「月さぁーん! なんか月さん宛に手紙届いてるッスー!」

 配達から帰ってきた七尾が開口一番に言った。

「僕に? 誰から?」
「ええっと……名前は書いてないッスけど、月の都からですね」

 ガシャーン!!

 大きな音に二人が振り返ると、真っ青な顔をした宇佐美が立っていた。足下には黒いお盆と割れた湯呑み茶碗が散乱していて、中から溢れた緑色のお茶が床を汚していた。

「大丈夫ッスか宇佐美さん!!」

 七尾が慌てて駆け寄る。

「怪我は? 服とか汚れてないッスか?」

 声を掛けられはっと我にかえった宇佐美が七尾を見て言った。

「……大丈夫よ。ごめんなさい」

 宇佐美はいつものようにテキパキと動き出し、掃除用具を取りに行くと後片付けを始めた。七尾はチラチラと様子を伺いながら黙ってそれを手伝う。

「宇佐美くん」

 少し遠くから聞こえた月野の声に宇佐美はびくりと肩を跳ね上げた。明らかに動揺している。けっこう長い時間一緒に居たけれど、こんな宇佐美は見たことがなかった。

「大丈夫だから」

 その声はいつも通り優しさを含んだ柔らかいものだった。月野の笑顔を見ると、宇佐美も安心したように頷いた。

 ……なんか面白くないな。七尾の眉間には珍しくシワが刻まれた。


「オイ!!」


 室内に怒ったような叫び声が響く。声の主は、不機嫌を具現化したらまさにこんな感じだろう、というような顔と態度をした小学生ぐらいの男の子だった。子供にしておくにはもったいないほどの睨みを効かせながら、ズカズカとこちらに近付いてくる。

「こんばんは。いらっしゃいませ」

 月野はその睨みに動じることなく立ち上がると、ニッコリと笑顔を見せる。男の子は不愉快そうに顔をしかめ、それでも勢いよく続けた。

「月野郵便局ってここか!?」
「はい。そうですよ」

 答えるや否や、怒りのボルテージがグッと上がった気がした。男の子はポケットからくしゃくしゃになった手紙をバン! と月野の腹に叩きつける。手紙はひらひらと床に落ちていった。

「うぐっ」
「ここからこの手紙が届いた!!」

 情けなく呻き声を上げ、腹を抑えながらくの字に腰を曲げた月野に冷たい視線を浴びせながら叫ぶ。

「なぁ、ホントなのかよ!! 死んだ人から手紙が届くなんてホントにありえんのかよ!!」
「げほげほっ、ほ、本当ですよ」
「ホントのホントか? 子供だからってバカにしてるんじゃないだろうな!!」

 咳き込んでいた月野は背筋を伸ばすと真剣な表情で言った。

「大人も子供も関係ありません。月野郵便局はどんなモノにでも手紙を届けられます。ですから生きてる方から亡くなった方へ手紙を届けることも出来ますし、逆に亡くなった方から生きてる方へ届けることも出来ます」
「じゃあ……」

 男の子はぐっと唇を噛むと、目に涙を浮かべながら叫ぶ。

「じゃあ……これが……こんな手紙がホントに母さんから届いたっていうのかよ!?」

 床に落ちた白い封筒をばっと指差す。片方の手は何かを我慢するようにしっかりと拳を握っていた。月野はそれを拾い上げると、男の子と同じ目線になるようしゃがみこんだ。

「この手紙は、君のお母さんから届いたものなんですか?」
「……知らねーよ。でも、あの男がそう言ってた」
「あの男?」
「……残念ながら血の繋がってるオレの父親」
「……そうですか」

 向かい合わせの至近距離で、月野はにっこりと笑みを浮かべる。

「ところでね。美味しいジュースとお菓子があるんだ。君、一緒に食べない?」
「は、はぁ!? いらねーよ!」
「まぁまぁ。甘いロールケーキでも食べながらゆっくり話そうよ」
「オレはそんなの、」
「宇佐美くん、悪いけどケーキとジュースお願いしていいかな?」
「はい。すぐにお持ちします」
「待っ、いらねーって言ってんだろ!?」
「さぁほら、こっちこっち!」
「ふざけんな! 離せ!」

 半ば引きずるような形で、応接室とは名ばかりの狭い小部屋に入って行った。様子が気になった七尾も二人の後を追って部屋に向かう。

 行く途中でチラリと宇佐美を盗み見ると、彼女はテキパキとお茶の準備をしていた。

 先ほどの動揺が嘘みたいに、すっかりいつも通りになった背中を気にしながら、七尾は応接室に入って行った。