。すまないが扉を開けてくれないかね?」
どうやらレギナとケルシーが何かを手にしてやってきたらしい。
声を聞いて、メルシアがすぐに寄っていき扉を開けてくれた。
「わっ、もう工房ができてる」
「ちょうど今作り終わったところだよ」
「だったらちょうどよかったわ。村にあった武器を強化してもらおうと持ってきたの」
中央にある大きな台座にやってくると、レギナとケルシーは抱えていた武器をそこに乗せた。剣、大剣、弓、槌、槍、斧といった様々な種類がある。
普通の鉄でできたものもあれば、魔力鉱、鉄鉱石、鋼などが混ぜられたものもあった。
「中には長年納屋に仕舞われていて使われていなかったものもあるのだが、大丈夫そうだろうか?」
「これなんかは少し錆びていますが、魔力鉱で構成された立派な剣ですね。錬金術で補修してやれば、問題なく使用することができますよ」
「本当か!」
マジックバッグから魔力鉱を取り出すと、錆びた剣を手にして錬金術を発動。
錆の成分を抽出し、老朽化していた部分を除去。代わりに不純物を取り除いた魔力鉱を織り交ぜてやり整形。魔力がしっかりと馴染むと、鈍色の光を放つ魔力鉱の剣が出来上がった。
「こんな感じですね」
「すごいわね! 錆びた剣がまるで新品のようになったわ!」
「さすがはイサギ君だ。他にも武器は鍛冶師の人が作ってくれている。出来上がり次第、強化をお願いしてもいいかね?」
「ええ、ドンドンと持ってきちゃってください」
ゼロから整形して作るとなると、時間もかかる上に魔力も多く消費するが、元からあるものを強化、再利用、補修するくらいなら負担も遥かに小さい。
この程度の作業であれば、半日で百本以上は作れるだろう。
「わかった。そのように伝えておこう」
そのことを伝えると、ケルシーは軽快な足取りで工房を去っていった。
忙しいレギナも一緒に戻るかと思っていたが、彼女は難しい顔をして立っていた。
何か言いたいことや相談したいことがあるのだろうか?
こちらから尋ねようか迷っていると、レギナは深呼吸をして口を開いた。
「……イサギ」
「なんだい?」
「迎撃用の魔道具を作ってくれないかしら?」
レギナのその言葉に俺の心臓がドクリと大きく跳ねた気がした。