小一時間ほど休憩していると、砦の視察が終わったのかレギナがメルシアを伴って出てきた。

「想像以上に立派な砦だわ! これなら思っている以上に色々な作戦が考えられるかも!」

「未完成ではあるけど、今の状態でもそう言ってもらえたならよかった」

砦の出来栄えはレギナにとっても満足できる出来栄えだったらしい。

「砦の中を観察してどこか気になった箇所はある?」

レギナは王女でありながら数々の争いや調停などに参加しているために、国内の砦なども何箇所か回ったことがあると聞いた。実際に砦を見たことのある彼女から意見が欲しい。

「……そうね。一階の武器庫が少し手前にあったのが気になったのと、各部屋から動線がぶつからないか心配になったところがあるわ」

視察がてらに間取り図を描いていたらしく、レギナが羊皮紙を広げてペンで動線を書いてくれる。

動線というのは、日常生活や仕事で建物内を自然と移動する経路のことだ。

建物を設計する際に気を付けなくてはいけない要素の一つ。利用者の行動パターンを予測し、事故を少なくし、より快適に生活できるように考えないといけない。

どうやら現状の間取りでは、その動線に少し問題があるようだった。

「武器庫の部屋を少し奥にすれば、つっかえることなく移動ができて動線がスムーズになるかも」

「なるほど。なら、武器庫はレギナが指定してくれた部屋にするよ」

「ありがとう。そうしてくれると助かるわ」

さすがは、獣王国内の砦を見たことがあってレギナの指摘は的確だな。参考になる。

いくつかの部屋の配置代えを決めると、メルシアがそれらを構造図に書き込んでくれる。

「メルシアも構造図の作成ありがとう」

「イサギ様の補助をするのが私のお仕事ですから」

メルシアがにっこりと微笑む。

速やかに砦の内部を共有するための構造図なんてまるで考えていなかった。

本当に俺はメルシアに支えてもらってばかりだな。

「にゃー! なんだこれー!?」

なんて思っていると、後方から驚きの声が響き渡った。

「にゃー! レディア渓谷にすごいものができてるー!」

「たった半日でこれを作ったっていうのかよ!? すげえな!」

「……ケルシーさんの言う通り、防衛拠点というよりかは砦だな」

振り返ると、そこにはネーア、リカルド、ラグムントといったうちの農園の従業員がおり、唖然とした顔を浮かべている。

「あれ? ケルシーさんたちは?」

てっきりケルシーや他の村人もたくさん来ると思っていたが、たどり着いているのは三人だけで他の人たちの姿は見えない。

「他の人たちは物資を運ぶ準備をしているのでもう少しかかると」

「イサギに呼ばれたあたしたちは優先してやってきたんだー」

ラグムントとネーアがそう述べる。

どうやらケルシーが俺に配慮して、先に三人だけを行かせてくれたらしい。

時間が少しでも惜しい現状でそれは助かることだった。

「で、オレたちは何をすればいいんだ?」

ケルシーにもロクに説明していなかったのでリカルドがそう尋ねてくるのも無理はない。

「砦の中に農園を作ろうと思ってね。作物を栽培するのに手伝ってほしいんだ」

「砦に農園!?」

視線が集まる中、答えるとメルシア以外の者が驚きの声を上げた。

「……食料の生産であれば、村の大農園から作物を送るのではダメなのですか?」

ラグムントの疑問はもっともだ。

レディア渓谷からプルメニア村まではそう距離が離れていない。

獣人の身体能力を考えれば走ってすぐなので、わざわざ砦の中に農園を作る意味などない。

村から輸送すれば済む話だ。

「ここで作るものは、村のものとは違って特別なんだ」

「特別って美味しさが違うってのか!?」

「バカいえ。そんなものをこんな状況で作る必要などないだろう」

リカルドとラグムントのやり取りにクスリと笑ってしまう。

確かにいつも通りなら、そうなんだけど今は状況が状況だからね。

「それでイサギの言う、特別っていうものはなんなの?」

「皆の身体能力を底上げするための作物さ」

「ええ!? そんなものが作れるの!?」

「何を今さら言っているのですか、ネーア。村で作った食料でも微量ですが含まれていますよ」

「「えっ? そうなの?」」

呆れながらメルシアの言葉にリカルドとネーアが間抜けな声を上げた。

