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「美味しかったっしょ?」
「うん。すごく美味しかったよ。さすが七尾くんおススメのお弁当だね」
「でっしょー! 宇佐美さんも美味しかったっしょ?」
「美味しかったってば。いい加減しつこい!」
「えへへ~! オレまた買ってきますから! そしたらまたみんなで一緒に食べましょうね!!」
七尾があまりにも嬉しそうに言うものだから、さすがの宇佐美もすっかり毒気を抜かれてしまった。
先日買ってきたお気に入りのいなり弁当をみんなで食べてから、七尾はずっとこんな調子ですこぶる機嫌が良かった。自分の好物を二人にも気に入ってもらえたのがよほど嬉しかったらしい。……子供か。
宇佐美が呆れたように溜息をつくと、最近よく耳にするようになった声が入り口から聞こえてきた。
「なんだい。客が来たっていうのに出迎えもしないのかいここの連中は」
眉間にシワを寄せて三人の様子を眺めているのは大木春子である。
「あ、春子さんいらっしゃーい!!」
「いちいちデカイ声出して。相変わらず騒がしいねアンタは」
「いらっしゃいませ。郵便ですか?」
「フン。だから来てるんだろ」
相変わらず捻くれた言い方で答えると、我が物顔で応接室に入っていく。月野と七尾もそれに続いて歩き出した。
「どうぞ。今日の茶菓子は雷おこしです」
「前回は地獄名物針山饅頭、今回は雷おこし。アンタ本当に可愛くないね」
「いえいえ。春子様ほどではございませんよ」
顔は笑っているのに目が笑っていない宇佐美と見るからに敵意むき出しの春子の間には、見えない火花がバチバチと散っていた。
七尾と月野はその様子を遠巻きに見ながらヒソヒソと話す。
「あれどうにかなんないんスかね。オレ毎回ヒヤヒヤして変な汗かくんスけど」
「あの言い方は春子さんなりのコミュニケーションなんだろうけど……心臓に悪いよね」
宇佐美vs春子の擬似嫁姑戦争は春子が来るたび開戦されていて、今日で実に四度目の戦いである。
いつもならここで春子の口撃が始まるのだが、今日は違った。
「……まぁいい」
ぼそりと言って春子は湯呑み茶碗に口を付けた。この態度に三人はおや? と内心で首を傾げる。なんというか、らしくない。心なしか今日の春子はいつもに比べるとおとなしかった。
茶碗をことりと机に置いた春子は、眉間にシワを寄せたまま七尾を呼んだ。
「そこの細目」
「あ、はい!」
「アンタにちょっと頼みがあるんだけど、いいかい?」
「頼み? オレで良ければ全然いいッスけど……」
七尾はチラリと月野を見やる。月野は微笑みながら小さく頷いた。
「そうかい。じゃあ遠慮なく頼むよ。実はね、家に行ってアタシの部屋から白い箱を取って来てほしいんだ。鍵のかかった引き出しの一番奥に入ってるやつだよ」
「箱ッスか?」
「ああ。引き出しの鍵はここにあるからこれを使いな」
「おお! なんか宝探しみたいッスね!」
「馬鹿な事言うんじゃないよ。あれは……あの箱は……宝箱なんかじゃないさ」
春子にしては珍しく弱々しい声だった。何かあったのかと聞く前に、いつもの調子で話し出す。
「こっちは家の鍵だ。いいかい? 入るのはアタシの部屋だけだからね? 他の部屋には入るんじゃないよ?」
「わ〜かってますって!」
「変な事したらタダじゃおかないからね?」
「何もしませんって! 当たり前じゃないッスか!!」
「ったく。その細目が胡散臭くてどうにも信用出来ないんだよ」
「酷い! 細目に対して偏見だ!!」
「何言ってんだい。アンタにだけだよ」
それを聞いていた宇佐美がフッと鼻で笑った。七尾は五十のダメージを受けた。
「ほら! わかったらさっさとお行き。早くしないと桜が帰ってきちまう」
「えっ、今からぁ!?」
「善は急げ、思い立ったが吉日って言うだろ?」
「急がば回れ、急いては事を仕損じるって言葉もありますよ?」
「アンタは屁理屈ばっかり言って! 可愛くないったらありゃしない!」
「わー! 怒んないでよ春子さん! オレすぐ行きますから!」
「なら早く行きな!」
「はーい! いってきまーす!」
七尾は勢い良く走り出した。狭い応接室はたちまち沈黙に包まれる。
春子は再び湯呑みに口を付けると、今度は月野をまっすぐに見つめた。
「……さて、色白優男」
「なんでしょう?」
「アンタには少しばかり年寄りの昔話に付き合ってもらいたいんだけどね。どうだい?」
「ええ。僕で良ければいつでもお付き合いしますよ」
「物好きだねぇ」
春子はふと悲しげな笑みを浮かべると、昔話をぽつぽつと語り出した。月野は真剣な顔で春子の話に耳を傾ける。
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全てを話し終えると、春子は深く息を吐き出した。
「今の話、桜さんには……」
「言ってないよ。墓場まで持ってきちまったアタシだけの秘密さ。だからね……月野さん」
春子が初めて月野の名前を呼んだ。
「もしあの子がここに来たら、彼が取りに行ってる箱の中身と一緒に今の話を伝えてほしいんだ。ああ、来なかったら言わなくていいよ。無理に伝えるもんじゃないからね」
「でも……そんな大事な話を僕なんかが伝えていいんですか?」
「何言ってるんだい。アンタだから頼んでるんだよ。そりゃアタシが直接言えたら一番いいんだろうけど、アタシはどうやったってもうあの子には会えないからねぇ。ま、生きてるうちに言わなかった自分が悪いんだから仕方ないさ。それに……」
春子は月野を真っ直ぐ見つめた。
「アンタならアタシの気持ちをちゃんとあの子に伝えてくれるって信じてるから」
春子はこの数日、彼らが生半可な気持ちでこの仕事をしているわけではないと、依頼者の想いを届けるために、常に全力を尽くしているという事を身を持って知った。だからこそ、彼らを信頼しているのだ。
「……今でも不思議なんだ。こんなに酷いことばかりしてきたアタシがなんで天国行きだったのかってね」
溜息と同時に春子が呟く。
「死んだら間違いなく地獄行きだと思ってたのに。閻魔様も腕が鈍ったのかねぇ」
「閻魔様は分かってたんじゃないでしょうか」
「……何をだい?」
「春子さんが、桜さんを思う気持ちに嘘偽りはなかったこと。春子さんの後悔と反省、自責の念。ああ見えて彼は粋な方ですからね」
「あの毛むくじゃらの大男が〝粋〟とは。笑えるねぇ」
「あ、それ本人すごく気にしてますからね。デリケートな方なのであんまり言わないであげて下さい」
はは、と月野と春子は同時に笑い出した。その顔は憑き物が落ちたかのような晴れやかな顔だった。
「戻りましたー!」
「おや、アイツにしちゃ良いタイミングだ」
「春子さぁーん! 白い箱ってこれの事ッスかぁ?」
「おーそれそれ。ご苦労さん。じゃあ、あとはよろしく頼んだよ」
春子はゆっくりと立ち上がる。郵便局の入口に立つと、躊躇いがちにくるりと振り向いた。眉間にはくっきりとシワが刻まれている。
「……ついでに。これも届けておいとくれ」
ポケットから少しよれた白い封筒を取り出すと、月野に渡した。宛先はなんとなくわかっていた。
「わかりました。必ず届けます」
月野が頷いたのを見ると、春子は何も言わず郵便局を出て行った。