村人が一丸となって戦うことになった。

とはいえ、全員が戦いに対しての適性があるわけではない。

種族的に性格的に戦うことに向いていない少数の人や、女性、子供たちなんかは近くにある街に避難することになった。

必要最低限の物資を馬車に積み込んでいると、避難組に老人があまりいないことに気付いた。彼らはなぜか自らの荷造りはすることはなく、避難組の荷造りを率先して手伝っている。

「あのお爺さんたちは避難しないの?」

「獣人族は人間族と違って、肉体の老いが遅いですから思っている以上に彼らは動けますよ」

尋ねてみると、メルシアはもう落ち着いたのかいつもと変わらない様子で答えてくれた。

ええ? とはいっても背中とか結構曲がってるけど? 

あんなので積み荷を持ち上げられるのだろうか?

なんて思っていると、老人の筋肉が急激に膨れ上がり軽々と積み荷を持ち上げた。

背筋もピンと伸びており、荷物を運ぶ動きに頼りなさは欠片もない。

発達した筋肉を見ると、明らかに俺よりも力がある。

……なんか色々とすごい。

俺の心のページにまたしても獣人のすごさが更新された。

「……確かにあれなら避難を促す必要はないね」

「はい」

むしろ、彼らからすれば、ひ弱な俺の方が心配だろうな。

「イサギさん、少しいい?」

荷物を軽々と運ぶ老人を見つめていると、シーレが声をかけてきた。隣にはダリオもいる。

「どうしました?」

「あ、あの、僕たちに関することでコニアさんは何か伝言とかありませんか?」

ダリオが不安そうな表情を浮かべながら尋ねてくる。

どうしよう。何も聞いてないなんて言いづらい。

メルシアに視線をやると、彼女も気まずそうな顔をしている。

「何も聞いてないです」

「なにも!? 戻ってこいとか、村人たちと協力しろとか何もないの!?」

きっぱりと告げると、シーレが慌てた様子で問い詰めてくる。

いつも冷静な彼女にしては珍しいが、戦が迫っているかもしれないので仕方がない。

「すみません。俺もそこまで気が回っていませんでした」

急いで村に情報を持ち帰り、備えようという気持ちで精一杯で気付かなかった。

二人のことを考えて、俺からコニアに聞いておくべきだった。

「シーレさん、イサギさんは悪くないですよ」

「……そうね。ごめんなさい。冷静さを欠いたわ」

ダリオがたしなめると、シーレが深呼吸をして感情を落ち着かせたようだ。

「二人は農園カフェの経営のために派遣された料理人ですし、避難をするべきだと思います」

ダリオとシーレはコニアが紹介してくれた大事な料理人だ。

あくまでこちらに仕事をしにきてくれているだけであり、村のために命を懸けて協力してくれなんてことは言えるものではない。

「そうなのよね。私も大した腕前じゃないし、ダリオは運動神経がない上に性格的にも戦いなんてできっこないからてんで役に立たないわね」

「シーレさん、事実とはいえ傷付くんですが……」

シーレの容赦のない言葉にダリオが肩を落とし、尻尾をしょんぼりとさせる。

「でも、帝国が攻めてくるかもしれないからって尻尾を巻いて逃げていたらワンダーレストランの料理人の名折れだわ。たとえ、戦いでは役に立てなくても料理を作ることで力になることはできる」

「そ、そうですね。僕たちのお料理で皆さんの役に立てるのなら力になりましょう!」

シーレの力強い言葉に感化されたのか、ダリオも表情を明るくして握りこぶしを作る。

「後方にいたとしても危険があるかもしれないですがいいんですか?」

「覚悟の上です!」

「私は本当に危なくなった時は逃げる」

「ええ! シーレさん!?」

「私たちはあくまで料理人よ。戦うことなんてできないから」

シーレのあっけからんとした物言いに思わずクスリと笑ってしまう。

命がかかっているのだ。盲目的な言葉よりも、それくらい割り切ってくれた方がこちらも助かる。

「そうですね。もしも、そのような状況になった場合は逃げてくださって構いません。お二人のような料理人が後方で支えてくれるだけでも心強いですから」

「そうと決まったらいつも通り料理を作るだけね」

「ですね! 美味しい保存食を作っておきましょう!」

行動方針が決まったのか、二人は農園カフェへと戻っていく。

その後ろ姿は最初に見た時よりも何倍も大きく見えた。

「イサギさん、あたしたちも戦うからね!」

振り返ると、ネーアをはじめとする農園の従業員たちがいた。

「戦うのはあんまり得意じゃないけど力仕事には自信があるんだな」

「オレとラグムントは勿論、前で戦うけどな」

「……ああ、こういう時のために鍛えてあるからな」

「私は戦うのも力仕事も得意じゃないですけど、細かい作業や調整をするのは得意なので」

ネーアだけでなく、ロドス、リカルド、ラグムント、ノーラまでもがそんな覚悟を示す。

ノーラは元々体力も少なく、明らかにこういった荒事には向いていないようだが、彼女なりに村の力になりたいようだ。

その気持ちは痛いほどにわかるので、俺が覚悟を決めている彼女を静止するようなことはしない。

「ありがとう。皆でプルメニア村を、俺たちの農園を守ろう」

「「おお!」」

皆で拳を突き上げて声を上げると、不思議と勇気が湧いてくるようだった。

「とりあえず、あたしたちが今できることってなんだろ?」

「避難する方の荷造りの手伝いは、もう人手が足りている様子ですね」

「戦う準備でもすりゃいいのか!?」

「でも、これから何もするかも決まっていないんだなぁ」 

「具体的に何をするかはレギナ様や村長が話し合って決めるだろう。それまでの間に俺たちにできることは……いつも通りに農園の仕事をするだけだな」

ラグムントの溜めに溜めた台詞にずっこけそうになる。

「確かに! 戦になってもお腹は空くし、農園の新鮮な作物が食べられないのは困るもんね」

戦をしている最中でも農園からの作物の供給は必要となるので、ゴーレムがいるとはいえある程度の作業員は必要だ。そういった意味でも従業員たちが全員残ってくれるのは非常に助かる思いだ。

