どちらかというと俺は本を読むのは遅い方だ。期日もあるし、できるだけ早く読みたいのだが、一つ一つ丁寧に読み、その都度思ったことを持ち歩いているノートに書きこんだ。「ここの表現が気になる」とか、「ここがよくわからない」などマイナス面だけでなく、「この表現が好きだ」とか「おもしろい」とかプラス面も書いていった。
 さすが最終審査に残っただけあって、どれも文章は整っていて読みやすかった。仕事の都合もあったが、だいたい二日に一作品ずつ読み進めた。恋愛小説ということもあり、「きっとこの子とこの子が付き合うんだろうな」とか予想がついたものもあったが、予想外な展開にドキドキして先が気になり、審査員であることを忘れて読んでしまったものもあった。
 全てを読み終わり、どれにしようかと迷うことなく、俺は最後から二番目に読んだ作品に一票いれることに決めた。表現は少し他のよりも乏しかったが、読むのが止まらず無我夢中になれたのはそれだけだったからだ。
 俺は書評をまとめ、担当者にそれをメールで添付した。
 他の審査員よりも俺はあまり厳しい評価ができていないかもしれない。でも打ち合わせのときに、「一番読者に近い存在だろうから気楽に」と言われていた。
 だから思うがまま気になる点を書いて、最後に全体の感想をまとめてみた。俺が選んだ作品が通って本になるなんて想像もできないけど、そうなれば嬉しい。
 俺は最終審査に残った作品を揃えて、鞄に仕舞うとずっと読むのを楽しみにしていた作品を引き出しから出した。
 きっとこれを読みだしたら止まらないからと、今日まで引き出しの鍵をマネージャーに預かってもらっていた作品だ。
 俺は題名の横に書かれた名前をそっと指でなぞった。
「ちぃ」
 彼女のことを俺はずっとそう呼んでいた。あの夏の日に出逢った彼女が懐かしい。
 でも頭の中ではこの小説をかいた子が、彼女と同姓同名な子だと分かっている。ちぃがこの小説をかいたなんて、そんなことは絶対にありえないのだ。
 分かっている。理解している。
 でもそのことを認めたくないのだろうか。これはちぃがかいた作品だろうと疑う心を捨てきれない。今もどこか遠いところで、ちぃは元気よく生きていて、この小説をかいたのだと、そんな夢みたいなことを考えている。

――もうすでに彼女は亡くなっているというのに……。

「千歳……」