ジャガイモ畑と同じように土に特製肥料を混ぜて、品種改良をした作物を片っ端から育てた翌日。家の傍にあった畑にはジャガイモ、ニンジン、タマネギ、ほうれん草、トマト、キュウリ、ナス、カブと幅広い種類の作物が広がっており、通常なら夏や秋に植えるであろうトウモロコシ、大根、ブロッコリーなども既に存在していた。
これだけ豊富で広範囲に広がったそれらを見ると、もはや畑と言うより農園と言う方が正しいような気がする。
「ちょっと作り過ぎたかな?」
「……かもしれません」
冷静になって見渡すとつくづくそう思う。
帝城では限られた土地しか使わせてもらえず、いかに少ないスペースで品種改良した作物を育てるか苦労していた。
そんな抑圧されていた状態の俺たちに、好きなだけ土地を使ってもいいなんて言われたら舞い上がってしまうのも仕方がないわけで。要するに調子に乗って作りすぎたのである。
保存自体はマジックバッグがあるのでなんとでもなるが、収穫が一番の難題だ。
「追加でゴーレムを作ることは可能でしょうか?」
「生憎、魔石を切らしていてね。今はこれ以上作ることができないんだ」
その辺にある石や土を利用すれば、体を作ることはできるが、肝心の動力となる魔石がなければ動かすことはできないのだ。よって、ゴーレムを大量に生成することで収穫を乗り切るといった方法は実現できない。
「父と母を応援として呼びましょうか?」
「そうしてくれると助かるよ」
俺たちだけで行えば、確実に半分は収穫期を逃すことになる。
迷惑をかけることになるが、せっかく育てた野菜を台無しにしたくない。
ケルシーも力になってくれると言っていたので、早速頼らせてもらうことにしよう。
「わかりました。少々お待ちを」
メルシアはこくりと頷くとシエナとケルシーを呼ぶために実家へと向かった。
「よし、とにかく俺とゴーレムだけで頑張るか」
「ニャー!? なにこれー?」
ゴーレムを呼び寄せて腕まくりをしていると、後ろからそんな驚きの声が聞こえた。
聞き覚えのある声に反応して振り返ると、メルシアの幼馴染であるネーアがいた。
「あっ、ネーアさん。おはようございます」
「この村にこんな大きい畑なんてなかったよね!? いつの間にできたの?」
とりあえず、挨拶をしてみるが驚いているネーアはそれどころではない様子だった。
「昨日、作ったんです」
「どうやって?」
「錬金術です」
「いやいや、おかしくない? イサギさんたちがやってきてまだ二日目だよ? この村で作物が育つこと自体がおかしいし、もう収穫できるようになってるのもおかしいんだけど!」
「それをどうにかできるのが錬金術なんです」
「それしか言ってないじゃん!」
だって、その通りなんだからそうとしか言いようがない。
「ネーア、イサギ君の言っていることは本当だ。実際、俺はイサギ君が錬金術で作物を実らせる姿をこの目で見た。イサギ君が改良した作物なら、この村でも育つ」
唖然としているネーアと俺たちのところにやってきたのはケルシーだ。
後ろにはメルシアやシエナもいる。
「ケルシーのおじちゃんがそう言うってことは本当なんだね。この村で農業なんてできっこないと思ってたけど、すごいじゃん!」
「ありがとうございます」
称えるように俺の背中を叩くネーア。
獣人だからだろうか予想した以上に力が強かった。
「それで今から収穫作業ってわけ?」
「はい。少し育て過ぎてしまったので作業が大変です……」
「それなら面白そうだし、あたしも手伝うよ!」
「本当ですか? 助かります!」
これだけ作物が多いとなると、人手は少しでも多い方がいい。
俺はネーアの申し出をありがたく受けた。
「ケルシーさんとシエナさんもいきなり手伝ってもらうことになってすみません」
「昨日の今日でここまで畑が広がるとはな」
「すみません。つい楽しくなってやり過ぎてしまいました」
「全体的に食料が不足しているこの村で作物が豊かに実るのは素晴らしいことだ。気にしなくていい」
「この村でこんなに豊かに作物が実っているなんて初めてよ。なんだかワクワクするわね」
