「ライオネル様、申し訳ありませんが俺たちはプルメニア村に戻ります」
帝国の狙いが俺の大農園である可能性が高いとなると、プルメニア村が危険だ。
仮に大農園が狙いじゃなかったとしても、プルメニア村は帝国と一番近い場所。用心をするに越したことはない。
なにより、村の人たちにいち早くこの情報を伝えないと。
「本来でなら宴でも開いて三人の話を聞きながら、功労を称えたいところだが今はそんな場合ではないな」
「はい、そういうわけなので、俺たちはこれで……」
「待て」
ゴーレム馬に乗り込もうとしたところでライオネルに裾を掴まれた。
「ライオネル様? 急いでるんですが!?」
「錬金術師であるイサギにとって物資は重要であろう? 大樹の中に大量の物資がある。必要だと思うものを持っていけ」
「私も急いで物資をかき集めさせているのでもう少しだけお時間をくださいなのです」
「イサギ様、私たちはラオス砂漠で多くの物資を消耗いたしました。ここはお二人のご厚意に甘えて、物資を補充しておくのが賢明かと」
自分の故郷であるメルシアが一番焦っているだろう。それなのに村のことを考えて最善を尽くそうとしている。そんな彼女の姿を見ていると、慌てている自分が情けなく思えてきた。
「冷静に考えればそうだね。二人ともありがとうございます」
何も考えずに突っ走ってもいいことはない。錬金術師は無から有を作り出せるわけではないのだ。どれだけ素材を用意しているかでできることの幅は広がる。
焦る気持ちはあるが、ここは先に物資を補充する方が先決だ。
ライオネルに案内されて俺たちは大樹に入った。
急いで階段を上ろうとしたところで俺以外の三人が足を止めた。
あれ? 三人ともどうしたんだろう?
「物資の保管庫は上層にある。メルシア」
「かしこまりました」
ライオネルの言葉にメルシアが頷いてこちらに寄ってくる。
「あれ? どうしたの?」
今のやり取りで何が決定されたんだ?
「イサギ様、失礼いたします」
「え? なに? わわっ!」
怪訝に思っていると、メルシアにいきなり抱き上げられた。
帝国で言う、お姫様抱っこというやつである。
普通は男性が恋仲である女性を運ぶときするものであるが、俺たちは恋仲ではないし、抱える方も逆だ。
「あの、えっと、メルシアさん?」
「イサギ様、しっかりと私に掴まっていてくださいね」
俺が動揺している間にメルシアは身体を沈めて跳躍の姿勢に入る。
喋っていては舌を噛むかもしれないので、俺は喋るのをやめた。
「――ッ!?」
次の瞬間、メルシアが地面を蹴って宙へ上がった。
腕の中にいながらも感じる急上昇。
下を見ると一階の大広間が遠く、五メートルを越える高さを跳躍していることを理解した。
一回のジャンプでこんな高さにまでやってこられるんだ。
なんて呑気に思っていると、メルシアは階段の手すりを足場にして次の跳躍へ。時には壁を、時には階層の床を、魔道ランプの出っ張りをあらゆる場所を足場として跳躍を繰り返す。
視界の端ではライオネルとレギナもそれが当然のように跳躍していた。
「ふはは! 久しぶりにやると楽しいな!」
「緊急時以外にやるとケビンに怒られるもんね!」
そりゃそうだ。王族がこんな風に落ち着きなく跳躍していると、臣下の人がビックリする。
陽気に笑う二人は、大義名分を得た田舎の悪ガキのようだった。
「イサギ様、到着いたしました」
「あ、ありがとう」
気が付くと目的の階層にたどり着いたらしい。
大きな扉の前でゆっくりとメルシアに下ろされる。
ライオネルは懐から取り出した鍵で解錠すると、大きな扉を勢いよく開け放った。
開け放たれた保管庫には大量のショーケースが設置されており、中には貴重な魔物の素材らしきものや魔石が収められており、壁や棚には高名な鍛冶師が打ったと思われる武具や、錬金術師が作ったと思われる魔道具などがあった。
「これはすごいや!」
「帝国では手に入らない稀少な魔物の素材や魔石で溢れています!」
錬金術師にとって涎を垂らしてしまうくらいに稀少なものだったり、高価な素材で満ち溢れている。
