目の前で倒れているスーツ姿の男性に、俺はああまたかと溜息をついて駆け寄った。
床に散らばったたくさんの本はまるで誰かと争った後みたいにぐちゃぐちゃで、足の踏み場がない。相変わらずの惨状に呆れつつ、俺はしゃがみ込んだ。
「八神さん。起きて下さい八神さん」
俺は冷たい頬をペシペシと叩きながら、それでも目を覚さない八神さんに大きな声で言った。
「起きて下さい八神さん。姉ちゃんが呼んでますよ」
パッと目を開くと、青白い顔のままムクリと起き上がる。最近は姉ちゃんの名前を出すと八神さんの起床率が高くなるので、こちらとしては非常に助かっている。
「おはようございます八神さん。体調はどうですか?」
「…………相変わらずの絶不調だよ」
「そうですか。下で姉ちゃんがパンケーキ焼いて待ってますけど、どうします?」
「…………行く」
寝起きでフラフラしながらも、なんとかカサブランカに到着した。
「あ、おはよう八神くん」
「おはようございます八神さん」
「……おはよう暮真さん、モカちゃん」
八神さんは青白い顔で挨拶をすると、そのままカウンター席に座った。姉はパンケーキとコーヒーのセットを八神さんの前に置きながら聞く。
「八神さん、昨日は何時に寝ましたか?」
ギクリ。八神さんの肩がぎこちなく跳ねる。
「ええと、ろくじ、かな」
「六時?」
「うん六時。……朝の」
「それさっきじゃないですか!! もうっ! また寝不足と貧血で倒れたいんですか!?」
「……すみません」
姉ちゃんの説教に、八神さんはしゅんと項垂れる。俺は半ばからかうように言った。
「あーあ。こんなんで姉ちゃんのこと本当に守れるんですかねぇ? 八神さんは」
「ちょっ、」
俺の台詞に、姉ちゃんは頬を赤らめた。あの日病室で会話を聞かれていたことが恥ずかしいらしい。
「それは大丈夫だよケントくん。僕は約束を守る男だから」
八神さんは自信満々に答える。
「僕は強い男になって君たち兄弟を守るって約束したからね。だから安心して僕を頼っていいよ」
「約束? 誰と?」
俺の疑問に八神さんはコーヒーに角砂糖を入れながら言った。
「決まってるだろ? 僕の初めての友達と、だよ」
八神さんは嬉しそうに笑うと、その甘だるい液体をごくりと喉に流し込んだ。
了