「イサギ、本日付けで宮廷錬金術師は解任だ」
「はい?」
突然の宣告に俺は間抜けな声を漏らしてしまう。
ここはレムルス帝国にあるレムルス城。
宮廷錬金術師である俺はいつものように工房で仕事をしていたところ、上司であるガリウスに執務室に呼び出された。
そして、第一声がこれである。思わず呆けた声を出してしまうのも仕方がないだろう。
「聞こえなかったのか? 貴様は我が国の宮廷錬金術師に相応しくない。クビだと言っている」
平民である俺が気に食わないということは知っており、数々の嫌がらせや皮肉のようなものを受けていたが、ここまで無茶苦茶なことを言うとは思わなかった。
「恐れながら、私の何がいけなかったのでしょうか?」
「そこまで言わないとわからないのか?」
「はい。理由がなければ到底納得できません」
毅然とした態度で言うと、ガリウスは心底面倒くさそうにため息を吐いた。
「貴様が宮廷錬金術師としての責務を果たしていないからだ」
「そんなことはありません。私は宮廷錬金術師として責務を果たしています」
「それは仕事をサボって行っている土いじりのことか? あんなものは責務のうちに入らない」
「土いじりではありません! 私は錬金術で作物に品種改良を加えることで、荒れ果てた土地でも育つ作物を作っているのです」
「作物の世話など農民にやらせておけばいい」
「それだけでは限界なのです!」
「食料が足りず、これ以上生産できなければ侵略すればいい。豊かな作物を奪い、その地にいる人間を従属させて生産させる。その方が効率的だ」
ガリウスの主張を聞いて、なんて野蛮なんだという言葉が出そうになったが何とか堪えた。
レムルス帝国は国内の発展ではなく、軍事に多額の金額と人材をつぎ込んでいる。
侵略し、略奪を繰り返すことで周囲の国々を吸収し、大国となった国だ。
そんな帝王の方針を野蛮などと言ってしまっては不敬罪となってしまう。
だが、そんな無責任の方針が民たちを苦しめている。
なんの政策も打ち出さずに、貧困に喘いでいる民たちの生活がわからないのか。
「そのため宮廷錬金術師に求められるのは、軍事用魔道具の生産とアイテムを作ることだ。それなのに貴様はそれらの仕事を疎かにし、あろうことか城内に畑を作ったりと好き勝手をしている始末。そんな宮廷錬金術師が解任されるのは当然だろう?」
俺は帝国のそんな方針が嫌いだった。錬金術は人を殺めるためにあるわけじゃない。
人を幸せにするために使ってもいいじゃないか。
「疎かにはしていません。しっかりとノルマはこなしている上で、自分にとってより適性のある方向で貢献しているつもりです」
人を殺すための魔道具やアイテムの生産が求められていることはわかっている。
それを作るのが嫌だという気持ちはあるが、だからといって仕事を投げ出すほどに子供ではない。
仕事として必要とされている魔道具やアイテム作りはしっかりと行っている。
その上で自分にしかできない方面での貢献をしているだけだ。
「それが不要なのだ。錬金術師は黙って魔道具を作っていればいい」
ガリウスという男の考えが、その一言に集約されているように感じた。
この男は俺が平民であるだけじゃなく、根本的に錬金術師の存在すら見下している。
錬金術師は魔道具を作るだけの道具じゃない。
「私の行っている作業は、第一皇子であるウェイス様も認めてくださっているはずですが?」
「……何年前の話を持ち出すつもりだ。ウェイス様はそんなことはとっくに忘れておられる」
ウェイス様が俺の行っている仕事に興味を示し、有用性を認めてくださったのは三年前。
それ以降、彼が俺の元にやってくることはなかった。
忘れられていると言われてしまえば、その通りとしか言えなかった。
「宮廷錬金術師を統括しているのは私だ」
切り札を使ってみたが、ガリウスは解任を覆すつもりはないようだった。
ここまで俺なりに努力し、貢献してきたつもりだが、帝国にとって俺は不要のようだ。
軍事用魔道具を大量に生産してほしい帝国からすれば、最低限の量しか作らない俺よりも嬉々として大量に生産する奴の方が扱いやすいのだろう。
俺からすればそんな方針は糞くらえだが、帝国がそちらを望ましく思っているのはガリウスと話し合っていてよくわかった。
ここまで方向性が違えば、一緒に仕事をしていても不幸にしかならない。
素直に受け入れる方がいいだろう。
「……わかりました。辞令を受け入れます」
「宮廷錬金術師でもない平民が城内に滞在することは許されない。荷物をまとめて速やかに城を出るように」
軽く会釈だけすると、俺は踵を返して執務室を出ることにした。
形式的な挨拶が一切ないことにガリウスは眉をひそめていたが、お世話になった覚えは一切なかったので当然だ。
最後にほんの微かな反骨精神を見せると、俺は執務室を退室した。