帝国の物資の保管庫だってすごいのかもしれないが、俺は平民であり、ガリウスに疎まれていたせいかこういった保管庫に入らせてもらったことはなかったので判断はつかない。
「必要だと思うものは好きに回収してくれ」
「イサギのマジックバッグであれば、全部いけるはずです。やってしまいましょう」
「そうだね」
ライオネルの言葉を聞いた瞬間、メルシアが大量の魔石が入った宝箱を俺のマジックバッグにねじ込んだ。俺もマジックバッグの口を広げて、稀少な魔物の素材が入ったショーケースごと収納した。
「こっちにマナタイトをはじめとする稀少な鉱石があるわよ! これも持っていってイサギの錬金術で武器を作りましょう!」
「それいいね!」
「……訂正する。さすがに全部は勘弁してくれ」
楽しくなって大容量のマジックバッグに詰め込みまくっていると、ライオネルが血涙を流すかのような振り絞った声を上げた。
ちょっと調子に乗り過ぎたみたいだ。
さすがに全部は可哀想なので、ライオネルと相談しつつ収納することにした。
「よし、これくらいあれば十分かな」
「イサギ、まだ渡していない大事なものがある」
必要と思えるものを譲ってもらうと、ライオネルがさらに奥へと進んでいく。
そこは何もない行き止まりであったが、ライオネルが壁を押すと扉が出てきた。
「こんなところに隠し扉なんてあったんだ」
どうやらレギナも知らなかったらしい。
扉を開けて中に入っていくライオネルに続くと、薄暗い広間にたどり着いた。
広間の壁には苔がびっしりと生えており、淡い燐光を放っていた。
「ここは?」
「大樹の素材を保管している場所だ。ラオス砂漠での仕事が成功すれば、大樹の素材が欲しいと言っていただろう?」
確かにラオス砂漠での依頼を受ける前にそう言った。
砂漠での仕事に夢中ですっかりと忘れていた。
「ありがとうございます!」
ライオネルから許可の貰った大樹の素材をマジックバッグに収納させてもらう。
「それとこれも渡しておこう」
すると、ライオネルが小さな瓶を手渡してきた。
瓶の中には透き通った翡翠色の液体が満たされている。
まるでポーションのような透明性であるが、錬金術師である俺にはそれが何かわかった。
「大樹の雫ですか?」
「ああ、大樹から五十年に一度だけ採取される雫だ。ポーションとして加工すれば、重度の怪我を治癒させるだけでなく、魔力だって回復させることができる。イサギほどの腕があれば、役立てることができるだろう?」
「かなりの価値になりますがいいのですか?」
これを原料にして作れば、手足が吹っ飛ぼうとも生やすくらいの治癒能力をもったポーションを作ることができる。通常のポーションと比べれば、破格の治癒能力であり価値も絶大だ。こんなものを俺に託してもいいのだろうか?
「ラオス砂漠に農園を作ってくれた礼の一つとして受け取ってくれ」
「でしたら遠慮なく活用させていただきます」
依頼への報酬というのであれば、素直に受け取る他にない。
俺はマジックバッグに丁寧に収納した。
「では、下りましょうか」
必要な物資の受け取りが終わって保管庫から出ると、メルシアがそう言った。
「ええっ、下りるのはちょっと怖いかも……」
「時間短縮のためですので」
「はい」
頷くと、メルシアは俺をひょいと抱え上げて大樹の上層階からジャンプした。
「うわわわわわ!?」
ふわりと高所から落下していく感覚が身体に襲いかかる。
手すりにぶつかってしまうんじゃないかと危惧するが、メルシアは柔軟な足腰を使って衝撃を吸収し、僅かな足場を使って下っていった。
下りは上りよりも一瞬で気が付けば、メルシアは一階のホールへと着地していた。
「イサギ様、大丈夫ですか?」
「な、なんとか」
「よろしければ、このまま私がお運びしましょうか?」
「い、いや、自分で歩けるよ」
ちょっと足腰が抜けている感じはあったけど、いつまでも女性にお姫様抱っこをされているわけにはいかないという男の矜持が勝った。
すると、メルシアは何故か残念そうな顔をして俺を下ろした。