宮中では、かぐやが地上に降りたことが大問題になっていた。規則に違反し婚約も自ら破断にしたのだ。その責任は重い。
 幹部会議では、かぐやをどういう処遇にすべきかの話し合いがなされていた。帝の娘だからといって何の罰も与えないのは不公平だ。……というのは建前で、かぐやがこれ以上自分に逆らわないように、単独行動の禁止や外出の制限をしたいというのが皇妃の本音である。おそらくかぐやには、そういった内容の罰がくだるに違いない。永遠に自由のない生活だ。

 その話を知ってすぐに動いたのが、十五だった。

「失礼します」

 会議室にいた幹部たちは一斉に声の主に顔を向けた。濃紺色の着流しに病的なまでに青白い肌をしたその男の姿を見ると、はっと息を呑む。

「き、貴様! 誰の許可を得て入ってきたのだ!」
「無礼者が! 会議中だぞ!」
「帰れ! 貴様のような者がいると空気が穢れる!」

 飛んでくる罵声には目もくれず、十五は一段高い場所に座る皇妃の元へ真っ直ぐ歩みを進める。皇妃の眼前に立つと、ハッキリとした口調で告げた。

「本日は一つ、罪の告白に参りました。かぐや姫様を地上へ連れ出したのは、この僕です」

 十五の発言に、ざわざわと周りが騒ぎ出した。皇妃は細い眉をピクリと動かす。

「……フン。やはり貴様の仕業だったか。最初から分かってはいたがな。この忌々しい人間め」
「ええ。ですから姫様が罰を受ける必要はないのです。こんな会議、開くだけ無駄だ」
「と、言うと?」
「姫様は僕に強制的に連れて行かれたんだ。つまり、彼女はただの被害者。地上に(とど)まっていたのだって、帰り方が分からなかっただけにすぎない。そんな彼女に罰を与えるなんておかしい話だと思いませんか?」
「……ほう。ではどうする? これだけのことをしておいてお咎めなしでは国民に示しがつかないではないか。かぐやも皇族も批判を浴びる」
「ご安心を。罰なら全て僕が受けます」

 それは、迷いのない口調だった。

「つまり、貴様は全ての出来事が自分の罪だと認め、如何なる処分も受けるというのだな?」
「ええ。ですから、姫様には罰を与えないで下さい」
「……そうか。ならばいいだろう。皆の者も異論はないな?」

 皇妃に逆らう者などいない。幹部たちはそれぞれに頷いた。皇妃はニヤリと口の端を上げ厭らしい笑みを浮かべる。

「では月野十五。貴様に言い渡す」
「はい」
「貴様は国外追放の刑だ」

 国外追放。

 それは、重い罰だった。生まれ育ったこの国を出て行くだけでなく、二度と戻って来られないのだから。

「荷物をまとめてさっさと出て行くがいい!! この咎人め!」

 覚悟を決めていた十五はその罰をすんなりと受け入れた。

 十五は部屋に戻ると元々少ない荷物をさらりとまとめ、一人宮殿の外に向かって歩き出す。直後、背後に人の気配を感じた。

「誰だ」

 十五が振り向くと、びくりと人影が動いた。

「……お兄様、わたくしです」

 か細い声と共に、十二単を着たかぐやが現れる。

「かぐや。どうやってここに?」
「会議のことを聞いて……羽代に協力してもらったの。どうしてもお兄様に会っておきたかったから」
「そうか……ありがとう。羽代さんにもそう伝えておいておくれ」

 眉尻をぐっと下げたかぐやが十五を見上げる。

「どうして……どうしてわたくしを庇ったのですか? お兄様は悪くないのに。罰を受けるのはわたくしの方なのに……!」
「庇ったつもりはないよ。実際地上に連れ出したのは僕だし、禁忌である彼との幸せを願ったのも、その手引きをしたのも事実だからね」
「でもそれは、わたくしが、」
「妹の幸せを願わない兄はいないよ。だから、かぐやは何も気にしなくていいんだ」

