きっと俺を審査員に採用した出版社の人も、宣伝も兼ねてのことだろう。そのおかげか、応募総数も去年よりも大幅に増えたらしく、俺に読んでもらいたいが故に応募した人もいるんだろうと、巷では騒がれた。実際、俺が審査員になったことを発表してから応募が増えたらしい。
 でも全ての作品を俺が読むわけではない。なんだか申し訳ないが、ある程度、編集者が最初に応募作品を読み、候補を絞り、最終審査まで残った作品の中から俺を含めた審査員が選ぶのだ。だから俺は最初から全ての作品に携わるわけではない。
 つまり俺は最終審査に残った数作品しか読むことができないのだ。
 残念なことに、その中に彼女の小説は存在しなかった。でも俺は数多くの作品から彼女の作品を見つけたのだ。
 単なる偶然が重なっただけかもしれないが、それは俺が応募者の作品が山積みになった段ボールを横切ったときだった。その段ボールの一番上に彼女の作品があって、表紙に書いてある題名とその横に書いてある名前が、俺の目に飛び込んできた。
 それは最終審査の報告を受け、出版社を訪れ、審査についての説明を受けたその帰りの出来事だった。
「お疲れさまでした」と声を掛け合いながら、出版社を出ようとしたとき、ふと目に入ったその名前に俺は言葉を失い、その場に固まった。
「翔奏。どうしたの?」
その編集者の声が聞こえてくるまで、どのくらい時間がたっただろう。俺はその名前をしばらくじっと見つめていた。
「あの……この作品見てもいいですか?」
俺はその名前に釘付けになり、編集者の方を見ないまま、そっとその作品を手に取った。
「えぇ。別に構いませんよ。でもここにあるのは、すでに落選した作品ですから、お気に召すか……」
苦笑交じりの編集者の声は、俺と目が合うとすぐにかき消えた。
 俺が尋常ではない雰囲気を醸し出したからかもしれない。俺はその作品をぎゅっと握りしめた。
「すみません。この作品持って帰ってもいいですか?!」
落ち着いた声を装って言ったつもりが、予想したよりもはるかに熱がこもっていて、自分でも驚いた。
 編集者は驚きのあまり絶句してしまい、その答えを聞くまで少し時間がかかった。
「えぇ。あの……まぁ審査員ですから……構わないかと思います」
俺は曖昧な返事を返した編集者に頭を下げ、その作品を最終選考に残った作品と同じ鞄に入れて持ち帰った。