七.魔女の館を出て

 魔女の館には人間世界の街の薬屋の奥、山小屋、崖の下の洞穴、そして妖精界、魔界へ繋がる扉がある。
 ただし、こちら側、ジェスリルの魔法の力の及ぶこの館側からしか開くことはできない。
 ジョシュがこの館に来るときは、館を取り囲む魔女の森を通ってやって来る。
 ロウは魔女の森の何処かに住んでいる。
 ネイドリルのお披露目パーティに行くことになった私たちは、一旦、王都にあるジョシュの家に向かうことになった。
 扉を通って街に出る方が早いが、ジョシュは馬車で来ていたし、私もジョシュと一緒に馬車で行くことにした。
 ユリウスは半日も馬車に乗るのは嫌だと言って、扉を使うことにしたらしい。
 ロウは用事があると言って、一足先に森の中へ帰っていった。
 このところ忙しそうにしている理由を尋ねてみても、なぜか答えをはぐらかす。
 後でジェスリルが教えてくれた事には、ロウはお金を稼ごうと、人間世界で働いているのだという。
 森では自給自足生活をしているし、基本物々交換なので、私やジェスリルは生活にお金を必要としていない。それはロウも同じだ。
 ジェスリルと私が作る薬を少し売ってはいるが、本を買う為に使う程度だ。
 ロウは何故危険を冒して、お金を必要としているのだろう。
「ジョシュに嫉妬しているのさ」
 ジェスリルはそう言っていたが、それもまたよく分からない。
 何か困っているのなら私も協力したいのに、ジェスリルには黙っているように諭された。
 もどかしい気持ちでロウを見送った後、ユリウスとは街で落ち合う約束をして、最後にジェスリルの元へ挨拶に向かった。
「行ってきます」
 ジェスリルと抱き合って、初めて、ここにしばらく帰ってこないのだという淋しさが込み上げた。
「ネイドリルに会ったら、今までのおまえではいられなくなるだろう。それでも行って、取り戻して来て欲しい」
 信じているよ、とジェスリルは優しく私の髪を撫でた。
 深い森の中を、規則正しい足音を響かせて馬車は進んで行った。
 私は窓から外を眺めたり、ジョシュに社交界の話を聞いたりしながら過ごした。
 日が暮れる頃、馬車は大きなお屋敷の前に到着した。
「おかえりなさいませ」
 エントランスで迎えてくれたのは、メイドさんらしき女性二人と吊りズボンの初老の男性一人。
 今まで馬車の馭者をしていた執事のモリスさんと合わせて、バークレイ伯爵家の使用人は四人らしい。
 四人はジョシュが吸血鬼であることも知っており、皆信頼できる者だとジョシュが胸を張った。
「エリルです。しばらくお世話になります」
 四人は優しい笑顔で私を迎え入れてくれた。
 夜会が行われる日までの一週間、ジョシュは伯爵としての仕事をこなしながら、私のダンスの練習に付き合ってくれたり、ドレスやアクセサリーを用意してくれたりした。
 私はメイドの二人、ステラとメグについて回り、一緒に掃除をしたり、料理を習ったりした。
 ステラはおとなしい感じの三十歳くらいの人で、すらっと背が高い。
 メグはぽっちゃりとしていて、よく喋る賑やかな人だ。歳はステラより一回り上らしい。
 初老の男性は庭師のトミーさん。
 寡黙で滅多に姿を見ないが、バークレイ伯爵家の美しい庭が、トミーさんの庭師としての腕を証明している。
 執事のモリスさんは、いつも影のようにジョシュのそばにいて、ありとあらゆる仕事をこなしている。
 バークレイ伯爵家の使用人さんたちは、少数精鋭だった。
 ジョシュの生活を垣間見た私は、ジョシュの努力に感心したのは言うまでもなく、いい人達に囲まれて楽しそうにしていることが嬉しく、誇らしいような気持ちになった。
 ジョシュは決して無理をしてここに居るわけじゃない。人間の世界が好きなのだろう。
 たとえ多くの仲間たちがこの世界を追われ、滅ぼされていったのだとしても、ジョシュから怨みや憎しみは感じない。
 それを裏切りだと断罪する仲間がいる事も知っている。
 私はジョシュの幸せが続く事を願った。

 一週間はあっと言う間に過ぎていった。