四.魔女と妖精
がっかりしたように肩を落とすジョシュに、ロウはすまないと謝った。
ジョシュはヒラヒラと手を振って気にするなと答えていたが、どこか上の空だ。
私はほっとして気が抜け、その場に座り込んでしまった。何だか力が入らない。
「二人がかりでエリルを困らせるとは呆れたものだな」
いつの間にかジェスリルがダイニングテーブルの端についてこちらを見ていた。
ロウが私の横に膝をつき、私にも謝りながら手を引いて立たせてくれた。
乱れた癖毛の下で、琥珀色の瞳が何か言いたそうに揺れている。
『私が人間として生きる事を選んだら?
私が魔女じゃなければ、ロウは私が必要ないのね?』
自分の言った言葉を思い出し、ロウを傷付けたのに、私の方こそ謝っていなかった事に気付いた。
「さっき、酷いこと言ってごめんなさい」
ロウは私の言葉に驚いたように目を見張った。
そしてふるりとかぶりを振って、ぽんと私の頭に手を乗せ髪をかき混ぜた。
ほっとしたような笑顔に、私の心も少し軽くなった。
いつの間にか足元に、今朝の仔猫がやってきていた。
足に擦り寄る柔らかな毛並に、皆の視線を集めている事に気付いたのか、仔猫はミュゥと鳴いた。
次の瞬間、猫は私と同じくらいの大きさにまで膨れ上がり、ポンと音を立てて少年の姿になった。
明るい金色の髪に、翠色の瞳、白いドレスシャツに淡い水色のジャケット姿。
少年に変身した猫はニコリと天使のような笑みを浮かべて言った。
「今朝は助けてくれてありがとう、エリル。
ご挨拶が遅れました、魔女ジェスリル。
妖精界から参りました。ユリウスと申します」
「これで四界の役者が揃ったな」
ジェスリルはそう言って立ち上がり、皆を魔女の書がある書庫へと案内した。
ユリウスもロウとジョシュも、今日はジェスリルに呼ばれてここへ来たらしい。
私は驚いてまじまじとユリウスを見た。
ユリウスはいたずらっぽく笑って人差し指を唇に当て、私にだけ聞こえるように囁いた。
「選択肢には僕も入れておいてね」
何の選択肢?問い返そうとしたが、廊下へと出るジェスリルを追って行ってしまったため、言えず仕舞いだった。
ジョシュがサラリと私の腕をとり、疲れていないかと気遣ってくれる。
「さっきの話の続きはまた後で聞くよ」
優しく微笑む姿は、いつものジョシュだった。
ジェスリルは地下にある書庫まで皆を案内し、長く閉ざされていた扉を開け放ち、中へと入って行った。
ジェスリルがフーっと息を吹くと、部屋に明かりが灯り、壁一面の書物を照らし出した。
「ここにあるのは魔女の生涯を記録している書物だ。本が勝手に必要な事を記録しているんだ」
ジェスリルは一冊を手にとってパラパラと捲りながら説明を始めた。
「例えば此処には、何代か前の魔女が一人の人間に魔力を分け与えたと書かれている」
その本を元の位置に戻し、すーっと指を滑らせた先に、一冊抜け落ちた箇所があった。
「ここにあるはずの魔女の書は、私の妹ネイドリルが持って行ったままだ。
魔女の書が王の手に渡れば、この館はもとより、皆の住む世界も危険に晒される事になる」
たしかネイドリルは王に嫁いだって・・・
皆の顔が一様に青ざめている。
ジェスリルが皆に向き直り、静かに言った。
「魔女の書を取り戻して欲しい」