十二.赤い瞳
「こういう目のことを言っているのかな?」
「赤い目の人間もいるんですよ、稀にね。
感情が昂った時なんかにね、血液が瞳に集まって赤く見えるんですよ。
エリルも私と同じ体質でしてね」
ジョシュ・バークレイはブルーの瞳を、真っ赤なルビー色に変えて、エドガーを見ながら言った。
ゾクリと背中に震えが走る。
エドガーは目の前の妖しい色香を放つ男に、一瞬飲まれそうになりながら、それをどうにか隠して言い返した。
「ほぅ、自ら魔物だと証明してくれるとは、これで焚刑は免れないな」
「魔物じゃありませんよ。体質なんです。どう言ったら信じて貰えるんです?」
困ったような口調の割に、その女のように線の細い、美しい顔には笑みが浮かんでいる。
侮れない男だ。
一応貴族ということもあり、牢に繋いだりはしていない。
証拠も無い状況でそうそう引き留めておくこともできないだろう。
これ以上何かを聞き出すことは不可能と判断し、エドガーは話を切り上げた。
「あの娘の身柄は預かる。今日はもう帰ってよいぞ」
ジョシュは何も答えず、ただ静かに笑みを浮かべていた。
エドガーは娘の様子を見るために、地下牢へ向かった。
ネイドリルの元へ使いをやり、顔の似た親族がいるかについても確認を取ったが、いないとのことだった。
薄暗くひんやりとした石造りの牢に、松明の火が爆ぜる音だけが聞こえる。
格子の中を見れば、娘はまだ気を失ったままだ。手近にあった椅子に座り暫く様子を見ていると、程なく、娘は身を起こした。
「気が付いたか?」
娘は状況が飲み込めないのかぼんやりとしている。
「王妃に聞けば、お前の事は知らないそうだ」
「・・・」
「何か目的があるのか?ただの他人の空似とは思えん。それに、その目は魔族か?」
「・・・」
聞こえているのか、いないのか、娘は一言も喋らない。
エドガーは椅子から立ち上がり、格子の側まで歩み寄った。
「魔族である事が証明されれば、ジョシュ・バークレイ共々焚刑に処す」
どうやら聞こえているらしい。娘は驚きに眼を見張ると言った。
「何故??どうして私たちが処刑されるんですか?何も悪い事なんてしていないっ」
鎖を引きずって立ち上がった娘は、格子に掴まるようにして、こちらを一心に見ている。その手は寒さの為か、あるいは恐怖の為か震えている。
「おまえ、自分がどんな顔をしているか知っているか?
ネイドリルと瓜二つな顔で王宮に現れるとは。王妃にとって代われるとでも思ったか?
残念だったな。そんな血のような赤い目の人間はいない」
「それならジョシュは関係ないでしょう?」
自分のことよりジョシュ・バークレイの事を気にかけているということか。即座に娘が言い返してきた。
「ジョシュ・バークレイか。彼奴の事は以前から疑っていたのだ。この機に確かめてやる」
今は元の黒い色に戻ったその眼を覗き込むように顔を引き寄せた。
「覚悟しておけ。洗いざらい吐かせてやる」
少々脅しのつもりで凄むと、一旦はその場に崩折れたものの、娘は再び立ち上がった。
泣きわめくでもなく、命乞いをするでもなく、凛とした真っ直ぐな眼差しを向けてくる。
「私が人間だと証明できたら、ジョシュも解放してください。無実の罪で人を裁くような方ではないと信じます」
知らず口元に笑みが上った。
「いいだろう。陪審員がおまえを無実だと判断するとは思えないがな。せいぜい頑張ってみろ」
エドガーはそれだけ言って立ち去った。
地下牢を後にして、ジョシュ・バークレイの言った言葉を確かめるべく、書庫へ向かった。
本当に赤い目の人間がいるかどうか、念の為確認しておく為だ。少なくともエドガーはこれまで見たことが無い。
いつも書庫にいる、幼馴染でもあるあの男に聞けば何か分かるだろう。
「ランス!いるか?」
呼びかければ、書棚の奥から丸眼鏡のヒョロ高い男が出てきた。
「おや、王子、夜会はどうされたのです?」
「聞きたいことがある」
理知的な眼差しに、落ち着いた物腰の青年は、
「赤い瞳の人間は存在するのか?」
というエドガーの問いに、思慮深気に目を細めた。
「王子は人の子が犬や猫でもなく、人の姿で産まれてくるのは何故だと思いますか?」
「そんな当たり前の事など考えたことが無い」
「では、蛙の子がオタマジャクシなのはご存知でしょう?これも不思議ではありませんか?」
ランスは穏やかに話しつつ、エドガーの様子を見ている。
「私は、赤い涙を流す者を見たことが有ります。
手が3本生えている者や、生まれつき目の見えない者など、不思議な症例はいくらもありますよ」
エドガーは信じられないというように眉間に皺を寄せ首を振っている。
「私は、人間が人間として産まれてくるのは、その形や色、本能や機能を親から何らかの形で受け継がれているからだと思っています。
例えばここにある本達が、人の手によって書き写され伝えられて行くように」
今度はエドガーも思案気にうなづいている。その様子を認め、ランスはエドガーの問いに答えを返した。
「本は書き写されて行く過程で、誤字脱字や意訳により少しづつ元とは違った物になることがありますでしょう?
人も同じではないかと思うのですよ」
「要するに、赤い瞳の人間もいるかも知れぬということだな」
「ええ、十分に有り得るでしょうね」
エドガーはやや思案した後、ランスをあの娘に会わせてみることに決めた。
「一緒に来てくれ。見せたいモノがある」
地下牢へ向かう途中、見張りの兵が倒れているのを見つけ、エドガー達は急いで牢へ向かった。
その途中、話し声がする事に気付いた。
薄暗い通路を曲がった所で、ここに居るはずのない人物に出会う。
「あなたが何故ここにいる?」
今向かっている先に居るはずの少女と、王妃ネイドリルは瓜二つだが、一度対峙した人間を見間違える程愚鈍ではない。
ネイドリルは答えず、フードを被り直すと踵を返した。
「待て!」
エドガーがネイドリルの肩に手を伸ばすが、まるで幻だったかのように、ネイドリルの姿は消え去り、後に黒いローブだけが残された。