「知ってます? 交番の近くの弁当屋。あそこのいなり弁当がめちゃくちゃ美味しいんスよ!!」
手紙の枚数を数えていた手を止めると、七尾は唐突に言った。
「お揚げの甘辛さと酢飯の具合が見事なハーモニーを奏でるんです! 中にちょこっと白胡麻が入ってるのもいいんスよね~。オレ最近あっちの方行くたび買って食べてるんス!」
ほくほくと顔を綻ばせながら語る彼に、濃紺の着流しをさらりと着こなした月野が興味深そうに頷いた。
「へぇ。そんなに美味しいなら僕も食べてみたいなぁ」
「もしよかったら今度買って来ますよ!」
「本当? じゃあお願いしようかな」
「任せて下さい! マジ絶品ッスよ!」
嬉しそうな銀髪に向かって、すぐさま冷たい声が飛んでくる。
「どうせそのお弁当屋さんに目当ての店員さんでもいるんでしょ? 動機が不純すぎて嫌になるわ」
パソコンの画面から一切目を離さずに言ったのはもちろん宇佐美だ。艶のある黒い髪が美しく輝いている。
「失礼な! オレはあの店のいなり弁当に惚れ込んでるんス! 下心なんてありません!」
「本当に?」
「本当ッス!!」
「本当に?」
「……ま、まぁ、笑顔が可愛い店員さんがいるのは確かッスけど。あのお弁当屋さんで彼女の笑顔を見るのが楽しみなのも事実ッスけど……でも! それだけが目的なんてことは断じてありませんから!!」
「そんなデレデレした顔で言われても全然説得力ないんだけど」
「えっ、嘘!?」
七尾はぱっと両手で顔を隠した。月野は苦笑いを浮かべながらその様子を見守る。
「でも冗談抜きで美味いんスよ? 毎日でも食べたいくらいッス!」
「そうなんだ。ふふっ、でもね七尾くん。実は宇佐美くんの作るお稲荷さんも絶品だって知ってた?」
「局長!」
余計な事は言うなとばかりに宇佐美は月野を恨めしそうに睨んだ。七尾は驚いて顔から両手を離す。
「マジっスか!? オレそんなの初耳なんスけど!!」
「中身のご飯を五目ご飯にアレンジしたり、とにかくとっても美味しいんだ」
「五目ご飯のおいなりさん!? 何それめちゃめちゃ美味しそう! 宇佐美さん今度作って下さいよ!! オレめっちゃ食べたいッス!!」
「お断りします」
「なんで!?」
「アンタに作るくらいならその辺の虫にあげた方が百倍マシ」
「オレ虫以下!?」
七尾はショックを受けたように叫んだが、宇佐美は相変わらずパソコンに向かっている。
「こんにちは」
そんないつも通りの騒がしいやり取りの中、入口から聞こえてきた声に三人は一斉に振り返った。
シワひとつないスーツに、きっちりと締められたネクタイ。短めの黒髪に眼鏡を掛けた真面目そうな印象の男性。
「おや、蓮川さんじゃないですか」
「どうも。お世話になっております」
蓮川はいかにも善人そうなふんわりとした笑みを浮かべて軽く頭を下げた。
「先日はありがとうございました。おかげで無事終了しましたよ」
「ああ、お盆の時ですか?」
「ええ。皆さんが一時帰省するあの時期は本当に忙しいので毎年大変です」
彼の職場である出入国管理課天国係では、毎年お盆の時期になると、天界の住人が生前住んでいた場所に一時帰省するための手続きで大忙しになるのだ。
月野郵便局では関連書類の配達も請け負っているので、彼とは一年に最低でも一回は顔を合わせている。うちの常連と言っていいだろう。
……ちなみ余談だが、地獄係はその倍の忙しさだと言う。帰省の許可がおりなかったり、あちこちの警備だったり、こちらに戻ろうとしない者を連れ戻したり、暴れ出したりするのを止めたりと、とにかく仕事が増えるらしい。
「あ、これ。細やかですが先日のお礼に」
蓮川は手提げの紙袋を月野に差し出した。袋の右端には極楽堂の文字が並んでいる。
「いつもすみません。先日もお土産頂いたばかりなのに」
「いえいえ。うちはお世話になりっぱなしなので、せめてこれぐらいはしないと」
「さすが蓮やん! ありがたく頂きまーす!」
嬉しそうな七尾の隣で、宇佐美はしっかりと礼をしていた。
「それで、本日はどのようなご用件で?」
「実は──」
蓮川を遮るように、誰かの声が重なった。
「ここが噂の郵便局なのかい? フン。随分胡散臭い所だねぇ」
しかめっ面をした背の低いおばあさんが、蓮川の背後からひょっこりと顔を覗かせた。蓮川は苦笑いを浮かべて口を開く。
「この方が、届けてほしい手紙があるという事でして」
おばあさんは顰めっ面で三人を見ていた。