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悪戯のような手紙は、気付けばもう三通ほどわたしの元に届けられていた。
ここまでくるとさすがに不気味だ。そして何より不愉快だ。よりにもよっておばあちゃんの名前を語るなんて……。嫌がらせにもほどがある。
中身は罵詈雑言の悪口を書かれているわけでも、不幸を願う文章が書かれているわけでもなく、相変わらずわたしを気遣うような言葉ばかりが並べられていた。
文脈も筆跡もおばあちゃんのものとよく似ていて、それがわたしを無駄に混乱させる。……だって、そんな事あり得ないでしょ。
「ねぇ、なんか最近元気ないけど大丈夫?」
駅前の喫茶店で甘いケーキを堪能していると、向かいに座っていた友人の由実が心配そうに言った。
「……わかる?」
「だって桜、顔に出やすいんだもん。……もしかしておばあさんのこと?」
由実は躊躇いがちに問う。
「ううん。おばあちゃんの事はすごくショックだったけど……今はだいぶ落ち着いた」
「……そっか」
桜の言葉に由実はほっと安堵の表情を浮かべるが、その顔はすぐに曇った。
「じゃあ何か悩み事? あたしで良ければ話聞くよ? もちろん無理にとは言わないけど……」
小学生から付き合いがある彼女に隠し事は出来ない。それに、由実が心の底から自分の事を心配してくれているのが伝わってきた。
「……実はね」
前置きを挟み、ここ数週間の出来事を全て話した。おばあちゃんを名乗る不審な手紙が届いたこと。その内容や筆跡がおばあちゃんにそっくりなこと。その手紙が気になって、勉強やバイトに集中出来ないこと。
「何それ。ストーカーとかじゃないの? 大丈夫?」
「今の所は何もないし……たぶん大丈夫」
「警察に相談は?」
「言ったってどうしようもないよ。ただ手紙が送られてくるだけで何も危害は加えられてないし」
由実は眉根を寄せながら「……それもそっか」と呟く。
「でも気を付けなよ? おばあちゃんの名前名乗ってるってとこも怪しいし。何かあってからじゃ遅いんだから」
「うん。ありがとう」
由実の優しさがじんわりと心に染みた。胸の内を吐き出したおかげで、モヤモヤした感情は幾分か晴れた気がする。
最後の一口をごくりと飲み込むと、ふと思い出したもう一つの謎。
「あ、ねぇ由実」
「んー?」
「ちょっと聞きたいんだけどさぁ、月野郵便局って知ってる?」
カップに口を付けていた由実はわたしの言葉にきょとん顔だ。
「月野郵便局?」
「そう。聞き覚えある気がするんだけど思い出せなくて」
「あー……。それ、確か都市伝説じゃなかったっけ」
「都市伝説?」
「そう。その郵便局から手紙を出せば、相手がどんなモノでも絶対に届けてくれるってやつ」
「どんなモノでも?」
「うん。ほら、例えば妖怪とか宇宙人とか……その……亡くなった人、とかさ」
由実は少し言いづらそうに呟いた。
「そう……なんだ」
「でもただの噂だからね? 実際そんな場所あるわけないって! 漫画やアニメじゃないんだし!」
「うん。そう……だよね」
頭には封筒に咲いた鮮やかな朱色が浮かんでいた。
月野郵便局。亡くなった人の元にも手紙を届けてくれる不思議な場所。
酷く胸がざわついた。
由実と別れひとりぼっちの家に帰ると、わたしを迎えるように届いていたお馴染みの白い封筒にギクリと体が強張る。
あの話を聞いたからだろうか。やけに緊張して封を開ける手が震えていた。
「…………え」
今までの手紙とは明らかに違う雰囲気。その内容にわたしは動揺を隠しきれなかった。
〝今日は桜に謝ろうと思って手紙を書いたんだ。……いいや。本当はずっとこれが言いたくて手紙を書いてたんだけどね。
……ごめん。今までずっと、桜の父親は桜が生まれる前に死んだって言ってたけどね、あれ、実はぜんぶ嘘なんだ。お前の父親は今でもちゃんと生きている。
今さらこんなこと言われても困るだろうけど、桜にはいつか話しておかなくちゃいけないと思ってた。だけどなかなか踏ん切りがつかなくてね。死んでから後悔したよ。
この話を聞いて、もし桜が自分の父親について知りたいと思ったら月野郵便局に行きな。月に向かってお願いすれば光が案内してくれるから。ばあちゃんは桜と直接話せないけど、郵便局の人に色々お願いしてあるから心配はいらないよ。
もちろん無理にとは言わない。行く行かないは桜の自由だ。
今まで黙っていて悪かったね。じゃあ、体調には気をつけるんだよ〟
……なに、これ。
……お父さんが生きてるって……どういうこと? だって、だって今までお父さんはわたしが生まれる前に死んだって、ずっとそう聞かされてきたのに。そんなこと急に言われてもどうしたらいいかわかんないよ。
……どうしよう。わたし、どうすればいい?
────・・・
『ねぇ桜、知ってる? 私たち家族の名前を繋げるとね、〝春の太陽に輝く美しい桜〟っていう一つの文章が出来るの。素敵でしょ?』
『ぶんしょう?』
桜が首を傾げると、美菜は紙にペンでさらさらと文字を書き始めた。
『ふふっ。これはね、みんなのお名前の漢字を繋げると出来るのよ。ほらこれ見て。春子ばぁば、太陽じぃじ、輝喜パパ、美菜ママ、そして私のかわいいかわいい娘、桜!』
『わっ、ほんとだー! ママすっごーい!』
美菜は娘の頭を優しく撫でる。
『……桜、いい? 私達は繋がってるの。例えどんなに遠く離れていても、例えもう二度と会えなくなっても、私たちの気持ちは確かに繋がっているの。それだけは絶対に忘れないで。覚えていてちょうだい』
『うん! ぜったいわすれない!』
『ふふっ、ありがとう。……約束よ、桜』
・・・────
そう言って指切りをした、母との思い出が蘇った。
どうして、なんで今このタイミングで思い出すのよ……。
窓の外からは欠けた月がわたしを見下ろしている。わたしはぎゅっと拳を握った。急に力を入れたせいで、持っていた便箋がくしゃりとシワになった。
そっと、静かに目を瞑る。
もう一度開いた目には、うすく伸びた月の光が映っていた。わたしはその光に導かれるように、一歩足を踏み出した。