「あれがイサギとメルシアの住んでいる村?」

「はい。プルメニア村になります」

俺たちの目の前にはプルメニア村の風景が広がっていた。

少し前まで建物が連なり、多くの人で賑わう獣王都にいたので、だだっ広い平原や延々と続いていく畑を見ると懐かしく思えた。

「まさか、たった二日で獣王国の端にくることができるなんてね」

ゴーレム馬の魔石や魔力回路を交換したり、本体がダメになってしまえば予備のゴーレム馬を引っ張り出すという無茶な進み方だった。

その甲斐はあって爆速で進み続けることができ、俺たちは獣王都からプルメニア村まで僅か二日という驚異的な時間で戻ってくることができた。

「……でも、途中で死ぬかと思ったよ」

「急にゴーレム馬が爆発したもんね」

道中、爆速でゴーレム馬を走らせていると、急に魔力回路から異音が響き出した。

原因は魔石から過剰に供給された魔力によって、回路が熱暴走によるものだと思う。

メルシアが咄嗟に俺を持ち上げて、レギナが本体を蹴り飛ばしてくれたから俺は無事だったものの、二人がいなければ大怪我、あるいは命を落とすようなことになっていただろう。

やっぱり、よほどのことがないとリミッターは外すべきじゃないや。

「あそこがイサギの作った大農園?」

「そうだよ」

しみじみと思っていると、レギナが指差しながら尋ねてくる。

村の中心部から少し離れたところには俺の家、工房、販売所などが建っており、その傍には巨大な農園が広がっている。

こうして小高い丘から見下ろすと、あそこが俺の作った大農園であるのはひと目でわかるものだ。

「平時ならこのまま見学といきたいけど、今はそれどころじゃないわね」

帝国に不穏な動きなどなく、レギナが遊びにきてくれたのであれば、ゆったりと農園を案内し、オススメの野菜や果物を観察。その後に農園カフェでゆっくりと農園の食材を使った料理を堪能といったおもてなしをしたかったのだが残念ながらそんなことをしている暇はない。

「そうだね。まずは村長であるケルシーさんのところに行こうか」

今はなによりもケルシーさんに帝国の情報を伝え、村全体でどうするのかの意思決定をしないと。

俺たちはゴーレム馬を動かして丘を駆け下り、ケルシーさんの家があるプルメニア村の中心部へと向かった。

「にゃー! イサギにメルシアちゃん! 獣王都から帰ってきたんだ!」

村の中に入ると、俺たちの進行方向にネーアがいた。

「急いでいるから後で!」

「ごめんね」

「えー!? 二人とも冷たい!」

減速することなくネーアの横をゴーレム馬で突っ切ると、ネーアの悲しそうな声が響いていた。

ごめんね。獣王都のことラオス砂漠のこと、色々と話したり聞いたりしてみたいことはあるけど今は優先することがあるんだ。

村の中を走っているとネーアだけでなく、プルメニアの住民たちが声をかけてくれるが、対応は基本的にネーアと同じように謝っておく。

申し訳なく思いながら突き進んでいると、俺たちはケルシーの家の前に到着した。

「こちらです。すぐにご案内しま――」

「メルシアああああああああぁぁぁぁーッ!」

ゴーレム馬から降りてメルシアが案内しようとしたところで唸るような声と足音が響いた。

多分、ケルシーだ。

玄関の扉が勢いよく開くと、ケルシーがメルシアの元へと勢いよく近づいてくる。

メルシアは一瞬避けるか迷ったものの、俺とレギナが真後ろにいることから回避することを諦めた。

「メルシア! よくぞ帰ってきた! どこも怪我はないか!? 獣王都で変な男に言い寄られなかっただろうな!?」

「ちょっ、お父さん! 落ち着いてください! 今はそれよりも大事な用がありますし、お客人もいますから!」

「二か月もの間メルシアがいなくて父さんは寂しかったぞ! 獣王様も酷なことをされるものだ。こんなにも可愛らしいうちのメルシアをラオス砂漠になど派遣するなんて。メルシアの綺麗な肌が焼けたり、シミでもできちゃったらどうするつもりなんだ」

メルシアが諫めの言葉をかけるが、娘の帰還を喜ぶ父親の耳にはまったく入っていないようだ。抱きしめたり、すりすりと頭や耳を撫でたりと好き放題の上、離れ離れになってしまった原因に対する愚痴や心配の言葉を呟いている。