よかった。突然の手伝ってもらうことになったが、ケルシーもシエナも純粋に喜んでくれているみたいだ。
とはいえ、毎度こんな風に呼びつけたら迷惑だろうし、これからはきちんと収穫のことも考えて実験することにしよう。
錬金術で収穫用のコンテナを作り上げると、それぞれが各作物の畑で収穫作業に移っていく。
ゴーレムにはキュウリの収穫を命じて任せ、俺はナスの収穫に取り掛かることにする。
刺が刺さらないように手袋をつけて、ハサミを手に取る。
「うん、どれもいい色艶だ」
実っているナスはどれも丸々としており、とてもいい色合いをしているのがわかる。
成長が促進されているのでほとんどが収穫期に達していると言えるだろう。
葉っぱをかきわけると、わき芽の根元をハサミで切る。
不必要なわき芽をハサミで落としたらコンテナに入れる。
あとはこれを延々と繰り返すだけ。
だけど、その数が膨大なためにかなり時間がかかる。根気と体力が必要だ。
特にこういった収穫作業は何度も屈んだり、立ち上がったりするために中々に腰にくる。
キュウリ畑ではゴーレムがノシノシと歩いてはキュウリを収穫してはコンテナに入れるのを繰り返していた。無尽蔵な体力がとても羨ましい。
「……ねえ、イサギさん。このトマトちょっと味見していい?」
黙々と作業をしていると、畑を越えてきたネーアが笑みを浮かべながら言ってきた。
まだ収穫中なのだが、きちんと許可をとりにきている。能天気なのか律儀なのかよくわからない性格だな。
まあ、ネーアは関係者でもないのに善意で手伝ってくれているんだ。
作業中の味見くらい目くじらを立てることもないだろう。
「いいですよ」
「わーい!」
許可すると、ネーアは嬉しそうな声をあげてトマトを食べた。
「なにこれ! めっちゃ美味しい! あたしの知ってるトマトとぜんぜん違うんだけど!?」
「成長速度だけでなく、甘み成分も向上させているんですよ」
「錬金術ってそんなこともできるの!? 本当にすごいね!」
驚きつつも食べる手は止めない辺り、相当収穫したトマトを気に入ってくれたようだ。
「俺も食べちゃおうかな」
「うんうん、イサギ君も共犯者になるといいよ」
ネーアの甘い誘惑に乗った俺は差し出されたコンテナから真っ赤に染まったトマトを手に取る。ヘタもしっかりと緑色で皮の張りも見事だ。
軽く布で表面の汚れをと取ってしまうと、そのまま豪快にかじりつく。
しっかりとした皮の中には柔らかい果肉がたくさん詰まっており、トマト特有の甘みと酸味が口の中で弾けた。
「うん、美味しい! 自分の好みの味に調整しただけはある!」
ベースとなっているのは帝国産のトマトだが、あちらのトマトは甘みが少なくて酸味が強かった。それがどうにも気に入らなかったので甘みを増強させ、酸味を減衰させたのだが正解だったようだ。
しっかりとし甘みのあるトマトは、まるでフルーツのようだった。
「……なんだかそちらの方だけ随分と楽しそうですね?」
なんて風に一休みしながらトマトを食べていると、ぬっとメルシアが顔を出してきた。
表情はいつもと同じように澄ましたものであるが、どことなく不満なように感じる。
ただ試食していたところを見られただけなのに、妙に焦るのはなぜだろう。
「メルシア、俺は作物の味見をしていただけだよ。ほら、錬金術師として改良した作物の味は確かめておかないといけないし」
「でしたら、私も味見をします」
「ああ。うん。どうぞどうぞ」
俺の隣にやってくると空のコンテナを置いて腰掛けるメルシア。
そんなメルシアの姿を見たネーアがからかうような笑みを浮かべた。
「にゅふふ、少し見ない間にメルシアも可愛らしいことをするようになったね?」
「どういう意味だい?」
俺には意味がわからなかったが、二人の仲では通じる言葉だったらしい。
メルシアがサッと頬を赤くすると、勢いよく立ち上がった。
「ネーア!」
「ニャー! メルシアが怒ったー!」
試食なんてそっちのけでネーアを追いかけるメルシア。
なんかよくわからないけど二人とも楽しそうで何よりだ。