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百合があの日の出来事を話し終えると、月野は納得したように「なるほど」と頷いた。
「次の日探しに行ってもやっぱり見つからなくて、もうほとんど諦めてたんです。そしたら急にこの荷物が届いて。中身が探してた髪飾りだったから驚いちゃって」
百合はギフトボックスを開けて中身を取り出した。
出てきたのは、鮮やかな紫色をしたすみれの花の髪飾り。多少の劣化はあるが、それは何十年の年月が経ったとは思えないほどつやつやと輝きを放っていた。持ち主である百合の祖母がよほど大切に使ってきたのだろう。
「あの時の男の人が送ってくれたんだってすぐに分かりました」
「ええ」
「ただ、あたしの住所とかどうやって知ったのかなって不思議だったんですけど、判子にあった月野郵便局っていう名前を見て噂の事を思い出したんです。でも、どうやって行けばいいのかわかんなくて。調べたら月に祈れば光が案内してくれるって曖昧なことしか書かれてないし。それであたし、とりあえず月に向かってお願いしたんです。月野郵便局に行かせて下さいって。そしたら一筋の光が伸びてきて……それを追ってきたらここに辿り着いてて。でもまさか本当にあったなんて……正直今でも信じられません」
「ははっ、よく言われます」
月野は苦笑いを浮かべた。
「あたし、あの人にお礼と……伝えたい事があって。出来れば直接会って言いたいんです。なんとか連絡を取りたいと思ったんですけど、あの人に繋がりそうなものは何もなくて。だからここだけが頼りなんです!! 何か分かる事があったら教えて下さい! お願いします!」
百合は再び机に付きそうなほどの勢いで頭を下げる。
「事情は分かりました。しかし、規則は規則ですから……破るわけにはいきません」
「そう……ですよね」
百合はゆっくり元の体勢に戻ると、落ち込んだように肩を落とした。
「ですが、微力ながら力になれるかもしれません」
「えっ?」
「手紙なら、僕たちはお客様の届けたい相手に必ず届けることが出来ますから」
その言葉にはっとした。……そっか。ここは相手が誰であろうと届けたいものを必ず届けてくれるという噂の、不思議な郵便局。
あたしが手紙を書けば、この人は絶対に彼の元へ届けてくれるのだ。
月野は垂れ気味の大きな目を更に下げた優しい表情で百合の答えを待っている。
手紙……か。
もしその手紙が届いたとしても、実際会ってくれるかどうかは分からない。それに、彼がおばあちゃんの初恋の人だっていう確証はどこにもないわけだし……。ううん。でも、ここでうじうじ悩んで何もしないより、無駄になってもいいから何かしら行動を起こした方がいいに決まってる。
「……あの、レターセットって売ってますか? あと、ボールペンも」
百合が意を決して口を開くと、月野は嬉しそうに微笑んだ。
「失礼します」
凛としたソプラノ声が室内に響く。静かに開いた扉から入って来たのは、思わず魅入ってしまうほどの美貌を持った女の人だった。その細い腕には湯呑みを二つほどのせたお盆を抱えている。
「ちょうどよかった。宇佐美くん、隣の部屋からレターセットとボールペンを持ってきてくれないかな? 花柄で白と淡い紫色のやつ」
「分かりました。すぐに取ってきます」
宇佐美と呼ばれた女性は部屋を出ると、頼まれた物を持ってすぐに現れた。黒髪を靡かせながら、颯爽と百合に近付いてくる。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
「お茶でも飲みながらゆっくり書いて下さいね」
「あ、いえ、でも!」
「僕らは違う部屋にいますから大丈夫です。時間も人も、何も気にしなくていいですから。ね?」
こうもにこやかに笑顔を浮かべて言われては、断る理由が見つからない。
「……すみません。じゃあお言葉に甘えてここで書かせてもらいます」
「どうぞどうぞ。何かあったら気軽に声掛けて下さいね。では」
月野は静かに部屋を出て行った。百合はふぅ、と短く息を吐くと、花柄の便箋を取り出し、机の上に一枚置いた。
何をどう書いたらいいのか、正直考えはまとまらない。百合はすみれの髪飾りを手に取った。
〝これはね、おばあちゃんの一番大切なものなの。だから、百合にあげる〟
〝ええっ!? 大事な物なのにいいの!?〟
〝大事な物だからこそ百合に持っててもらいたいのよ。あたしの代わりに大切にしてあげて。それにほら、いつか百合も会えるかもしれないからね〟
〝会える? 誰に?〟
〝そりゃ、あたしの初恋の人に決まってるじゃない。……そうね、その時は──〟
〝うん。分かった〟
〝ふふっ。おじいちゃんには内緒よ?〟
百合はボールペンをしっかり握りしめると、カリカリと文字を書き始めた。
*
書き終わった便箋を封筒に入れ、しっかりと封をする。タイミングを見計らったように扉が開き、月野がひょっこりと顔を覗かせた。
「書き終わりました?」
「あ、はい」
「ではお預かり致します」
月野は淡い紫色の封筒を懐にしまった。
「……ありがとうございました。長々と部屋まで使わせてもらっちゃって。あの、レターセットとペンはおいくらですか?」
「ああ、あれは差し上げますから。お代はいりませんよ」
「ええっ!? そんなわけには!」
「いいんですよ。ほら、ご利用初回サービスってことで。ね?」
月野は悪戯っ子のようににんまりと笑った。
「でも私、ご迷惑ばかりかけてるのに……心苦しいです」
「あ、それじゃあ」
申し訳なさそうな顔をしている百合に、月野は黄色い短冊を差し出す。
「これに願い事を書いてくれませんか?」
「……短冊?」
「ええ。ほら、もうすぐ七夕でしょう? うちでは毎年皆さんの願い事が届くよう、短冊を吊るして表の入口に飾ってるんですよ。なので、ご協力頂けると非常に助かります」
百合は短冊を見つめたまま動かなくなった。
「百合さん?」
「え? あっ、ごめんなさい」
慌てて短冊を受け取る。百合は少し悩んだ様子だったが、ゆっくりとペンを動かし始めた。
「終わったらこの箱に入れて下さいね」
「はい」
四角い箱に、黄色い短冊がポトリと入れられる。
「……おばあちゃんとその初恋の人が別れたのは、七夕の日だったそうなんです」
百合はたくさんの短冊が入った箱を見つめながらぽつりと言った。
「実は、おばあちゃんの願い事が書かれた短冊がその写真が入ってた封筒と一緒に入ってたんです。願い事っていうか……あれはメッセージなのかなぁ」
「そうだったんですか」
「だからもし彼に会えたら、その短冊あげたいなって思ってるんです。きっと喜ぶと思うから」
百合は月野を見て笑みを浮かべた。
「今日はありがとうございました。手紙、よろしくお願いします」
「はい。あなたの想いは我々が責任を持ってきちんとお届け致します」
百合は深々と頭を下げると、月野郵便局を後にした。