真希さんが亡くなった日。


 制服を着た一人の少女が(から)になった真希さんの病室でぼろぼろと涙を流している姿を目撃した。あれは間違いない。真希さんの娘さんだ。

 真希さんの家族は何度か見かけたことがあるが、娘さんは昔からいつ見てもにこにこと笑っていた。お見舞いに来る時はもちろん、お父さんに手を引かれ病室を出る時も、弟に母の話し相手を取られた時も、いつだって笑顔を絶やさなかった。

 その、どんな時も笑顔だった彼女が今、病室で一人泣いている。声も出さず、微動だにせず、ただただ静かに。真希さんが寝ていたベッドを見つめながら、子供らしからぬ泣き方で。

 それを見て、彼女はなんて強い子なんだろうと思った。同時に、どうして誰にも助けを求めないんだと、どうして僕は泣いている彼女達に何もしてあげられないんだと、もどかしい気持ちになったのをよく覚えている。

 きっと、今までだってたくさん我慢してきたのだろう。悲しみや苦しみといった負の感情を、ずっとあの笑顔の裏に隠していたのだろう。そんな彼女の事を考えると、僕の胸はぐっと締め付けられるように痛んだ。

 ねぇ真希さん。強くなるってどうすればいい? 悲しんでる人を助けられるくらい強くなるにはどうすればいいの? 答えをくれる人は、もういない。

 結局僕は何も出来ず、その場をそっと離れるしかなかった。

 ……どうすれば正解だったのだろう。僕は今でも、あの時の彼女の姿が目に焼き付いて離れない。




 ──大人になるにつれ体力がついたのか、僕は昔ほど頻繁に倒れることはなくなった。通院はしているが入院することはほとんどない。まぁ、時々はぶっ倒れるけど、それはもう体質なのでどうしようもないのだろう。人間諦めることも肝心なのだ。

 高校を卒業したあとは通信教育で探偵の専門学校に通い、信用を得るために民間で「探偵調査士検定」と「探偵業務管理者検定」などの資格を取り、夢だった探偵事務所を開業した。心の優しい強い男になるため、自分なりに色々と考えた結果でもある。

 全ての準備を終えると、僕はあの喫茶店に向かった。真希さんとの約束を守るために。

 実際のところ、僕が彼女たちにお世話になってばかりだった気がするが、それなりに楽しい毎日を送っていた。萌加ちゃんと賢斗くん、二人の笑顔が見れることが、僕は嬉しかったんだ。

 ……初めはただ、真希さんとの約束を守りたかっただけだった。それなのに、いつの間にか彼女に心を奪われていた。いや、もしかしたら病室で一人泣いている彼女を見た時から、この気持ちは少しずつ育っていたのかもしれないな。

 思えば、泣いている彼女を見たのはあの時だけだ。どんなに辛くても、彼女はやっぱり笑顔だったから。そう。彼女は……萌加ちゃんは強い。たぶん、僕なんかよりずっと。だけど、たまには力を抜いていいと思うんだ。頑張りすぎなくていいんだよって声をかけたい。辛い時は頼ってほしいし、泣いたっていい。思いっきり泣いたら、次は思いっきり笑えばいいんだ。君が浮かべる心からの笑顔が、僕は大好きなんだから。……本当だね暮真さん。言いたいことは口に出さなきゃ伝わらないや。


 それなら、僕は──









 懐かしい夢を見た。真希さんが入院している頃の夢。今よりもっともっと病弱だった頃の、自分の夢。

「や、八神さん!?」

 ぼんやりとした頭を動かすと、心配そうに眉を下げたモカちゃんが僕の顔を覗いていた。その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。ビックリして目が覚めた。

「あっ、よ……良かった。八神さん、入口で倒れて、救急車で運ばれて、それで、」

 モカちゃんが慌てて説明を始めた。倒れるまでの流れはちゃんと覚えている。情けないことに、レストランの入口で力尽きたのだ。……そうか、あのあと救急車で病院に運ばれたのか。通りで懐かしい消毒液のニオイがするわけだ。

「あ、先生呼ばないと!」

 僕は、ナースコールを押そうとしたモカちゃんの手を掴んだ。