 こんな時でも優しく笑う十五の姿に胸がぎゅっと苦しくなった。

「……本当に行ってしまうのですか?」
「ああ。僕は今日この国を出て行くよ」
「そんな……今からでもお母様に言って、」
「かぐや」
「……っ!」

 名前を呼ぶその声に、十五の意志の強さを悟った。

「本当にごめんなさいお兄様。そしてありがとう。わたくしの我儘を聞いてくれて。わたくしと彼を繋いでくれて。最後の手紙を届けてくれて。向こうで過ごした間、わたくしは幸せでした。でも、そのせいでお兄様が罰を受けるなんて嫌……」
「いいんだよ。僕はね、正直に言うとこの国を出られて嬉しいんだ」
「……嬉しい?」
「ここでは行動が制限されていたから。だから、これから僕は自由に生きる。自分の好きな事を、好きなようにするんだ」

 十五の目はまだ見ぬ未来を映すようにキラキラと輝いていた。

「……お兄様の好きなことって?」
「うん。僕はね、色々な人に〝大切な物〟を届けたいと思ってるんだ」

 かぐやの目が大きく見開く。

「そう。大切な想いの込められた手紙や荷物。それをどんな人にも、どんな場所にも届けられる場所を作りたい。伝えたいのに伝えられなかった言葉、物、気持ち。それを届けたら、きっとみんな笑顔になれるはずだから。僕がその手伝いを出来たらいいなって、心からそう思ったんだ」
「まぁ、素敵だわ」
「そう思えたのはかぐやと彼のおかげだよ。本当にありがとう」
「……いつかわたくしも、手紙を出しに行っていいかしら?」
「もちろん。いつでも待ってるよ」

 微笑みを浮かべたかぐやの口元がぐにゃりと歪む。

「かぐや、今回のことは本当に気にしないでおくれ。僕はやっと自由な暮らしを手に入れられたんだから。ね?」
「……お兄様」
「それじゃあもう行くよ。かぐや、元気でね」

 にっこりと満面の笑みを浮かべると、十五は背を向けて歩き出す。

「お兄様!」

 決して振り向くことのない背中を見ながら、かぐやは静かに涙を落とした。

 ──十五がそのまま、裏門を通り抜けようとした時。

「お、お待ちください! お待ち下さい十五様!」

 必死な叫び声に、十五は再び足を止め振り向いた。

「……羽留くん?」

 そこには、大きな荷物を抱えて肩で息をする羽留の姿があった。全速力で走って来たのか、彼女のこめかみから汗が流れ落ちる。

「そんなに急いでどうしたんだい?」
「会議、が、皇妃様が、処分を下されたって、聞い、て!」
「それでわざわざ来てくれたのかい? 君は本当に優しいねぇ」

 宇佐美は膝のあたりに両手をついて荒い呼吸を落ち着かせると、バッと顔を上げ口を開いた。

「わ、わたしも! 私も十五様と一緒に行かせてください!」
「え?」
「私は十五様の付き人です! 十五様が国を出て行くなら、私も一緒について行きます!!」

 十五は困ったような笑みを浮かべる。

「……羽留くん。君はもう自由なんだ。これからは自分の幸せのために時間を使っていいんだよ」
「自由にしろって言われたからここに来たんです」

 羽留は目を見てハッキリと言った。

「宮中では僕のせいで色々言われて居心地が悪かっただろう? こんな男に長年仕えてくれてありがとう。君には本当、感謝してもしきれないよ」
「……いいですか十五様。私はあなたの付き人が嫌だと思ったことはただの一度もありません。宮中で居心地が悪いと思ったこともありません。むしろ、優しい十五様の付き人で良かったと常々感じておりました。それなのに、何も出来ない非力な自分が嫌で嫌で仕方なくて……。お願いです。私も十五様と一緒に連れて行ってください。皇妃様なんて関係ない。私は何があってもあなたについていくと決めたんです」

 羽留の意志のこもった力強い目と見つめ合う。やがて十五はふっと笑った。

「ありがとう。君さえよければ……僕と一緒に来てくれるかな?」
「そんなの当たり前です。だいたい、十五様一人でちゃんと生活出来るんですか? 本ばかり読んでろくにご飯も食べないくせに」
「ははっ。それもそうだなぁ」
「笑い事じゃないですよ。それ以上細くなったら不老不死とはいえ命の危機ですからね?」

 いつものように軽口を叩きながら、裏門を通り抜ける。二人はその晩、月の都を出て行った。