宣言通り、退院してからも真希さんは度々僕の病室を訪れ、今は旦那の実家の喫茶店を手伝っているとか、娘が可愛すぎてヤバイとか、色々と近況を報告してくれた。

 僕の体調も少しずつ良くなり、僕が退院してからは真希さんとの交流は文通へと形を変えながらも続いている。もう四、五年ほどになるだろうか。中々長い付き合いだ。

 そして去年、真希さんにもう一人男の子が生まれたそうで。名前は賢斗というらしい。同封されていた写真を見たが、元気そうな男の子だった。それから……少し体調を崩し、また入院する事になったとも書いてあった。なので、僕は通院のついでに真希さんに会う事にした。

 病室に入ると旦那さんが居たので軽く挨拶をする。彼はニコリと人当たりのいい笑顔を浮かべると、僕に向かって「いつも妻と仲良くしてくれてありがとう」と言ってくれた。今まで遠目から見た事はあったが、面と向かって会ったのはこれが初めてだったので少し緊張した。でも、僕に気を遣って病室を出て行った旦那さんは、やっぱり優しい人だと思った。

「あら碧くん久しぶり! 相変わらず顔白いけど、元気だった?」

 久しぶりに会った真希さんは、あまり変わっていないように見えた。お見舞いに洋菓子店で買ったクッキーを持っていくと、喜んで食べ始める。

「碧くん、学校にも行けるようになったのね。良かったじゃない」
「朝礼では必ず倒れるけどね。体育は全部見学だし、保健室に行く回数も学校一だ」
「それでもすごいじゃない。ちゃんと大きくなって。えらいえらい」

 ぽんぽんと頭を撫でられる。小さい頃からまだしも、年頃になった僕はなんだか気恥ずかしくなって俯いてしまった。

「友達はできた?」
「……そんなに」
「あらそう。まぁ焦ることないわ。碧くんは良い子だもの。そのうちみんなあなたの良さに気付いて放ってても寄ってくるから。大丈夫大丈夫!」

 それからすぐ真希さんは退院したが、やっぱり入退院を繰り返していた。



 ──それから、六年後。

 僕が高校を卒業する頃。連絡手段が文通からメールに進化し、真希さんとは今までより気軽にメッセージを送りあっていた。彼女からはよく、子供たちの写真や窓の外を撮ったらUFOが写ってた、なんていうわけの分からない画像付きメールが来ていたのだが、その日の内容はなんだか様子が違った。


『話がしたいので、暇な時に病院に来て下さい』


 簡素に書かれたメッセージに、僕は妙な胸騒ぎを覚えた。

 病室に着くと、真希さんはベッドから半分起き上がった状態で僕を迎え入れてくれた。人のことは言えないが、その顔色はかなり悪い。それに前より少し、痩せたような気もする。

「あらっ、碧くんまた背が伸びた? ちょっと見ないうちに大きくなったわねぇ〜。しかしまぁ、昔から整ってるなぁとは思ってたけど、最近ますますイケメンに磨きがかかっちゃって!」
「そんなことないですよ。真希さんこそ昔と変わらずお美しい」
「やぁだぁ! 一丁前に社交辞令まで言えるようになっちゃったの? 褒めても何も出ないわよ!!」
「いや、社交辞令じゃないですって」
「すっかり大人になっちゃって。もうすぐ高校卒業? ってことは碧くんとも十年以上の付き合いか。時間が経つのは早いわねぇ」

 怖い怖いと言いながら真希さんは僕の背中をバシリと叩いた。……痛い。

「友達とは仲良い?」
「まぁ。そこそこ」
「学校は楽しい?」
「まぁ。そこそこ」
「彼女は出来た?」
「残念ながら」
「好きな子はいる?」
「……い、るない」
「ははっ、どっちよ」

 今の僕は恋愛ごとには興味ないが、突然振られた話題に思わず噛んでしまった。そんな僕の様子が面白かったのか、真希さんは声を出して笑った。

「いいわねぇ、青春じゃない!」
「いや、いないって」
「照れるな照れるな! 人生は一度きりなんだから! 楽しまなきゃ損よ、損!」
「……まぁ、それはそうかもしれないけど」
「んー、そうねぇ。せっかくだから人生の先輩からアドバイスを送ってあげるわ」

 真希さんは何故か得意気に言った。

「まず、自分の家族と今いる友達を大事にすること。変わり者の碧くんに付き合ってくれてるんだから、その人たち相当いい人よ? そういう人たちは作ろうと思っても出来るものじゃないの。人生の宝物なんだから、一生大事にしなさい」
「……はい」
「それから、自分の気持ちは素直に伝えること。特にありがとうとごめんなさいは大事よ。これが言える大人は案外少ないんだから」

 僕はこくりと頷いた。

「そして、碧くんに出来たかけがえのない大切な人たち。その人達を守れるように、うんと強くなりなさい」
「……強く?」
「そうよ。何があってもその人たちのことを守れるように力をつけるの」

 その言葉はやけに印象的だった。おそらく、僕からは一番遠い存在の、その言葉。

「……強く、かぁ。昔よりは良くなったとはいえ、こんなひ弱な体じゃ無理だろうね」
「あら、人の強さは身体の強さだけじゃないのよ? 大事なのは心なんだから。だって、いくら身体が強くても心が弱いとすぐ折れちゃうでしょう?」
「……でも、」
「だからね、碧くんは心の強い男になればいいのよ。人の痛みが分かる、強くて優しい男に。大丈夫、碧くんならなれるわ」
「……はい」
「それでね、そんな碧くんにお願いがあるんだけどね、」


 ──私がいなくなったら、碧くんにあの子たちを守ってほしいの


 ふわりと笑った真希さんの笑顔に、僕は胸が苦しくなった。

「ほら、約束よ?」

 真希さんは笑顔で手を伸ばす。枝のように細い小指で指切りをすると、真希さんはまた嬉しそうに笑った。

 それが、僕が真希さんと会った最後の日だった。