「ただいまッスー!」

 入口から元気な声が聞こえてくる。宇佐美は瞬時に眉根を寄せた。

「うるさい、来客中よバカ狐」
「来客中? あ、ホントだ!」

 扉からひょっこりと顔を出したのは、派手な銀色の頭をした男の人だった。彼を皮切りにぞろぞろと人が入ってくる。

「……静香さん?」
「え?」

 ぱっと顔を上げると、そこには見知った顔がひとつ。

「……和也さん」

 そしてその隣には、ひどい顰めっ面をした優也の姿があった。

「優也くん!」

 静香はその姿を見つけると、慌てて優也に駆け寄った。

「あっ……郵便局の人が優也くんがここに居るって教えてくれて、連れてきてくれたの。優也くんは嫌だったかもしれないけど……」

 優也は何も言わない。眉間にシワを寄せて視線をそらすばかりだ。周りはその様子をハラハラしながら見守っていた。すると、静香が突然、優也に向かってぺこりと頭を下げた。

「優也くん、ごめんなさい。ずっと嫌な思いさせて。図々しく家にまで上がり込んで、母親面してごめんなさい」
「……は?」
「でもね、私、和也さんのことが好きなの。気持ちだけは透子さんに負けないくらい、和也さんのことが好き。優也くんは私のことなんて嫌いだろうけど……でも、私は優也くんのことも大好きなの。優しくて家族思いの良い子だと思ってる。私、透子さんには到底敵わないって分かってるけど、でも、一番に近付けるように私なりに頑張るから。だから、だからね。私、みんなと家族になりたい。今すぐじゃなくていい。ゆっくりでいいから、時間をかけて、四人で家族になりたいの」
「四人……?」
「えっと、和也さんと優也くんと透子さんと……私……なんだけど……あっ、さすがに図々しかった!?」

 優也は目と口をポカンと開けたまま静香を見ていた。それから面倒くさそうにガシガシと頭を掻くと「バッカじゃねーの」と言いながら静香を強く睨む。

「オレ……あんたのこと認めた訳じゃねぇ」
「うん」
「母さんだとも思わないし、母さんの代理だとも思えない」
「うん」
「でも……別に……あんたのこと……嫌いなわけでは……ない」
「……え?」

 今度は静香が目と口を開ける番だった。ポカンとした間抜け面のまま、優也をじっと見つめる。

「あんたが父さんのこと本気で好きなのは見てればわかる。反抗的なオレにも優しくしてくれてたし、母さんに負い目を感じてるのも、それでも頑張って母さんみたいになろうとしてたのも、ホントは全部知ってたよ。だから……別に嫌いなわけでは……ねーよ」
「優也、くん」
「……悪かったよ。今まで嫌な態度取って。これからは、まぁ、なんつーか。そこまで目の敵にはしない……はず。母さんにも怒られたばっかだしな」
「ゆ、ゆう、やくん……」

 静香はボロボロと大粒の涙を流した。

「か、勘違いすんなよ!! あんたのこと認めたわけでも、ましてや好きなわけでもないんだからな!! さっき母さんから手紙が届いて、母さんが、母さんがそう言うから……!!」
「うん、わかってる。優也くんありがとう!」
「……つーか泣くなよ。ほら、父さんもなんか言ってやれって!」
「ううっ……優也、大人になったなぁぁぁあ。透子見てるか? 優也が成長してるよ!」
「ああもうダメだ!! 収集つかねぇ誰か助けろ!!」

 そう言って額に右手を当てる優也の目にも、キラリと光る雫が見えた気がした。

「月野さん」

 二人の元から離れると、和也は真っ直ぐ月野に声をかけた。そして、一通の封筒を差し出す。

「これ、透子に届けてやって下さい。俺の気持ちがこもったラブレターです」
「はい。必ずお届け致します」
「よろしくお願いします。……それと、うちの家族が申し訳ございませんでした。だけどおかげで一歩前進出来た気がします。……本当にありがとうございました」

 和也が深々と頭を下げる。奥では静香と優也も同じように頭を下げている。

「謝罪なんて必要ありませんよ。また何か届けたい物があればいつでもお越しくださいね」
「ええ、もちろん」

 優也が勢い良く走ってきて、和也の隣にちょこんと並んだ。

「……迷惑かけて悪かったな。色々ありがとう。月野さん、宇佐美さん。ついでに七尾!」

 優也はそれだけ言うと、照れくさいのか「行こうぜ!」と慌てて背を向ける。

 ひらひらと手を振る月野と宇佐美の隣で、七尾はわなわなと震えていた。

「なんでオレだけ呼び捨て!? てかついでって何!? 納得いかないんスけどぉぉ!!」

 狭い室内には、七尾の悲痛な叫び声が木霊する。