発表が今日であることも先輩は知っているし、いずれ伝えなくてはいけないだろう。
 でもまだ言いたくなくて、私はぎゅっとスマホを握り締めた。
 メッセージアプリを開いたものの、メッセージを送るのもどう切り出していいのかわからないし、電話でも何だか言いづらい。
 今日はとりあえず伝えるのはやめて、明日改めて言おうか。
 でもそんな私の思惑に関係なく、後ろから大きな声で呼ばれて、私はその声にビクッと身体を震わせた。
()()~!!」
――どうして今なのだろう。
 今、連絡するのを躊躇ったばかりなのに……。
 でもこのまま無視するわけにもいかない。私はアプリを閉じて、その声の方に振り返った。
 やはりそこには智歌先輩の姿があった。そんなに大きく手を振らなくても分かるのに、満面の笑みで三階にある講義室からこちらに手を振っている。
 でも私の浮かない雰囲気で全てを察したのか、少し気まずそうに目を逸らした後、とりなすみたいにまた微笑んだ。
「深桜。こっちこいよ」
今度は小さく手を振って、私を招いた。
 先輩はサークルでまだ学校に残っているのだろう。
 このまま何も言わずに帰る訳にもいかないし、帰ったところで塞ぎこんで、先輩に伝えるのがますます嫌になってしまいそうだ。
 それに中庭にいた学生たちが、私たちの方をちらちら窺っている。ただでさえ先輩はかっこよくて、成績がいいから先生たちからの評価も高くて、目立つのだ。それ故に女性関係の方では少々問題があるらしいんだけど、そんなことは今はどうだっていい。
 どんどん集まってくる視線に、私はここから逃げ出したい気持ちでいっぱいになった。
 恥ずかしくて、頬が少し熱い。どうして先輩は恥じらいもなく、あんな大きな声で私を呼べるのだろう。私は恥ずかしくて、そんなこと絶対にできない。
 それにもし女の子から人気の高い先輩の申し出を断ったら、今集まっている視線が冷たくて鋭いものに変わってしまうだろう。
 私は三階にいる先輩にできるだけ近づいて、周りの礼儀として、一応訊ねた。
「お邪魔じゃないですか?」
この質問は単なる「私から先輩のところに行くんじゃありません」という周りへの意思表示だ。あまり周りの目は気にしないけれど、後から変な誤解を生みたくはない。一応そうすることで、先輩を好きな女の子に変な嫌がらせも受けなくてすむだろう。