*
「見て見てこれ。真田さんと司さんの新作アクセだって! こないだのデザインをアレンジしたやつ!」
姉が嬉しそうにスマホの画面を見せる。そこには、小さな丸いガラスドームを泳ぐ金魚が印象的なピアスと、プラネタリウムのような美しい星空を彩った同じ形のピアスが写っていた。
「すっごく可愛いよねぇ。私さっそく注文しちゃった!」
あれからしばらくして、二人は別のアプリに登録し、ハンドメイド雑貨の販売を再開したらしい。今度はもちろん、本当の自分の姿で。
「それにしても……まさかあっちも替え玉作戦だったとはなぁ」
替え玉作戦と言っても、それは兄と妹の名前を交換するというちょっと変わったものだった。俺的にはそんな面倒な事はせず〝兄である透さんが勝手に司さんの名前を借りてアプリに登録してた〟って言えば筋の通った理由になったと思うんだけど。そうすれば、名前を呼ばれた時の反応とかで八神さんに怪しまれる可能性はぐっと減っただろうし。
あとから司さんにそれとなく聞いてみると「テンパっててそういう簡単なことが思い付かなかったの」と恥ずかしそうに語っていた。たぶん会うことだけでいっぱいいっぱいだったのだろう。気持ちは分かる。
「本当にねぇ。驚いたよ」
八神さんは通常の数十倍甘くしたエチオピアコーヒーに口を付ける。まったく。こんなに糖分を入れるなら初めからコーヒーじゃなくて甘い飲み物を注文すればいいのに。探偵はコーヒーを飲むべきだとかいう意味のわからないポリシーを持ちやがって。
「でも、和解出来て良かったね。夢を叶えるためお互い努力してるみたいだし」
司さんはいつか自分のお店を出すことが夢らしい。もちろん、取り扱うのは自分で作った雑貨だ。真田さんもハンドメイドのスキルを上げようと、資格を取得するため通信講座で勉強を始めたそうだ。
このまま二人の仲も進展すればいいのだが。まだ仲の良い友人関係を保っているようだ。二人の気持ちは明らかだっていうのに。じれったくて仕方ない。
カランカラン。話をしていると、店のベルが鳴った。
「いらっしゃいま「萌加さん!!」
決まりきった挨拶を遮って姉の名を叫んだのは、司さんの兄である若林透さんだった。今日は何故か、仕立ての良さそうなスーツをビシッと着込んでいる。
「透さん?」
「先日はどうも。うちの妹がご迷惑をおかけしました」
ぺこりと頭を下げた透さんは爽やかな好青年そのものだった。あの時、確かに喫茶店に来るって話はしてたけど、あれは社交辞令ではなく本気だったようだ。でもなんだ? この妙に決めた服装は。
透さんはテーブルに座っている俺たちには目もくれず、真っ直ぐ姉ちゃんの元に近付いくていく。
「萌加さん!」
「……は、はい?」
大きな声で名前を呼ぶと、透さんはどこからか綺麗にラッピングされた一本のバラを取り出し、姉ちゃんの前に差し出した。
「好きです! 僕と結婚を前提にお付き合いしてください!」
ガッチャーン!
八神さんの手から、白いコーヒーカップが滑り落ちた。
第3話.了