ラグムントはそのことについて驚いた様子はないし、ちゃんとわかっていたようだ。

「……もしかして、気付いてなかったのですか? 雇用する際に、作物の効果についでは何度も説明し、資料もお渡ししたはずですが?」

「た、確かにイサギさんの作物を食べてから身体の調子が良かったり、肌のツヤが良くなったかも!」

「オ、オレもそんな気がするぜ! 前よりも重いものが楽に運べるようになったしな!」

メルシアが怒気をにじませながら言うと、ネーアとリカルドが思い出したとばかりに慌てて言う。

「あくまで微増だから気付かないのも無理はないよ」

「だ、だよね!」

従業員たちは日常的にうちの農園の作物を口にしており、強化された状態が普通になっている。俺がやってくる前までは栄養も足りていない様子だったし、作物による特別な恩恵だと思わないのも無理はない。

「そんなわけで、皆の身体能力を底上げするための作物を錬金術で調整して作ったから、いつも通りそれを栽培してほしいんだ」

「わかった! とにかく、いつもと同じように作物を作ればいいんだね?」

「それなら任せてくれ!」

「それじゃあ、早速砦に行って植えようか」

ネーアたちが理解してくれたところで俺たちは砦の中に入り、奥にある農地へと移動。

ここでは作物を栽培することを見越しており土だけで、他の場所のように手を加えてはいない。

「まずは土を耕そうか」

マジックバッグから鍬を取り出すと、ネーア、リカルド、ラグムントに手渡し、土を耕してもらう。

三人だけだと時間がかかってしまいそうなので、マジックバッグから大量の石材を取り出し、錬金術を発動。

ストーンゴーレムを三体ほど作り上げると、彼らにも鍬を持たせて土を耕してもらうことに。

「にゃー! ゴーレムには負けないよー!」

ゴーレムだけじゃなく、ネーア、リカルド、ラグムントもザックザックと土を耕してくれる。最初は鍬を振るう姿がぎこちなかったけど、農園で何度もやるようになったからか今ではすっかりと堂に入った姿だ。耕す速度も負けていない。

そして、土を耕したところにメルシアがズタ袋を抱え、錬金術で調整した肥料を撒いていく。

それらを軽く攪拌したら、俺は錬金術で調整した特別な作物の種を植える。

後は水をかければ、すくすくと芽が出てくる。

「え!? もう芽が!?」

「成長はまだ止まらないよ」

芽が出ただけで成長は止まらず、すくすくと苗を伸ばすとその先に葉っぱを茂らせ、先端に赤い色の実がついて、あっという間にトマトが出来た。

「うんうん、いい感じだね」

「成長速度、葉の大きさ、実の大きさ、色艶、どれも問題なさそうです」

傍らではメルシアが今回の作物の成長記録を詳細に記録してくれている。

身体能力向上に重きを置いた調整をしたが、作物の成長にはなんら影響はないようだ。

これの様子なら問題なさそうだ。

「待って待って。農業にそこまで詳しくないあたしでもトマトがこんな一瞬で出来ないってわかるわよ!?」

そんな様子を見て、レギナが取り乱した様子を見せる。

前に農園を視察にきたライオネルと違って、レギナはここでの農業の様子を見るのは初めてだ。驚くのも無理はない。

「まあ、これから始まるかもしれない戦に必要なのに悠長に栽培している暇はないからね。いつものように錬金術で調整して、成長速度を引き上げさせたんだ」

「ラオス砂漠での栽培はもう少し時間がかかっていなかった?」

「あちらでは土地に適合した肥料がありませんでしたし、育つはずのない作物を環境に適応させるだけで精一杯でした。しかし、それは時間が足りなかっただけで、もう少し研究する時間があれば、ラオス砂漠でもこちらと同様に一瞬にして作物を作り上げることができるでしょう」

レギナの疑問にメルシアが淀みのない口調で答えてくれる。

俺が答えようとしてくれた言葉そのものであるが、少しの時間でそれが実現になるかは不明だ。とはいえ、助手であるメルシアがここまで堂々と言われては、そんな情けないフォローなんてできない。曖昧に頷いておく。

「案外、帝国が狙っているのって農園じゃなくて、イサギとかだったりしない?」

「私としてはその線も十分にあり得るかと思っています」

「怖いことを言うのをやめてよ」

解雇した宮廷錬金術師を取り戻すためだけに侵略するほど、帝国も暇ではないはず。

そう信じたい。