「はい。宜しくお願いします。ではまた」
俺は通話を終えると、またベッドに横になった。
 身体を横に向けて、机の上に置いたままにしてある紙の束をぼんやりと眺めた。
 昨晩から読み始めたその作品は、最終選考に残った作品よりも俺の心を惹きつけ、目が離せないほど縛り付けた。
 文章や表現方法は小説のように形にはなっていたけど、どこか不安定でそこを見抜いた編集者がこの作品を落としたのも納得がいく。
 でも俺はこの小説から逃れられないほど、現実そのものであるような体験をしたのだ。他人から見たらありふれた青春物語でも、俺にとっては読めば読むほど過去を遡る様な感覚に襲われたのだ。
 この作者と同じ名前で、ちぃと呼んでいた女の子。幼い頃にその子と過ごした思い出が、この作品でかかれているものと、パズルが合わさる様にぴったり重なっていったのだ。まるで俺たちの体験を元にかかれた小説みたいだった。
 でもちぃはもうこの世にいない。
 その歪みが俺に虚無を味あわせ、昨晩読み終わっても、太陽が顔を出すまで俺はただこうやってじっとベッドの上に横になっていた。いつの間にか寝ていたようだが、寝た気はしない。
 夜に感じた淋しく、儚い感情が今も渦巻いていて、疲れはとれていない。
 これはいったい誰がかいたのだろう。
 俺はそんなことを思いながら、だだ呆然と机の上を眺め続けた。
 そして「この作者に逢いたい」と思った瞬間から、その感情がふつふつと沸いてきて、いつの間にかどうしても作者に逢いたくて仕方がなくなっていた。

 最終審査の結果は満場一致ですぐに決まった。俺が候補に選んだ作品が見事大賞に決まり、選考委員賞などその他賞も波乱も起きず、さくさくと決まっていった。一時間もかかることなく、会議は終了し、編集者たちは発表の準備や、受賞者の連絡に向けて動き出した。
 俺はその中の一人を捕まえて、他の人たちの邪魔にならない程度にそっと脇によった。
「あの、この作品をかいた子について詳しく知りたいんですけど、住所とか電話番号とか何でもいいんで教えてもらえませんか?」
「翔奏! まさかあなた……」
俺の傍らにいた沖浦さんが鋭い声をあげた。きっと沖浦さんは俺がなぜそんなことを言い出したのか、瞬時に理解したのだろう。本当に勘のいい人で助かる時もあるが、今はその勘の良さに困ってしまう。