さっき中村が渡って行った橋を渡り、すぐの石段を下りると、もうそこが滝つぼだった。穏やかな水量の滝で、渓谷の緑と相まってマイナスイオン感が半端ない。
 なんとなく癒された心地で遊歩道を更に下ってみる。天然の岩壁のトンネルや、変わった形の岩が面白かった。

 そのうち少し開けた場所に出て、そこに立ち並ぶ土産物店は観光客で賑わっていた。「水晶・鉱石・貴石」というのぼりが立っている。宝石屋さんだろうか。
「水晶の聖地だって」
「水晶……」
 それは馴染のないものだ。と思ったけれど、露台に並んでいる商品はさほど高値ではない。水晶の招き猫など普通にかわいいと思ってしまう。

 そこから店内を覗いてみる。それこそ高価な品物が入っているのだろう陳列ケースとは別に、壁際の一角には天然石のアクセサリーが豊富に置いてある。手前の台にはグラスに入ったたくさんの種類のビーズもあった。
 これはクレアは好きなのではないだろうか。そんなことを考えて眺めている間に春日井の姿が見えなくなっていて、由香奈は左右をきょろきょろする。

「由香奈ちゃん」
 少し先から手招きされ、由香奈はそっちへ急ぐ。
「なんか占いみたいだよ」
 岩場の小さな泉の中に、小さな七福神の石像とお皿が並んでいる。願いを込めて、それぞれの願いをかなえてくれる七福神のお皿に天然石を投げ入れる、という願掛けらしい。
 ちょうど女性ふたり組が試みようとしているところだった。やじ馬で邪魔をしてはいけないと思い、由香奈は春日井の上着の裾を引っ張ってその場を離れた。

 よくよく眺めてみれば、遊歩道沿いの土産物屋の前にはそういった願掛けのオブジェが点在している。健康祈願の大きな水晶玉を、年配の人たちが撫で回していたりする。
「みんな幸運が欲しいんですね」
 皮肉でもなんでもなくつぶやいてしまう。

「……俺さ、よく思うことがあって」
 春日井もつぶやくように話しだした。
「辛いって字と、幸せって字、似てるだろ。横線一本の違い」
「はい……」
「それだけの違いなんだなって。その一本が欲しくてみんなああやって願うんだなって。でもその一本は、実は身近にあって気がついてないだけでした、なんてね」

 俯いて歩きながら由香奈はくすりと笑う。そうだったら良いのにな、とも思うし、そうと気づいたときに嬉しいよりも虚しくなったりする人もいるんじゃないかな、とも考えてしまう。