二.魔女と人狼

私が魔女になる?
そんなことがあり得るだろうか。
魔法を使えない魔女を魔女と呼べるのだろうか?
呆然とする私にジェスリルは言う。
「この館を守る次の主人が必要なのだ。私もいつかこの役目を終える。もし私が誰かにこの力を引き継がずに死んだ場合、最も魔女の血の濃いものが次のこの館の主人となる」
ジェスリルが役目を終える?
理解出来ずに首を横に振る。
ジェスリルはさらに先を続ける。
「この館は、人間から魔族を守る為に造られた。人間によって異端のものとして狩られ続けた人狼族、吸血鬼族、魔法使いたちを存続させることがこの館の主人の責務だ。私の妹にはこの責務を全うする気は無いようだがな」
「妹って?」
今までこの館に訪れたものたちのなかに、ジェスリルの妹と呼ばれるような人はいなかったはずだ。
「私が選んだ者に魔力を引き継がなかった場合、私の妹にこの館の主人の座は引き継がれるだろう。純粋な魔女の生き残りはもう私たち姉妹しか残っていないからな。そして妹は最近、アームスデン王に嫁いだそうだ」
「えっ」
アームスデン王といえば現国王で、盛んに魔女狩りを行ってきた人物だ。魔女がいると聞けば町ごと焼き尽くすような残忍な一面を持ちながらも、国民には慕われているという。王にとって魔女は倒すべき敵で、それは他の人間にとっても同じということなのだろう。そんな王が魔女と結婚するとはどういうことだろう。
「エリル、俺たちはネイドリル、ジェスの妹にこの館の主人を任せるわけにはいかない。君が魔女を継ぐことを拒否した場合は、ネイドリルを殺すことになるだろう」
殺す? ロウが、ジェスリルの妹を殺す?
選べと言う割に、選ぶ余地が無さそうなこの選択肢はいったい何なのだろう。
「決めるのは今でなくていい。二、三年の猶予はある。ゆっくりと考えて決めて欲しい」
二人が私に魔女を継いで欲しいと思っているのは何となく感じられる。無理に押し付けようとするような二人でないことは、もちろん分かっている。
そして簡単に答えの出せる選択でもない。
魔女になれば、人間の寿命の何倍もの時を、この館から出る事無く生きなければならない。それはジェスリルを見て育ったから知っている。
でもまさか、自分にその選択肢が与えられるとは夢にも思わなかった。
「私、魔法は使えないけど?」
「私の力を引き継ぐので問題無い」
「ネイドリルって人のことも全然知らない」
「直に知ることになるよ」
「もし人間として生きる事を選んだら、ここには居られないの?」
「そうなるだろう。どう生きて行くのかも含めて、二、三年の間に決めなさい」
ジェスリルは優しく私を抱き寄せて、動揺する私の背を撫で続けた。


部屋に戻り、ベッドに腰かけたままただ時間が過ぎていく。外は雨が降り続いていた。すっかり日が暮れ、風も出てきたようだ。今夜は嵐になるかもしれない。
ぼんやり外を眺めていると、門に続く道を誰かがやって来るのが見えた。
二頭建の馬車には見覚えがある。
ジョシュが来たに違いない。
ジョシュは吸血鬼族だが、人間界で暮らしており、バークレイ伯爵と呼ばれている。
いつも私にお土産をくれるし、とても可愛がってくれる。こんな時でもジョシュに会えることは素直に嬉しい。。
私は急いで玄関へ降りて行った。
「いらっしゃい、ジョシュ」
馬車寄せから執事に傘を差しかけられながら歩いて来たジョシュは、チーフで袖に付いた雫を払いながら、私を見て嬉しそうに相好を崩した。
すぐに私を腕の中に囲い、「あぁ私の可愛いエリル、元気でいたかな?」と髪を撫でてくれる。
ジョシュは昔から私を甘々に甘やかすきらいがある。
見た目は二十台半ばくらいに見えるが、実年齢は不肖。サラリとしたシルバーブロンドに青い眼、優雅で気品溢れる身のこなしは社交界一の貴公子と謳われているのだとか。これは本人が言っていたのだけれど。
ふと、ジョシュが手を止め、私の顔を覗き込んだ。
「エリル、具合が悪そうだ。ずっと眺めていたいところだけれど、今日は早めに休んだ方がいいんじゃないのかい」
そう言って、私を部屋まで送り届けると、おやすみと、優しく髪にキスを落とした。


 いつの間にか私は部屋を出て、暗い階段を降りていた。
その先には地下牢がある。魔女の館に地下牢などないはずなのに、私の足は止まらず、ひたひたと石の上を歩いていく。やがて闇の中からジャラリと鎖を引きずる音が聞こえてきた。錆びた鉄格子の向こうに、真っ白な長い髪の女性がいた。鎖に両手両足を拘束され、白い服にはあちこちに血の滲んだ跡がある。
手も足も僅かに覗く首元も深い皺が刻まれ、老女であることが分かる。良く顔を見ようとさらに近づけば、老女が顔を上げてこちらを見た。
その瞬間、それが誰であるか気づいた私は驚きで凍り付いた。
あの美しい魔女が、私の養い親であるジェスリルが、一息に歳をとったかのように、老婆となってそこに繋がれていたのだ。
助けなければと、近寄って声をかけると、そこにいたのはジェスリルではなく自分と同じ姿の子どもに変わっている。
子どもの顔や手の皮膚はみるみる痩せて乾いていく。髪も白髪に変わって、恐ろしい形相でこちらを睨み付け、私に向かって呪詛の言葉を投げつける。
私は恐怖に叫び、そこから逃げようとして目が覚めた。夢を見ていたのだ。
「エリル、どうした? 大丈夫か? 入るぞ」
ロウが部屋に飛び込んで来た。どうやら夢の中だけでなく、実際に悲鳴をあげていたようだ。 大丈夫、夢を見ただけと言おうとしたのに、嗚咽がこみ上げて来て言葉にならなかった。
ロウはベッドに半身を起こした私を抱きしめ、しばらく背中を撫でてくれた。
「エリルすまない。だが今日話したことはエリルにしか決められない。エリルがどちらを選ぼうと俺たちはこの館を守らなければならない」
 ロウが言っているのは、私がどんな決断をしようとロウは魔女の館を選ぶということだ。いつだってロウは私の味方だったのに。
「私が人間として生きる事を選んだら? 私が魔女じゃなければ、ロウは私が必要ないのね」
やつあたりだと分かってはいたが、思わず口走ってしまっていた。ロウの顔を見ることができず、私は布団を頭から被ってロウに背を向けた。
怖かった。夢の余韻も、ロウに見捨てられることも、自分が皆の期待に応えられないことも。
しばらくして、ロウが部屋から出て行ったのが分かった。
私はいつの間にか泣き疲れて、また眠ってしまっていた。