「あっ、このアイスカフェラテ美味しい。見た目も綺麗な二層になってるし、チェーン店も侮れないわね」
「サナさんの実家の喫茶店ってどの辺にあるんですか?」
「緑ヶ丘ですよ。ここからだと一駅ですかね。喫茶カサブランカっていう喫茶店です」

 姉ちゃんはとびきりの営業スマイルで答える。

「ツカサさんが好きそうなレトロで雰囲気のある喫茶店ッスよ。コーヒーも美味いし」
「わかりました! 今度絶対に伺いますね!」
「ふふっ、お待ちしてますね。八時まで営業してますから」
「じゃあ仕事の帰りも寄れますね! いやぁ、仕事帰りにサナさんの笑顔が見れたら疲れなんて吹っ飛んじゃうなぁ!」
「ツカサさんは何のお仕事されてるんでしたっけ?」
「…………」
「ツカサさん?」
「えっ!? あ、ああ。俺はしがない公務員ですよ。デスクワークだから肩ばっかり凝っちゃって」

 ツカサさんは苦笑いを浮かべて自分の左肩を揉んだ。……デスクワーク? あれ? 真田さんは彼の職業は保育士って言ってたはずだけど……もしかして事務員として働いているのだろうか?

「お兄ちゃん!!」
「ん? どうした?」
「……なんでもない」

 トオルさんは何か言いたげな顔をしながらも口を閉ざした。

「あの、ちょっといいですか?」

 糖分の化物(シュガーモンスター)と化したアイスココアを飲み干し、すっかり復活を果たした八神さんが横からしゃしゃり出てきた。

「八神さん! 体調はもう大丈夫なんですか?」
「おかげさまでこの通り元気ですよ」

 八神さんは血の気のない顔で笑った。確実にこの通りの意味を間違えている。

 そのまま八神さんは真田さん、ツカサさん、トオルさんの順に顔を見回すと、申し訳なさそうに眉尻を下げた。

「すみません。今から失礼なことを言うかもしれませんが、どうか怒らないでくださいね」
「え?」

 お、おいちょっと待て。先に宣言するくらい失礼なことって……何言う気だよこのもやしっ子は!?

「ツカサさん。トオルさん」

 名指しされた二人の表情が強張る。

「もしかして、あなたたち兄弟は()()()()なんじゃありませんか?」

 ハッと息を呑んだのは誰だったのか。やけに耳に響いた。

「つまり、本当の〝ツカサさん〟は()()()()()()()()()()()()()なんじゃないでしょうか」

 机の上で腕を組んだ八神さんが続ける。

「さっきのワークショップでは〝ツカサさん〟と名前を呼んでも振り向かないし、反応も悪かった。今のやり取りでも名前を呼んだとき不自然な間が空いてましたしね。それに正直、スノードームの出来栄えは妹さんとは歴然ですし、会話もハンドメイドに対してあまり興味ないようなものばかりでした。不審な点を挙げればきりがないですね」
「そ、それは!」
「何より今、お兄さんが言った職業。アプリのプロフィールには〝保育士〟と記載されていたはずなのに、お兄さんは公務員だが〝デスクワーク〟と答えていた。少なくとも保育士の仕事を説明する単語ではないと思うんですよね」

 指摘された二人は気まずげに俯いた。

「本当はお兄さんが『トオル』で、妹さんが『ツカサ』。そして、人気ハンドメイド作家は妹のツカサさん。あなたなんじゃないですか?」
「その……」
「ご、ごめんなさいっ!! 全部私のせいなんです!!」

 妹さんは大きな声で叫ぶと、俺たちに向かってがばりと頭を下げた。

「……八神さんの言う通りです。ハンドメイドが趣味なのもあのアプリに登録してるのもお兄ちゃんじゃない。全部私なんです」
「え、でもプロフィールには……」

 あれにはハッキリ男と書かれていたはずだ。

「アプリの性別は嘘なんです。私は若林(わかばやし)(つかさ)二十一歳、女。職業は保育士です」

 力なく笑った顔を見ながら、混乱している頭を整理する。ええとつまり、(おとこ)の名前がトオルで、(おんな)の名前がツカサ。アプリに登録していたツカサさんは男ではなく女で、その正体は目の前の妹さんだと。や、ややこしい。

「何年か前に偶然あのアプリを見つけて。自分の作った物が世間でどんな風に思われるのか興味がわいてすぐ登録しました。でも、最初は全然売れなくて。それどころか見てくれる人もほとんどいなかったんです。悔しかったなぁ」

 真田さんは目と口を開いたまま彼女の話を聞いていた。

「どうしたら人気が出るのか考えてたら、ユーザーの九割が女の人だってことに気付いたんです。だからこの中で男って名乗れば、それだけで無条件に目立つんじゃないかと思ってアカウントを作り直しました。ツカサは中性的な名前だから使っても女ってバレないだろうと思ってそのままユーザーネームにして……そしたら予想以上に人気が出たんです。コメントもたくさん届いて、その倍の数の注文も入るようになって。嬉しかったけど、嘘をついてるっていう罪悪感があって少し悩んでたんです」

 司さんは(サナ)を真っ直ぐに見つめる。

「そんな時、サナさんの作品と出会いました。シルバーのティアドロップにピンク色の小さなジルコンをあしらった、女性らしくて可愛いデザインのネックレス。仕上がりの美しさと細部にまで手を抜かないこだわり。私は一目見てサナさんのファンになりました」

 両手を合わせ、うっとりとした顔で語る彼女は本当にSANAさんのアクセサリーが好きなようだ。

「そのうちコメントで買ったアクセサリーの感想を言い合うようになって、DMで個人でやり取りするようになって。毎日が楽しかったんです。そしたらだんだん……こんな素敵な作品を作ってる人ってどんな人なんだろうって考えるようになって……直接会ってみたくなったんです。でも私は男だって嘘をついてるから簡単には会えないし。どうしようって悩んでたらお兄ちゃんが協力してくれて」
「妹のためと思って入れ替わりを提案したんですが……皆さんを騙すような真似をしてしまって申し訳ないです」
「お兄ちゃんは悪くないんです。全部私が……本当にごめんなさい」

 二人は姉ちゃんに向かって深々と頭を下げた。姉ちゃんはオロオロと戸惑ったように八神さんと真田さんを見る。その視線でハッと我に返った真田さんが「すいません!!」と大声を上げた。視線が真田さんに集中する。

「謝るのは俺の方なんス!! 実は俺も女だって嘘ついてアプリやってました! 本物のSANAは俺なんス! 本当にすいませんでした!!」
「……え? えっ?」

 突然のカミングアウトに、司さんは動揺を隠せず姉と真田さんをくるくると見比べる。