「他の人を好きになるなんて思わなかった。こんな弱い自分が情けなくて、透子にも彼女にも申し訳なくて。優也も傷付けてしまって……俺、男としても父親としてもダメな奴なんです」
「そんなことはありません。あなたは自分の気持ちを正直に話している。誰も悪くないんです」

 月野は優しい口調で言った。和也は眉尻を下げる。

「しかし皮肉なものですね。この場所、妻を亡くした時はどんなに探しても見つからなかったのに……」
「げっ!!」

 応接室の扉が開かれると同時に、子供の叫び声が聞こえた。驚きと嫌悪に満ちたその声を発したのは、起きたばかりの優也だった。

「……優也」
「……なんでお前がここに居るんだよ」
「静香さんに聞いて迎えに来たんだ」

 優也の顔が不機嫌そうに歪む。

「優也、家に帰ろう?」
「……いやだ」
「静香さんも心配してたぞ?」
「あの人に心配される筋合いはない」
「帰ったら優也の好きなもの何でも作ってくれるって。お前、ハンバーグ好きだろ?」
「だからっ、なんであの人がオレん家に居るんだよ!! 勝手に入ってくんなよ! あの家はオレと母さんと父さんの……三人の場所だろ!?」

 優也は叫んだ。

「父さんはオレがなんでここに来たのかわかってんだろ!? なのにそんなこと言うのかよ!! 信じらんねぇ!! 母さんのこと忘れて他の女と一緒になるとか、オレが受け入れるとでも思ってんの!? あんなニセモノの手紙まで用意してさぁ!!」
「……その件なんですが」

 今まで黙っていた月野が割って入る。和也と視線を合わせると小さく頷いた。

「優也。あのな、この手紙がここから届いた母さんの手紙だっていうのはお前の言う通り嘘なんだ。……ごめんな」
「っ……ほらな!! やっぱりそうだ!! だから言っただろ! 母さんがそんな事言うはずないって!」
「……そうじゃない、違うんだ。これが母さんからの手紙だってのは嘘じゃない。これは天国の母さんから届いたんじゃなくて、母さんが生きてる頃に書き残した手紙なんだ」
「……え?」

 優也の動きが停止した。信じられないとばかりに目を見開いている。

「これが母さんが書いた手紙の全文だ。ごめんな、今まで見せなくて」
「……嘘だ!!」
「ごめん、本当に。最初から本当のこと言えば良かったのに、俺が天国からだなんてバカみたいなこと言うから……。でも、信じてくれ。これは正真正銘、母さんが最後に残した手紙なんだ」
「うるさい!」

 力を込めすぎて白くなった拳をさらに握る。

「オレは……オレはこんなの信じねぇ。絶対信じねぇからな!!」

 それだけ言い残すと、優也はくるりと背を向け一気に走り出した。

「優也!!」

 三人は慌てて追い掛けるが、優也の姿はあっと言う間に見えなくなった。

「七尾くんと坂本さんは向こうを、僕はこっち側を探します。優也くんはこの辺に詳しくないのでそう遠くには行っていないと思いますが、迷ってしまったらちょっと厄介なので……なるべく早く見つけましょう」
「了解ッス!」
「見つけたら必ず連絡を下さい。坂本さん、お気持ちは察しますが、どうか冷静に。大丈夫、優也くんは無事に見つかりますよ」
「……は、はい」
「行きましょう和也さん! はぐれないように注意して下さいよ!」

 月野の指示に従って、三人は一斉に走り出した。