「なんだよ。こんな時でもやることはいつもと一緒かよ」

「みたいだね。さあ、いつも通りに仕事しよう!」

「やることが決まって、人手が欲しい時は声をかけてほしい」

「わかった。その時は遠慮なく声をかけさせてもらうよ」

リカルドたちが苦笑しながら農園へと歩いていく。

いつも通り出勤していく彼らの姿を見ると、なんとなくいつもと同じ毎日がくるんじゃないかと錯覚しそうになるな。

でも、この一瞬のうちにも帝国はこちらに迫っているんだ。のんびりとはしていられないな。

「イサギ様、農園といえばコクロウさんたちにも話をしておいた方がいいかと」

「そうだったね」

彼らは魔物であり、そもそも人間たちのいざこざに巻き込まれるいわれもない。

早めに教えて山に避難してもらうように言っておかないと。

そんなわけで、俺とメルシアもコクロウたちのいる農園へ向かうことにした。

農園にあるスイカ畑にやってくると、作業用ゴーレムがスイカの収穫をしているだけでコクロウをはじめとするブラックウルフの姿は一匹も見えなかった。

しかし、これは誰もいないわけではなく、皆暑いので影に沈んだりしているだけだ。

「コクロウ! ちょっと話せるかい? 大事な話があるんだ!」

声を張り上げると、すぐ傍にあるスイカの影から漆黒の体毛をした狼がぬるりと出現した。

「貴様か……長らくここを離れていたようだが帰ってきたのか」

「うん。ライオネル様の仕事がようやく終わってね」

「それで大事な話というのは、村人共とやかましく話していた帝国がここに攻めてくるという話だな?」

コクロウの話の早さの俺は驚く。

「聴いていたんだ」

「影がある限り、音を拾うくらいは造作もない」

シャドーウルフであるコクロウは聴覚が鋭いだけでなく、影を介して移動することができる。その能力を使って、村での話を聴いていたようだ。

「へー、それでも前よりも影で影響を及ぼせる範囲が広くなってない?」

少し前までコクロウが自在に移動できるのは、農園内だけだったと記憶している。

農園といっても、その敷地の広さは膨大なのでその範囲を移動できるだけでもすごいのだが、村の中心部にまで移動できるようになっているとは知らなかった。

「……影が馴染めば移動もしやすくなる。それにこれだけ潤沢な食材を毎日口にすることができているのだ。否が応でも魔物としての力は増す」

「私たちの作った食材が魔物であるコクロウさんたちに、そのような影響があるとは思いませんでした」

「うん、興味深いね。ゆっくりと時間があれば、じっくりとデータを取ってみたいところさ」

しかし、残念ながら帝国が迫っている今にそんな悠長なことをしている暇はない。

「本題に戻るけど、帝国がこの農園を狙って攻めてくる可能性が高いんだ」

「ほお、それで?」

「コクロウたちには危険の低い森に戻ってもらおうと思ってね」

「……我らに泣きつき、力を貸せとは言わぬのだな?」

どうやらコクロウは俺が助力を請うと思っていたらしい。

「コクロウたちがいてくれれば心強いけど交わした契約は、あくまで農園の警備だからね。俺たちの問題である戦争に巻き込むつもりはないよ」

気さくに接しているので忘れそうになるが、コクロウたちは魔物だ。

人間と獣人に争いに肩入れする理由も義理もないからね。

「だから、状況が落ち着くまでは森に避難するか、どこか遠いところで過ごしてもらって――」

「この農園を狙っているのであれば、帝国の人間は我たちにとっても敵ということになるな」

「ええ? それはそうだけど……」

「言ったであろう。ここは既に我の縄張りだと。それを侵そうとする人間がいるのであれば、蹴散らすまでだ」

「それは協力してくれるって認識でいいのかい?」

「そうだ。ただし、魔物だからといって都合よく扱おうとすれば、我らも容赦はしない」

コクロウが瞳を細めて威圧をしてくるが、そのような心配をする必要はない。

「わかってる。コクロウたちが魔物だからといって、その命を無駄にさせることはしないと誓うよ」

「私たちにとってコクロウさんたちもプルメニア村の立派な住民ですから」

「……フン、わかっているのであればそれでいい」

俺だけでなくメルシアもそう言うと、コクロウは表情を穏やかなものにして威圧を引っ込めた。

視線を逸らしているコクロウであるが、尻尾を左右に軽快に揺れている。

俺たちの言葉が照れくさかったのかもしれない。

指摘すればへそを曲げそうなので黙っておいた。 

「あっ! いたいた! イサギ、メルシア、村の方針について会議をするからきてくれない?」

コクロウとの話を終えると、レギナがこちらに駆け寄って声をかけてくる。

「メルシアはともかく、俺もいいんですか?」

村長の娘であるメルシアはともかく、ただの住民でしかない俺が村の会議に参加してもよいのだろうか?

「当然じゃない。イサギは帝国の内情についても詳しいでしょうし、やり方次第では錬金術を頼りにすることもある。むしろ、いてくれないと困るわ」

「わかった。そう言ってくれるなら参加させてもらうよ」

「決まりね。急いで集会所に集かいましょう!」

レギナの後ろを追いかける形で俺とメルシアは集会所へ向かうことにした。