六.告白

「どうして私の所に置いて欲しいなんて言ったのかな?」
 ジョシュは穏やかな声音で問いかけてくれる。
「私やっぱりここが好き。ここを離れたくないよ。
 でももし、ジェスリルがいなくなって、誰もここに来なくなって、私一人ここに取り残されたらどうしようって思った。
 外で生きて行く術なんか知らない。
 何も知らない自分が怖い」
私は不安だった。ずっとこの魔女の館を守っていきたいと思うのに、ジェスリルに比べて、無知で子どもの自分は、あまりにも頼りない。
「無理ないさ。いきなりジェスリルの代わりをしろとか、ここから出て行けなんて、誰も言わないよ。馬鹿な狼が焦って何か言ったかもしれないけど、気にする事はない。もしここを出て行くことになっても、私の所に来ればいいだけだ。私にとってエリルが魔女かどうかなんて関係ないよ。それに子どもはいつか親離れするものさ。その為の練習を経てね」
 ジョシュの言葉が私の心を落ち着かせてくれる。
 この優しさに甘えてばかりではいけない。そう思うものの、私に何ができるのか、分からないままに、焦りだけが募っていくようだ。
 今はとにかく魔女の書を取り戻す事を優先しよう。


    
「どうやって魔女の書を取り戻せばいいのかな?」
 ジェスリルはこの館から出られないし、魔法もこの館の中でしか使えない。
「力尽くで取り返せばいい」
 とはロウの弁。
「争うと後が面倒だろう?こっそり盗み出せばいいんじゃないか?」
 とはジョシュの意見。
「ネイドリルの事をもう少し知りたい。話し合って、返してもらえるかもしれないでしょ?」
 これは私の意見。
「ん~、取り引きするのがいいんじゃない?何か相手の弱みを握るとかさ」
 意外に策略家な一面を見せるユリウスに、みんなが驚きの眼差しを向けた。
「エリル、僕のこと馬鹿にしてたでしょー」
 私の感心したような表情を見て、ユリウスが頬を膨らませた。
「来週、ネイドリルの披露目の夜会が行われる。それに参加して情報を集めよう。エリルもネイドリルの姿くらいは見られるはずだよ」
 ジョシュの提案に皆頷いた。
 そして、これを機にしばらくジョシュの家に行くことになった。
 外の世界を見てきなさい、とジェスリルが言ってくれたからだ。
 ロウは複雑な表情で私を見ていたが、何も言わなかった。


 夜半に激しく窓を叩いていた雨も止み、朝日に緑がキラキラと輝いている。
 窓から庭を見下ろせば、昨日私が落ちた木の下に、ロウの姿があった。
 ロウは白いシャツにグレーのズボン姿で、私と目があうと、優しく微笑んで、手にしていた籠をゆらせて見せた。
 森に木の実やきのこ、薬草などを取りに行くとき、いつもそうしてロウが待っていたので、私は急いで庭へ降りて行った。
「今日は何を取りに行くの?」
 息を弾ませて尋ねる私に、「たまご」と答えて歩き出す。
「ジョシュがエリルの涙が入ってるっていうペンダントを見せてくれたよ。
 エリルはジョシュが好きなんだね」
 前を向いて歩きながら、少し寂しそうにロウは言った。
「ジョシュはジェスリルの血がないと困るでしょ?でも、私の涙でも元気になるっていうから、気休めだけどお守りにしてもらったの」
「ジョシュは人間の世界でも上手くやってる。彼ならエリルを幸せにしてくれるはずだ」
「ロウ?」
 何だか胸のあたりがモヤモヤする。
 ロウが離れて行ってしまいそうな気がした。
 立ち止まってロウの顔を見上げる。
 ロウはこちらを見ずに続けた。
「ジョシュには勝てない。俺はエリルに何も与えてやれない」
 ロウの静かな声が私の胸を締め付けた。
「何もできないのは私の方なのに。私は助けて貰ってばかりだよ」
 ロウと森に行くのは数ヶ月ぶりだった。子供の頃は毎日のように一緒に行っていたのに、いつからか、ロウが館に来ない日が続くようになった。
 思えば理由を訪ねる暇もなかった。
 幼い頃からいつもロウが側にいた。
 いつだって力強い腕が、昨日のように私を守ってくれた。
 転びそうな時、高い場所から落ちそうな時、毒になる様な物が近くにある時、ロウが先回りして守ってくれるから、私の運動能力は発達しないままなのかもしれないと思える程だ。
 ジェスリルから読み書きを習った時、ロウも一緒に勉強して、しばらく二人で人間世界の学校に通ったこともあった。
 ロウは始終女の子に追いかけられていたっけ。
 ダンスレッスンでは他の子と踊らなかったり、私をからかった男の子を叩きのめしたりして、三カ月程で追い出されてしまったけど。
 どんな時も私はロウに守られ、寂しさを感じずにいられた。
 私は思い切ってロウの首に腕を回し、縋り付くようにして頬に口付けた。
 こんなにもロウが好きだ。
 少しでも想いが伝わるといい、そう願いながら。
 ロウは驚きながらも、私を抱きとめてくれる。
「エリル・・・」
「ロウ、私、ロウが好きだよ。ロウとずっと一緒に生きていきたいの」
 ロウは強く私を抱きしめ直し、掠れる声で何度も私の名前を呼んだ。