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「ぜんっぜん大丈夫じゃないじゃないッスか! 迎えに来るって! 月の都から迎えに来るって!!」
狭い室内で七尾が叫んだ。話し終えるとすぐに自室へと向かったため、月野の姿はここにない。
「しかも月さんが帝って! 月の皇子様ってだけでもびっくりなのに!!」
「そうよ。問題が起きなければそうね……もしかしたら帝になっていたかもしれない。でも、認められずに幽閉されたままの生活だったかもしれない。どうなっていたかは分からないわ」
「つーか! 追い出しといてなんで今頃になって戻って来いなんて……」
「元々、宵月様は十五様の……いえ、局長の国外追放に反対していたの。それを皇妃様がここぞとばかりに責め立てて。なのに……どういう風の吹き回しかしら。あの皇妃様が局長の帰国を認めるとはとても思えないんだけど……」
「迎えに来る日が八月十五日でしたっけ? ってあれ? これもう日にち過ぎてんじゃないッスか?」
「いいえ。これは旧暦の八月十五日。つまり……今年は十月二日よ」
「十月……」
七尾はカレンダーを確認すると、驚いたように声を上げる。
「って!? それってもうすぐじゃないッスか!!」
「そうよ。だからなんとかして十五様を…………っ」
話の途中で宇佐美が突然しゃがみこんだ。
「宇佐美さん!?」
七尾が急いで駆け寄ると、その細い肩が小刻みに震えているのが分かった。
「……っ、どうしよう。十五様が連れ戻されたら……あんな場所に戻されたら……もう、ここに居られなくなったら……」
「……宇佐美さん」
ハラリと零れ落ちた涙に、七尾は思わず息を呑んだ。
「暗くて狭い部屋の中で何も出来ずただただ一日を過ごして、皇妃様からは嫌がらせを受け家臣たちからも酷い扱いを受ける。みんなに後ろ指をさされてヒソヒソと陰口を叩かれる日々。周りは敵ばかりで、心休まる暇はない。私はそんな所に十五様を戻したくなんてない。あんな思いはもう……二度としてほしくないのよ!」
七尾は宇佐美の肩へ伸ばしかけた手を引っ込める。ふるふると頭を左右に振ると、不自然なほど満面の笑みを貼り付けた。
「大丈夫ッスよ宇佐美さん! 月さんは戻る気ないみたいだし、迎えが来ても追い返せばいいじゃないッスか!」
「……月の都の兵士たちは精鋭された者たちよ」
「大丈夫。オレも口と変化は精鋭ッス」
「……帝様の命令だもの。ちょっとやそっとじゃ帰ってくれないわ。それに……」
「あーもーらしくないなぁ!! いつもの強気な宇佐美さんはどこに行っちゃったんスか!!」
七尾は大きな声を上げると勢い良く宇佐美の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「きゃっ! ちょ、何すんのよ!!」
反論して顔を上げようとした宇佐美の頭をそのままぐっと押さえる。
「いいッスか宇佐美さん。いざとなったらオレが月さんと宇佐美さんを守りますから! 何があっても月さんは行かせないって約束します。ほら、こう見えてオレ、一回も約束破ったことないし! ね?」
七尾のせいで俯いたままの宇佐美は表情が見えない。しばらく間があき、やがてぽつりと言った。
「……蟻にも負けそうなチャラ男がカッコつけてんじゃないわよ」
「ええええ!?」
「アンタ目ぇ細すぎて周りの状況見えてないんじゃないの?」
「宇佐美さんってばこんな時に毒舌復活しなくても!!」
「でも……」
宇佐美がそっと涙を拭う。
「ありがとう」
「え?」
「その言葉嬉しかった。だからありがとう、七尾」
「え、いや、あの…………ハイ」
宇佐美さん、ここでその笑顔は反則っしょ。七尾は赤くなった頬を隠すように右手で口元を覆った。