「あ、の!」

 ぜえはあと胸を抑えながら、背の高い男性が郵便局に駆け込んで来た。

 よれよれになったジャケットを片手に持ち、白いワイシャツの腕を捲ったもう片方の手で額の汗を拭う。

「いらっしゃいませ」

 突然の来客には慣れたもので、月野郵便局の面々はいつも通りの対応で受け入れる。

「ここに小学生の男の子、来てませんか? 名前は優也というんですが」
「失礼ですがあなたは?」
「あっ、すみません。俺は坂本優也の父で、坂本和也と申します」

 和也は慌てて頭を下げる。そう言われてよく見ると、口元が優也に似ていた。

「実は、連絡を受けていてもたってもいられなくなって。同級生に月野という名字の子はいませんし、友達の中にもいません。だから最初は何か事件にでも巻き込まれたのかと思ったんですが、月野という名前を聞いてもしやと思って……。月野郵便局の噂はネットを通じて知ってましたから。半信半疑でしたが、わずかな可能性にかけて探し歩いていたんです。そしたらここに辿り着きました。優也はこちらに来てますか?」
「……ええ。優也くんは今二階の別室で寝ていますよ」
「じゃあ、ここはやっぱり!」
「はじめまして。僕は月野郵便局、局長の月野十五と申します」

 和也の喉がごくりと鳴った。

「どうです? 夜明けまでは少し時間がありますし、優也くんが起きるまでこちらでお茶でもいかがですか?」
「ですが……そちらのご迷惑になるのでは?」
「迷惑なんてとんでもない。さぁどうぞこちらへ」

 月野は和也を応接室へと案内した。





 白いシンプルなカップに口を付ける。宇佐美が淹れてくれたのはカモミールティーだった。時間も時間だし、気分を落ち着かせるにはちょうどいい。

「……ご迷惑をおかけしてすみません」
「いえ、いいんです。気にしないで下さい」

 月野の笑顔に少しだけ安堵したようだったが、和也は眉をハの字に下げた困り顔で言った。

「……優也はどんな様子でしたか?」

 その問いに月野は躊躇いながらも正直に話しをする。

「そうですね……最初にここに来た時は興奮気味で、怒ったように声を荒げていました。でも、時折悲しそうで。……〝亡くなったお母さんから届いた手紙〟を持って、この手紙が本物なのか知りたいと、そう言っていました」
「そう……ですか」

 和也は顔を曇らせる。

「……優也にある程度聞いたかもしれませんが」

 そう前置きして、優也はぽつりと話し出した。

「俺は三年前、最愛の妻を亡くしました。そして今、別の女性との再婚を考えています。……妻を亡くしてからたった三年で再婚を考えている俺を、皆さんはやはり薄情な男だと、裏切り者だと思いますか?」

 和也は不安や罪悪感や後悔をぐちゃぐちゃに混ぜたような顔で彼らを見ていた。

「いえ。僕は悪いことではないと思います」
「……オレは」

 七尾が俯きながら言った。

「正直、オレはちょっと息子さんが怒る気持ちもわかるっていうか……なんか、ショックっていうか」
「……そうですよね」

 和也は眉尻を下げる。

「言い訳になりますが……俺も最初は再婚なんてするつもりはありませんでした。というか、誰も好きにならないと思ってた。俺は昔から妻が……透子だけが好きで、透子しか欲しくなかった。もちろん今もその気持ちは変わりません」
「……優也くんが持っていたあの手紙は、本当にうちから届いたものですか?」
「すみません。それは嘘をつきました。優也にはそう言った方がいいかと思って……」
「それって、反対してる息子に再婚を認めさせるためッスか?」

 眉間にシワを寄せた七尾が低い声で言った。

「いえ、そうじゃなくて! 勝手にここの名前を出したことは謝ります。……あれは、妻が亡くなる前、俺に宛てた手紙の一部(いちぶ)なんです」
「……それはつまり、」
「ええ。あれは生きていた透子が書いた最後の手紙です」

 濃紺だった空が薄水色へと変わっていく。もうすぐ夜が明けるらしい。

「透子とは高校の時からの付き合いでした。怪我して行った保健室で初めて会って。身体の弱かった透子はよく保健室に来てたみたいで、その時は体調が良かったのか暇だったのかわからないけど、怪我の手当てしてくれたんです。そこで惚れちゃったんですよね、俺。必死のアピールでやっと振り向いてもらえて。あの時は嬉しくて仕方なかったなぁ。俺は透子が初めての彼女で、ずっとずっと大切にしてきました。大学を卒業する少し前に結婚して、すぐに優也が生まれて、俺は本当に幸せでした。たぶん、あの頃が人生で一番幸せだった」

 月野と七尾は黙って話に耳を傾けていた。

「……でも、その幸せは長くは続かなかった。透子の持病が悪化して、入院生活を余儀なくされることになって、」