「ねぇ。最近噂になってる不思議な郵便局の話、知ってる?」
夜空にぽっかりと浮かぶ月を見上げながら、髪の短い女が思い出したように口を開いた。
「不思議な郵便局? 何それ?」
「都市伝説の一種なんだけどね、夜にしか行けないちょっと変わった郵便局があるらしいの」
「夜? ……まぁ遅い時間に営業してるのは確かに珍しいけどさ、騒ぐほどじゃなくない? それのどこが都市伝説なわけ?」
隣を歩いていたもう一人の女が怪訝そうな顔で聞く。
「その郵便局はね、届けたい相手が何処の誰であろうと、必ず手紙を届けてくれるんだって」
「は? そりゃそうでしょ。だってそれが郵便局の仕事じゃん」
「いやいや違うんだって! 相手が何処の誰であろうと必ず届けてくれるんだってば!」
「……どういう事?」
女は眉間にぐっとシワを寄せて言った。
「つまりね、受取人・差出人が例えこの世ならざる者であろうと、その郵便局から手紙を出せば届けたい相手に絶対届けてくれるってこと!! あ、この世ならざる者ってのは簡単に言えば幽霊とか妖怪とか宇宙人みたいな奴ね。もちろん人間もオッケーだけど!」
「えー何それ。うっそくさー」
顔を顰める彼女を余所に、髪の短い女は得意げな表情をして更に言葉を続けた。
「〝御入用の方はどうか月にお祈りください。さすれば、月の光があなたを此処まで案内してくれるでしょう〟」
「……は?」
「郵便局に行けるおまじない。その郵便局はね、強い想いを持った人しか行けないんだって。だから届けたいものがある人はまず月に祈るの。その気持ちが本物だって認められたら、月の光が案内してくれるらしいわ」
「月の光?」
「うん。細く長く伸びる光を辿って行くとね、いつの間にか目的の郵便局に着いてるんだって。そこは特別な空間で、色んな場所に通じてるらしいの。だから手紙や荷物が届けたい相手に必ず届けられるってわけ! すごくない?」
「うわ……ますます胡散臭い」
「え~? いかにも都市伝説って感じでいいじゃんか!」
二人はゆっくり歩みを進める。
「……で? その郵便局はなんていう名前なの?」
「あれ? あれあれ~? あんた散々文句言ってたくせに興味あんの?」
「う、うるさいな! ちょっと気になっただけじゃない!」
からかわれた彼女は顔を赤くして反論した。ケタケタという笑い声をかき消すように先を促す。
「で!! なんていう名前なのよ!」
「えっとそれが……」
髪の短い女はすっと目をそらすと、ばつが悪そうに言った。
「……実はちょっとど忘れしちゃって」
「はあ!?」
「ええと……なんだったかな。確かつ……つ……」
「ちょっと!! なんで肝心なとこ忘れてんのよ!!」
「だって~!」
夜の空と同じ、濃紺色の着流しに身を包んだ背の高い男が、楽しそうに会話を続ける彼女たちとすれ違った。
彼は空に浮かぶまるい月を見上げて歩みを止めると、ぽつり。独り言のように呟く。
「月の光に祈る者よ。抱えきれないその想い、届けたいというならば……」
──来たれよ、月野郵便局へ。