「……ごめんなさい。私はハンドメイド作家のSANAじゃないんです。私はSANAの代わりを頼まれたただのカフェ店員なの」

 姉ちゃんが申し訳なさそうに言った。テーブルにくっつきそうなほどの勢いで頭を下げていた真田さんはゆっくりと顔を上げる。

「……男でハンドメイドやってると周りから色々言われるんスよ。浮くし、引かれるし。だから女として活動してたんス。騙してたのは俺も同じで……」
「じ、じゃあ、あなたが本物のSANAさん……なんですか?」
「はい。えっと、SANAこと真田樹です」

 ぺこりと頭を下げると、司さんも同じように頭を下げた。

「改めてまして若林司です。こっちは兄の(とおる)
「若林透です。ええと、地方公務員をやってます。ところであの……彼らは?」

 透さんが遠慮がちに質問をする。そりゃそうだろう。今の俺たちはただの不審者だ。

「僕は八神碧。探偵です」
「た、探偵?」
「俺が頼んだんス。今回の事相談したら色々アドバイスしてくれて。他の人にSANA役を頼んで、俺はその付き添いとして参加すればツカサさんに会えるよってアドバイスくれたんス」
「佐藤賢斗です。高校生で、八神さんの世話係みたいな者です」
「佐藤萌加です。賢斗の姉で、喫茶店で働いてます。私こそ、皆さんを騙すような真似して本当にすみませんでした」
「三人は俺に協力してくれたんスよ。勇気の出せない、意気地なしの俺にね。……司さん」
「はい」

 真田さんは司さんにしっかりと向き合う。

「……俺、アプリで司さんのこと知った時、同じ男なのに俺と違って堂々としてるとこがカッコいいと思って、憧れてました」
「っ……貴方の理想を壊してしまってごめんなさい」
「いや、謝んないでください! 俺もSANAのイメージぶっ壊したと思うんで!!」
「でも……」
「俺……男だ女だって差別される偏見だらけの世の中が嫌でネットで女の振りしてたけど、もしかしたら偏見持ってたのは自分だったのかもって気付かされたんス。今の時代、男とか女とか関係なく楽しめるのに。昔のこと気にしすぎてバカだよなぁ」

 真田さんが今まで趣味の事でどんな風に言われてきたのかは分からないが、本人にとってツライことだったのだろう。

「俺、今日ずっと憧れてた司さんに会えて、みんなでスノードーム作って、自由に好きな物の話いっぱい出来て。俺、こんな楽しかったの初めてッス。司さん、ワークショップ誘ってくれてありがとうございました!!」
「こちらこそ……楽しかった。SANAさんが男の人だって知った時はびっくりしたけど、でも、私も、私も真田さんと話が出来てすごく楽しかった。来てくれてありがとう」

 どことなくスッキリとした表情の二人は、顔を見合わせて笑い声を上げた。その様子に、俺たちもほっと息をつく。

「……私、あのアプリやめますね」
「ええっ!?」

 司さんは真田さんを見上げたまま言った。おそらく最初から決めていたのだろう。迷いのない瞳だった。

「性別の偽りは規約違反ですし、ちゃんとケジメはつけなきゃ」

 眉間にシワを寄せた真田さんは何やら考え込むと、うん、と納得したように首を縦に動かした。

「じゃあ、俺もあのアプリやめます」
「ええっ!?」
「だって俺も規約違反してるし。それに、司さんがいないならアプリやる意味ないっつーか」
「えっ」

 カァーと司さんの頬が赤く染まった。それを見て真田さんの耳も赤く染まる。

「あっ、い、いや! その……ファンとして! 司さんの作品が買えなくなるのは寂しいってことで、けして変な意味ではなくてですね!!」
「わ、わかってます!!」

 二人の間になんとも言えない生温かい空気が漂う。あれ? これ俺たちめちゃくちゃ邪魔なんじゃないのか? 帰った方が良くない? あとは若い二人でどうぞ的な感じで。お見合いか。

 もじもじと悩んでいた真田さんが、頑張って口を開く。

「あ、の! よかったらまたこういうイベントに行きませんか? む、無理にとは言わないッスけど!」
「わっ、私で良ければよろこんで!」

 なんだよこの不良純情少年(ヤンキーピュアボーイ)の青い春。見てるこっちが恥ずかしくなるんですけど。あーあ。今年の夏は更に気温が上がりそうだなぁ。勘弁してくれ。