十八.王宮
王宮に戻った私達がロウを探していると、真っ直ぐこちらに向かって来る女性がいた。
ランスさんが私を背に隠すようにして通り過ぎようとしたところ、その女性に呼び止められた。
「王妃様、お探ししておりました。
王様がお呼びです」
その声に聞き覚えがあった。ランスさんの後ろから覗き見れば、案の定、夜会で再開したばかりのアビーだった。ネイドリルの侍女になると言っていたが、もうその仕事に就いているらしい。
「君は王妃様の新しい侍女ですね? 私が王様の所へお連れしますよ」
アビーは私をネイドリルと間違えているようだ。まさか私が王宮でランスさんと歩いているとは思わなかったのだろう。
ランスさんはアビーの人違いを否定せず、やり過ごそうとしたようだ。確かにここで人違いですと言ったらややこしい事になるに違いない。
しかしアビーはすぐに下がらず、首を傾げて私の方を見ている。
私はそっと顔を伏せてアビーの視線から逃れようとした。
けれど、アビーの鋭い眼力を誤魔化すことは出来なかった。
「まさか、エリル……? 」
ランスさんもアビーの口から私の名前が出た事に驚いたようだ。
私はこのままシラを切るか、本当の事を話すか迷った。
その間にもアビーの追求の手は緩まない。
「そのワンピース、王妃様は今朝は青いドレスをお召しになっていたような…… 」
そっとランスさんの顔を伺えば、小声で知り合いかと聞かれたので、頷き返した。
「私はエドガー王子の補佐官をしているランスと申します。
私が責任を持って王の元へお連れしますよ」
ランスさんの言葉に、一瞬迷うような表情になったアビーだが、そこで引くような子ではなかった。
「私はネイドリル王妃の侍女で、アビー・ダルトリーと申します。
私の友人に王妃様によく似た子がいるのです。
ランス補佐官様の後ろにいるのがその子ですわ」
アビーは私がエリルだと確信を持ったようだ。私は観念して前に出た。アビーの目は誤魔化せそうにない。
「何故ここにいるの?
ネイドリル王妃にお会いした時、あなたが王妃になったのかと驚いたのよ。
説明してくれるわよね?
只のそっくりさんなんて話は、私には通用しないわよ! 」
ここでこの話を続けるわけにもいかず、アビーを伴って部屋に戻ることにした。
ところがすんなりと部屋にたどり着くことは出来なかった。
廊下の角を曲がった所に、数人の男性が歩いて来るのが見えた。一人を除いては皆同じ近衛兵の制服だった。
真ん中にいるのは、どこからどう見ても、アームスデン王その人だ。
私達は急いで引き返そうとしたが、遅かった。
「待て、ランス。
何故その方がネイドリルと一緒にいる?」
王に呼び止められてしまった。
王はしっかりと私の姿も一瞬の内に捉えていたようだ。しかし、ネイドリルによく似た者がいることをまだ知らないであろう王は、私をネイドリルと思ったようだ。
「今、そこでお会いしたのです。
侍女と二人だけでしたので、お部屋までお送りするところでした」
ランスさんは落ち着いてさらりとそう答えた。
私は王に気付かれたらどうしようと、指先が震えるのを必死に手を握って隠した。
アビーが王に私のことを話すかもしれない。そう思って後ろをちらりと振り返れば、アビーは腰を折って王に礼をとっており、何かを訴えるような気配はない。
私も頭を下げ、どうかこのまま王が立ち去ってくれることを願った。
「ネイドリル、一緒に来なさい」
王の鋭い眼光が私に向けられているのが分かる。
ここで王に付いて行ったりしたら、確実にネイドリルでないことがバレてしまう。
背中に冷や汗が伝う。
王の有無を言わさぬ声音は、私に拒否することを許さない。
下手な事を言えば、ネイドリルでないことがバレて、ランスさんが困ったことになるだろう。
私は王妃の名を騙ったとして処刑されるかもしれない。
王に従おうと従うまいと、絶対絶命の危機だった。
私はこの場を切り抜ける方法が浮かばず、震える足を踏み出しかけた。
ランスさんを巻き込むよりは、一人で行った方がまだしもいいように思えた。
「王妃様、先にお召替えを」
アビーの声がその窮地から私を救い出す助け船となった。
私はアビーに頷いて、王と目を合わせないように頭を下げた。
「先に着替えて参ります」
震える声で何とかそれだけを言えば、王は再び歩き出した。ほっと胸を撫で下ろす私に、私の前を通り過ぎざま、王が言った。
「着替える必要はない。今すぐ来なさい」
今度こそ逃げられない。
青ざめるランスさんの顔を見て、私は覚悟を決めた。
やれるところまでネイドリルの振りを続けるしかない。