その獣王の娘が目の前にいるんだけど、まったく気付いていないようだ。

しばらくはされるがままにされていたメルシアだが、ついに我慢できなくなったらしい。

「もう! お父さん、いい加減にして!」

わなわなと身体を震わせたメルシアがケルシーの頭を叩いた。

「い、痛い! 酷いじゃないか、メルシア! 久しぶりに再会した父さんを叩くなんて!」

「王女様の御前です!」

「はい?」

尻もちを突いて目を白黒させているケルシーの前に苦笑していたレギナがやってくる。

この上ないほどの獅子の特徴を目にし、ケルシーも目の前にいる人物がどういった人か理解したのだろう。すぐに片膝を地面につけて頭を下げた。

「大変お見苦しいところをお見せいたしました。遅れながらご挨拶させていただきます。メルシアの父であり、プルメニア村の村長を務めておりますケルシーと申します」

「メルシアとの感動の再会を邪魔してごめんなさいね。獣王ライオネルが長女、第一王女のレギナよ」

「あ、あの、このような辺境の村にどうしてレギナ様のような御方が? 大農園の視察ですか?」

「いいえ、違うわ」

前回、ライオネルが農園の視察にやってきたが、今回はそれとはまったく事情が異なる。

「父さん、急いで伝えたいことがあるので中に入れてもらえますか?」

「……わかった。入ってくれ」

メルシアの真剣な表情から重要な話があると理解したのだろう。

ケルシーは取り乱すことなく、俺たちを離れにある集会所へと案内してくれた。

「それで話というのは?」

それぞれが腰を下ろすとケルシーが尋ねてくる。

誰が口火を切るか迷うようにレギナとメルシアが視線を動かしたが、故郷ということもあり俺が言うことにした。

「帝国が獣王国へ侵略の準備をしています」

「……それは本当なのか、イサギ君?」

「ワンダフル商会が掴んだ確かな情報です。帝国では兵力が動員され、物資の買い上げが始まっています。これは過去の情報であり、今となっては軍の編成を終え、こちらに向けて侵攻しているかもしれません」

「なるほど……」

俺の説明を聞いて、ケルシーが腕を組みながら頷いた。

突然の話だ。信じることができていないのかもしれない。

「お願いします、お父さん! 信じてください! でないと村が大変なことになってしまいます!」

「――信じるさ。愛する娘が言っている言葉だ。これを信じないでどうする」

「……父さん」

「なんて親バカな部分だけでなく、わざわざレギナ様がいらっしゃったことから、その話が真実であると判断した次第です」

少し気恥ずかしそうにしながらもケルシーはレギナの方にも視線をやる。

「話が早くてとても助かるわ」

なるほど。ライオネルがわざわざレギナを派遣してくれたのは、情報に真実味を持たせる意味でもあったのか。

ここでもたついてしまうと、取り返しのつかないことになるので非常に助かる。

「帝国の狙いは恐らく大農園です」

「大農園? つまり、うちの村が標的なのか!?」

「はい。帝国は元々食料生産に難を抱えており、春先の飢饉で大きな打撃を受けました。俺とメルシアの読みが正しければ、ここの大農園を奪うことで問題を解決しようとしているはずです」

「イサギ君の作った大農園はプルメニア村を豊かにしただけでなく、獣王国全体の飢饉をも退けた。帝国が手に入れようとするのも無理はないか」

実際に村が豊かになっていく様を目にしたからか、ケルシーはそれを大袈裟だと切り捨てることなく真摯に受け止めてくれた。

「俺たちはこの情報を急いで伝えるべく戻ってきました」

「わかった。急いで村人を招集して状況を伝えるとしよう」

ケルシーはこくりと頷くと、村人たちを集めるべく集会所の外へ出ることに。

「手分けして声をかけよう。ゴーレム馬を使えば、村の端にいる人も速やかに集めることができるはずだ」

「大丈夫です、イサギ様。この村にはこういった非常事の決め事がありますから」

「決め事?」

招集を手伝おうとするが、メルシアに静止される。

「イサギ君、両手で耳を押さえていなさい」

「あ、はい」

よくわからないがケルシーに言われた通りに両手で耳を押さえておく。

メルシアとレギナも耳をペタリと閉じて、大きな音に備えるかのようだった。

ケルシーは俺たちから少し離れると、スーッと大きく息を吸い込んだ。

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」

ビリビリと大気を震わせる遠吠えがケルシーから放たれる。

その声には魔力が乗っており、ただでさえ大きい遠吠えを倍増させていた。

そんなケルシーの遠吠えが響いたかと思うと、村の各地で同じように遠吠えの声が聞こえてくる。老若男女問わず、ケルシーに負けない遠吠えが色々な方角から響いてくる。

「こ、これは?」

「非常時の招集を知らせる合図の声です。非常時であることを告げる遠吠えを上げれば、それを耳にした者は同じく遠吠えを上げ、離れた者に伝えていきます」

「なるほど、獣人ならではの合図だね!」

声量があり、聴覚の鋭い獣人族だからこそできる招集方法だろう。人間じゃとても真似できないな。

「こんな風に思いっきり遠吠えをするなど子供の頃以来だ。大人になっても最高に気持ちがいいな!」

感心していると、ケルシーが生き生きとした表情で戻ってきた。

「皆、面白がってあちこちで遠吠えをしていますね」

メルシアの言う通り、村の至るところで遠吠えが上がっている。

あちらの畑で作業をしている家族なんて一人が遠吠えすれば十分に聞こえるはずなのに全員がやっていた。

全力で遠吠えするなんてことはないから、皆ここぞとばかりにやっているのだろうな。

「あはは、イサギたちの住んでいる村って面白いわね」

そんな光景を見て、レギナはクスクスと笑っていた。

「よし、これで村人たちは中央広場に集まってくるはずだ。俺たちも向かうぞ」

「はい!」