もともと応募作品は持出禁止なのだが、仕事の都合もあり、じっくり読んで吟味したいという俺の申し出に、編集者たちが頷くのにそう時間はかからなかった。
 スマホやパソコンで見るよりも、紙ベースでもらった方が、スタジオでも移動中でもどこでも気にせず読める。
 会議と言う名の簡単な打ち合わせもすぐに終わり、すでにコピーしてもらった原稿をカバンに入れ、予定より早く帰宅できた俺は、適当に食事を済ませ、早速応募作品を机に広げた。
 この中でやはり気になるのは、彼女の名前が記された原稿だ。
でも名前が彼女と同じだからといって、彼女とは違う別の人がかいているかもしれないのだ。どちらかというとその方が正しい。
 でも心がざわついて、いたたまれない。ただせっかく貰った仕事に支障を出すわけにはいかない。
 この仕事は楽しみにしていたし、きっと彼女の作品を読んだら他の作品に手を出したくなくなるかもしれない。
 そんなことでこの仕事を無駄にしたくない。俺は最終選考の作品を読んで、一通り仕事がすんでから彼女の作品に手を出すことにした。
 俺は心に強くその思いを刻むように、彼女の原稿を机の引き出しにしまい、一つ一つ最終選考に残った原稿を綺麗に並べた。
 この仕事が決まった時から決めていた通り、年齢や性別など作品の評価に関係ないような情報は伏せてもらった。「この歳でこんな文がかけてすごい」とかそういう先入観を抱かず、ただ作品だけを評価して決めたかったからだ。俺にとってはそんな情報は関係ない。
 ただ作品だけをみたかった。
 でもどれから読んでいいか迷ってしまう。
 やはりここは並べた順番に読むべきだろうか。
 でもそんな決まりはないし、できれば自分の好きなようにしたい。
 この仕事をしっかりと自分のものにするには、最初に感じる印象も大事だ。
 そうなれば一番いい方法は、自分が興味を持てるものから読んでいくというものだろう。
 本屋に並ぶ本を選ぶように、机に一つ一つ並んだ作品の中から、俺は一番読みたいと思った題名の作品を手に取った。