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優也が寝た後、三人は局内のカウンターに集まっていた。
「早速だけど宇佐美くん、情報は集められたかい?」
「ええ。とりあえず集められるだけですが」
「さっすが宇佐美さん。お早いお仕事で!」
宇佐美はA4サイズの用紙を二人に手渡す。いくら時代がデジタル化・ペーパーレス化しようとも、郵便局としてはやはり紙文化も捨て難いのだ。
「坂本優也、月森小に通う五年生。性格は真面目でやや捻くれてる所もあるが特に問題はない。父、坂本和也三十三歳。月森高校の教師で担当教科は現代文。優しい雰囲気と丁寧な教え方で生徒からの人気は高い。愛妻家として有名で、妻が亡くなった頃の彼は目も当てられないほど落ち込んだ様子だった。母、坂本透子享年三十歳。持病により若くしてこの世を去る。和也とは学生時代に知り合い、そのまま結婚。明るい性格で近所でも評判の奥さんだった、と」
七尾はその紙を淡々と読み上げる。
「それで……優也くんが持ってきたこの手紙はうちから出されたものだったかな? 正直言って僕は記憶にないんだけど……」
「ええ。あの手紙は少なくともうちの郵便局から出されたものではないと思います」
「じゃあやっぱ優也くんのお父さんが嘘ついてるってことッスか? その女の人と再婚するために?」
「それはわからないわ。天国に手紙を届けるのはうちだけじゃないしね。ただ、うちから出されたものじゃないってことだけは確かよ。記録にも残ってないし」
「なるほど。ところで……」
七尾が躊躇うようにして口を開いた。
「再婚相手の女性については何か分かったんスか?」
「あら……? 渡してなかったかしら。ごめんなさい」
宇佐美は慌ててパソコンに向かうと、プリンターから印刷されたばかりの紙を渡す。
宇佐美らしからぬミスに、七尾は眉をひそめた。
「深沢静香三十一歳。月森高校の図書館司書。和也とは大学の先輩後輩関係。話したことは数回程度だが、図書館でよく見かけるのをきっかけに好きになったらしい。だが、当時から透子と和也はキャンパス内でも有名なカップルだったため想いを伝える事なく諦めた模様。大人しいが芯の通った真っ直ぐな性格の持ち主。数年前、月森高校に学校司書として配属されたことにより和也と再会。仕事柄話すことも多くなり、妻を亡くして落ち込む和也を慰めているうちに蓋をしたはずの恋心が再熱し、学生時代のような後悔はしたくない、と気持ちを伝え続け現在に至る」
調書を読んだ月野が腕組みをしてう~ん、と唸る。
「優也くんのパパって話聞く限りかなりの愛妻家だったみたいッスけど……やっぱ心変わりってするんスかねぇ……」
「それは分かりません。ですが、人の心は天気と同じで変わりやすいですからね。まぁ、それは別に悪いことではないと思うけど」
「女心と秋の空ってやつ? いや、この場合は男心と秋の空か。そういえば、こういうことわざって今の時代男女差別とかになっちゃうんスかね? てか美人に美人って言っちゃダメとかちょっと酷くないッスか? 純粋に褒め言葉として使ってるのに……まったく。古くから生きてる我々には生きづらい世の中ッスよね」
「ていうかね……」
難しい顔をした宇佐美が切り出す。
「この再婚相手の女の人、うちに来たことがあるみたいなの」
「ええっ!?」
「パソコンに記録が残ってたのよ。どうやら手紙の配達みたいね。でも、窓口じゃなくて外のポストに入れてたみたいだから私たちが直接会ったことはないと思うわ」
「その手紙の宛先は?」
「それが……」
宇佐美にしては珍しく言い淀む。一瞬視線を泳がせると、薄い唇を開いた。
「…………坂本透子さん」
「ぅええっ!?」
「それも最近じゃなくて、二年くらい前からやり取りしてるみたいなのよ」
これにはさすがに月野も驚いたようで、目をまん丸くさせていた。
新しく妻になろうとしている女が元妻に手紙を書くなんて……内容がまったく想像出来ない。まさか果たし状とか物騒なものじゃないだろうな。
「うちに来たってことは、彼女には透子さんによっぽど伝えたい何かがあったってことッスよね」
「だろうね。うちはその為に存在してるから」
「あ、そうだ宇佐美さん」
七尾の呼びかけに、どこか一点を見つめ眉根を寄せた状態の宇佐美から返事はない。
「宇佐美さんってば!」
「えっ? あ、な、なに?」
はっとした宇佐美が慌てて返事をする。それを見て七尾はわざとらしく溜息をついた。
「……いい加減にしません?」
我慢ならないとばかりに七尾が言い放つ。
「……今朝の手紙。あれが来てから二人ともおかしいッスよ? 特に宇佐美さん。聞こうとしてもはぐらかすし。仕事中も心ここに在らずって感じだし」
七尾は二人の視線を受けながら続ける。
「月の都って、月さんと宇佐美さんの故郷ですよね?」
「ちょっと!」
「宇佐美くん」
月野が宇佐美を制すると、彼女は大人しく口をつぐんだ。
「……オレ、二人のこと詳しくは知らないし、誰にだって言いたくないことのひとつやふたつはあると思うから、別に無理やり聞こうとか、そういうことはしないッス。ただ、何か困ってるっぽいのになんの力にもなれないことがもどかしくて。結構長い時間一緒に居たのに頼りにならないのかなって、ちょっとさみしくて」
宇佐美はバツが悪そうに視線をそらした。
「そうだよ。月の都は僕たちの故郷だ。でも、僕は理由あって国を追放されている」
「……えっ」
「十五様!!」
「ああ、宇佐美くんは違うよ。彼女は僕について来てくれただけだから」
月野は笑顔で続ける。
「今回来た手紙は父の遣いの者からだった」
「月さんの……お父さん?」
七尾の疑問に宇佐美は溜息を吐きながら答えた。
「……十五様のお父様は月の都の帝様よ」
「み、帝!? ってことは……月さんって皇子様!?」
驚きと動揺を隠せない七尾に月野は苦笑いをこぼす。
「いつか七尾くんにもちゃんと話そうと思ってたんだけど……不安にさせてごめんね。それと、頼りないなんて思ってないよ。七尾くんは僕にとって大切な仲間だから」
「……月さん」
「宇佐美くんも、心配かけて悪かったね」
「いえ、私は……」
「さっきも言ったけど、手紙の内容は大したことじゃないよ。二人が気にする必要は一切ない」
「でも、」
月野は遮るようにパン、とひとつ手を叩いた。
「さて。この件は後で僕からちゃんと話すからさ、今は優也くんの件に集中しよう。いいね?」
「……了解ッス」
「……はい」
二人はしぶしぶと了解の返事をする。
……皇子……国内追放……帝である父からの手紙。
七尾の頭はパンク寸前だった。だが、なんとか思考を切り替え、今頃は夢の中にいるであろう優也の事に気持ちを集中させた。