彼の胸でぼろぼろ泣きじゃくりながら由香奈はくぐもった声を押し出す。ほかの全部は叶わなくていいから、今あるのはそれだけの思い。
「一緒に、いて、くれますか?」
 違う、逆だ。しゃくりあげながら由香奈は思った。この願いさえ叶えば、きっと、なんでもできるようになる。それほどの願い。

「……俺のセリフ、先に言われた感じ」
「……」
 涙でぼやける瞳で見上げると、気のせいでなく春日井の目元は赤かった。
「なんか、別のこと言いたいんだけど、思いつかないから……」
 ぎゅうっとまた力がこもる。由香奈もまた彼の胸に頬を押し当てながら同じ言葉をつぶやいた。好き、と。




 イベント後の恒例のように園美さんは遊園地の入場券をくれた。
「遊園地って初めて……」
「俺もここ、久々かも」
「行ってくればー。ふたりきりでー」
 棒読みな口調でクレアに言われ、他意はないことはわかったからお言葉に甘えることにした。

「あのさ。朝、駅で待ち合わせしようか」
 春日井の提案に由香奈は目をぱちぱちする。何しろ住んでいる場所が一緒だから、それはとても新鮮な気がする。
「駅で待ち合わせって、すごくデートっぽいですね」
「うん、デートっぽいかなあって」

 なんだこいつら、という目でじとっと見ていたクレアだったが、当日の朝早く、由香奈の部屋にやって来てコーディネートしてくれた。
「もっと短いスカートないの?」
「ないよ」
「ああ、もう。バーゲンシーズンだしさ、次の休みはあたしとお買い物デートしよ」
 さっそく次のお誘いをされ、由香奈は嬉しく思って頷いた。

 今日は冬晴れの真っ青な空で、傘の必要はまったくなさそうだ。クレアが塗ってくれたマスカラのせいで目がしぱしぱするのを感じながらエレベーターを降りてエントランスに出る。
 立ち止まり、横を向いて掲示板のポスターの女性と視線を合わせた。憂いを帯びた眼差しに応え、由香奈はそっと微笑みかける。

 そのとき、静かなエントランスに物音が響いた。何かぶつかったような音。由香奈は強張った首を背後に向ける。エレベーターホールとの間の扉に手をついて、松田が由香奈を見ていた。
 引力のある昏い視線。ぎくりと由香奈は凍りつく。

 見えない糸を遮るように、視界に誰かの背中が入ってきた。藤堂だ。由香奈を庇うように松田との間に立っている。行きなさい。言われた気がして、由香奈は明るい日差しが降り注ぐ戸外へと飛び出した。