五.人狼と吸血鬼

ジェスリルの話が終わり、一旦解散すると、エリルは部屋で休ませる。
ちゃっかり猫の姿になって、エリルについていこうとしたユリウスの首根っこは、しっかりロウが押さえた。
ロウはエリルとの出会いを思い出していた。
森の中で野犬が騒いでいた。
黒いローブの人間が走り去る姿を目の端に捉え、野犬達の取り囲むモノに目を向ければ、何か布にくるまれた塊があった。
もぞもぞと動く其れは、どこか淡い輝きを伴って、ロウの目を引き付けた。
ロウは野犬の群れを飛び越えて、その塊に近付いた。
「散れ!」
うるさく吼えたてる野犬達を一喝して追い払う。
相変わらずもぞもぞと動く布の下から小さな人の手と頭が覗いた。
(人間の赤ん坊か・・・)
黒髪に黒目の小さな子どもは、ロウに怯えることもなく嬉しそうに手をのばしてくる。
ロウはしばらくそれを見下ろしていたが、まだ遠巻きにこちらを伺う野犬達の気配を感じ、その子どもを連れて行くことにした。
今思い出しても、あの時何故、人間の子どもを助けようと思ったのか分からない。
まして、もう何年も人の姿をとったことなど無かったのに、その日以来、度々人の姿になるようになった。
ロウは子どもを魔女のもとへ連れて行った。
エリルがあの走り去ったローブの人間に捨てられたのだと気付いていた。
「一杯どうだ?」
談話室のソファーに寝そべって物思いに耽っていたロウに、ジョシュがグラスをさしだした。
ジョシュはソファーの肘掛に軽く腰掛けて、グラスを煽っている。ロウに酒を勧めるなど、だいぶ酔っているのかもしれない。
ロウは黙ってグラスを受け取り、一息に飲み干した。
ジョシュは機嫌良さそうに、胸元から引っ張り出したペンダントに口付けている。
「これが何か知っているか?」
小さな雫型のガラスのペンダントトップが、蝋燭の光を反射して煌めいた。
うっとりとそれを眺めて、返事など期待していないジョシュは、勝手に話し始める。
「これにはエリルの涙が入っている。エリルがお守りにくれたのだよ。この私の為に」
泣いているのか笑っているのか。ジョシュの声はロウに話しているというよりは、独り言のようだ。
「昔、毒にやられてここまで必死に逃げて来た。ところがあと一歩のところで力尽きて倒れてしまってね。死を覚悟した私を、エリルが見つけて助けてくれたんだ。
エリルには凄い力がある。エリルの涙の一雫は、ジェスリルの血より強力な薬だ」
エリルの涙?酔っている為か、ジョシュが何を言いたいのか、ロウには判然としなかった。
ただ、エリルからお守りを貰ったというジョシュには苛立ちを覚える。
「エリルにこの館の主人の責務を押し付けるな」
ジョシュはグラスを持った手でロウを指差し、釘をさすように言った。
「お前に言われる筋合いはない。
そっちこそ勝手にエリルを連れて行くような真似はよせ」
「私はエリルが自分の意思で私のところに来てくれるのを待つさ」
ジョシュは言いたいことは言ったとばかりに引き上げていった。
ロウは一人、エリルの言った言葉について考えた。
エリルを人間の世界へ戻すべきなのか、ロウには分からなかった。ただ、ひどく寂しいような、胸の中に穴の空いたような気がして、落ち着かなかった。