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「いただきまーす!」
大きな声で叫ぶと、七尾は大好物のいなり弁当をもぐもぐと食べ始める。
「……よく飽きないわね」
隣で同じように弁当の蓋を開けた宇佐美が言った。
「だってこれ美味しいじゃないッスか!! なんだかんだ宇佐美さんだって食べてるくせに~!」
「それはアンタが毎回私達の分も買ってくるからでしょ? ま、美味しいのは否定しないけどね」
ぱくりと一口かじると、甘辛なお揚げがジュワッと口の中に広がり、宇佐美の顔もほころんだ。
「あ、そうそう! オレ、これ買ったとき桜さんから手紙預かってきました!!」
「桜さんから?」
「いやぁ。実は変化の術で黒髪好青年になってるのすーっかり忘れてて、普通にあれからどうですかって話しかけちゃったんスよね。そしたらあっちも気付いてくれて。月野郵便局の皆さんに手紙を書いたから戻るついでに渡してほしいって頼まれたんスよ」
「相変わらず間抜けね」
「誰にだってミスはあるんですぅ」
言い訳をしながら七尾は月野に手紙を渡した。月野は箸を置くと、すぐにその封を開ける。
〝拝啓
月野郵便局の皆さま、先日は大変お世話になりました。えっと、こういうしっかりとした手紙を書くのは初めてなので少し緊張しています。色々おかしい所があると思いますが、ご了承ください。
さっそく本題に入りますが、先日、五十嵐輝喜さんと直接話をしました。
お弁当を買いに来た時に思い切って話しかけたんです。そしたら五十嵐さんその場で泣いちゃって。ちょっとした騒ぎになって大変でした。
その後近くの喫茶店で話をしました。一緒にいられなくてごめん、育ててあげられなくてごめん、ツライ思いをさせてごめん、生まれてきてくれてありがとう、会ってくれてありがとう。許してくれなんて言わないけど、謝らせてほしいんだ。そう言って引くぐらい何度も謝られて、引くぐらい何度も感謝されました。
そこで初めて知ったのですが、おばあちゃんは天国から五十嵐さんにも手紙を出していたらしいです。今まで悪かった、桜にアンタのこと話したから、あとは好きにすればいいという旨が書かれた手紙を数週間前に受け取ったそうなんです。きっとその手紙も月野さん達が届けたんでしょうね。
五十嵐さんは誰かの悪戯だと思っていたみたいですが、いつものようにお弁当屋に行ったらわたしが話しかけてきて本当に驚いたと言っていました。
そして今度、五十嵐さんと一緒にお母さんとおばあちゃんのお墓参りに行く約束をしました。
なんていうか、初めて家族が揃うので今からちょっとドキドキしてます。
きっとおばあちゃんは五十嵐さんが来るのを文句を言いながら待っていると思いますが、この機会に仲直りしてくれたらいいなと思っています。ついでに、そこでわたしの名前に込めたお母さんの気持ちを五十嵐さんに話す予定です。これ知ったら絶対泣くだろうなぁ。あの人面白いくらい涙腺弱いから(笑)
五十嵐さんとは、これから少しずつ近付いていければいいなって考えてます。やっぱりまだ実感がなくて五十嵐さんとしか呼べないけど、いつかお父さんって呼べる日がくればいいなぁ、なーんて。
では、皆さん体に気を付けて。またお手紙書きますね。
敬具 大木桜
追伸:そういえば五十嵐さん、今度のお墓参りに渡そうと思っていた結婚指輪を持って行くそうです。そして、お母さんにもう一度プロポーズをすると意気込んでいます。その指輪は……お母さんとの結婚を認めてもらうため、海外で事業展開を頑張っていた時、自分でデザインして作った世界にたった一つの指輪なんですって。お母さん、喜んでくれるといいな!
カウンターの中で一緒にいなり弁当を食べていた春子が真っ先に口を開いた。
「なんだいあの男。桜と墓参りに来るなんて図々しい奴だね。それに、墓場でプロポーズなんてやるもんじゃないよまったく」
春子の眉間にはシワが寄っているが、口元の緩みは隠しきれていない。
「ふはっ! 春子さんってば素直じゃないなぁ〜!」
「余計なこと言ってるとその細い目さらに細くするよ!!」
「いやいや目は関係ないっしょ!?」
七尾がすかさず反論する。
「まぁ、いい方向に進んでるみたいで良かったじゃないですか」
「フン。アタシは桜が幸せならそれでいいのさ。今までツライ思いさせちまったからね」
「そんなことはありません。桜さんはあなたとの日々を幸せだと思っていたはずです。じゃなきゃあんなに笑顔の素敵な女性にはなれないでしょう?」
そう言って月野はふんわりと笑った。
「……アンタのその善人顔、本当に腹立たしいね」
「不快に思われたならすみません」
春子は拗ねたようにフイと顔をそむけた。
「これ良かったら食後にどうぞ。天邪鬼ッキーです」
「相変わらず生意気だね。この性悪女め」
「春子様ほどではないですよ」
相変わらず散る、激しい火花。
「まぁまぁ落ち着いて。みんなで美味しく食べてるんだから喧嘩はダメッスよ?」
「……アンタはいるだけでイライラするわね。そのアホ面なんとかなんないの?」
「おや、珍しく同感だ。ほら細目、さっさとその面奥にしまいな」
「二人して酷い!! オレだから許してますけど、今の時代そういうこと言ったらすぐ炎上ッスからね!?」
春子と宇佐美の口撃に文句を言いつつも、七尾は得意げな顔を浮かべた。
「でもオレ知ってるんスよ! 口ではそんなこと言ってても、春子さん、ホントはオレ達のこと結構好きっしょ?」
春子の眉間に深い深いシワが寄った。そのまま七尾を冷めたように見やる。
「何バカなこと言ってるんだいこの細目」
「えっ、違うの!? オレは春子さんと話すの好きなのに!? ちょ、それは傷付く!」
「ほら、さっさと残りの弁当食べな。好物なんだろ」
「うう……宇佐美さん、この傷を慰め合いましょう」
「嫌よ」
「即答!? 月さぁ~ん!! 春子さんと宇佐美さんがオレに冷たいー!」
「はいはい。いなり寿司一個あげるから機嫌直しなよ」
「さすが月さん!! 好き!!」
その様子に耳を傾けながら、春子は宇佐美の淹れたお茶をすする。春子好みの、濃いめに淹れられたお茶だった。
「……まぁ。確かに細目の言う通りなんだけどね」
春子は誰にも聞こえないよう、小さな声で呟いた。騒いでる三人を見るその目は、まるで自分の孫を見るような優しい眼差しである。