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「えっ? 私がハンドメイド作家としてさっきのお客さんとワークショップに参加?」
「そうそう。さっきここに来た金髪のお兄さん。その人のため是非モカちゃんに協力してほしいんだよね」
言いながら八神さんは店の新メニュー、塩キャラメルナッツパンケーキを頬張る。これは姉が試行錯誤を重ねて作った自信作だ。
「今からする話はプライバシーを守るため、口外禁止でお願いしたいんだけど」
そう前置きして、八神さんは真田さんの事情を姉に説明した。
「……そうだったんだ。お節介かと思ったんだけど、なんか悩んでたみたいだったから声を掛けたの。でも八神さんの所にちゃんと行ってくれたみたいで良かった」
「うん。だから僕もなるべく悩みを解決させてあげたくて」
「私が紹介した責任は取らなくちゃいけないわよね……分かった。協力するわ」
「ありがとう。さすがモカちゃんだ。当日は四人で行動してもらうけど、僕とケントくんもそのワークショップに参加するからね。何かあったらフォローは任せてよ」
何やら勝手に言っているが、俺はそんな話聞いてないぞ八神さん。姉は俺たちがいると聞いて安心したのか、うんと力強く頷いた。
「あ、でもお店どうしよう……ワークショップって今週末ですよね?」
「たっだいまー!!」
無駄に元気の良い声が響く。鮮やかな黄色と緑が目立つ、サッカーブラジル代表カラーのTシャツに膝丈の半ズボン。足元はビーチサンダル、頭にはサングラスを掛け、こんがりと焼けた素肌に白い歯を溢す男。
「みんな久しぶりだね!! boa tarde todo bem? あ、これポルトガル語でこんにちは、元気だった? って意味! ブラジルってポルトガル語使うんだよ! 知ってた!?」
淀んでいる空気をものともせず、ガラガラとキャリーバッグを引きずって店の中に入ってくる。
「あっ。これお土産ね! サンダル! みんなでお揃いなんだぞっ! あと八神くんにはチョコ! 甘い物好きだから奮発していっぱい買っちゃったーって……わっ! 相変わらず白いなー八神くん!! ちゃんとお日様に当たってる? 向こうは秋冬でもなかなかの暑さだったよ!」
その言葉通り、二人が並ぶとまるでオセロのようだった。俺は隠さず大きな溜息をつく。なんと言っても、このすっかり海外色に染まった腹立たしい男は豆の仕入れに行ったまま数ヶ月間帰って来なかった残念な父親なのだ。
「仕入れのついでにマテ茶も買ってきたの! 今って健康茶ブームだろ? うちのメニューにもお茶系取り入れてみようかと思って!!」
親父の帰還はいつもなら即刻正座の鉄拳制裁案件なのだが、今回はこの都合の良いタイミングだ。一応感謝し、制裁は免除してやろう。
「……ああ。店の問題は解決したわね。一応こんなのでも店主だし。こんなのでも」
姉は腐った牛乳でも見るような目で親父を見る。
「さぁさぁ! さっそく新しい豆を挽くぞ! 新しく考えたオリジナルブレンドも試してみたいし!! 試飲会しよう、試飲会!」
急に賑やかになった店内に、俺と姉の溜息がハーモニーを奏でた。
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○プロフィール ○作品一覧 ○レビュー
名前:ツカサ
性別:男
職業:保育士
得意ジャンル:アクセサリー、ぬいぐるみ等
メッセージ:男女共に使いやすいアクセサリーを制作しています。皆様の生活に細やかな彩りを添えられますように。
真田さんに教えてもらったアプリで作家検索をしてみたところ、ツカサさんのページはすぐに見つかった。評価は満点の星五つ。人気の作家であることが伺える。作品一覧を見ていくと、ピアスやネックレスにリング、ブレスレットといった定番のアクセサリーに加え、女性が好きそうなヘアアクセサリーやぬいぐるみの画像が載せられていた。
真田さんの物はどちらかというとカラフルで可愛い印象を受けたが、ツカサさんの作品は色使いやデザインがシンプルで大人っぽい。とにかく、二人ともこの界隈ではかなりの人気があるらしい。
ワークショップオフ会はSANA役の姉と、本物のSANAである真田さん、そしてツカサさんとその妹の四人で行くのだが、何しろ姉はハンドメイドについて全くの素人だ。なので、基本くらいは知っておこうとここ数日勉強に励んでいる。成果についてはなんとも言えない。
ちなみにワークショップとは体験型講座の事である。参加者がただ話を聞くだけでなく、実際に体験が出来るというものだ。今回俺たちが参加するのは「スノードーム手作り体験会」という物で、講師の方の話を聞き、教えてもらいながら実際にスノードームを作るらしい。
姉は料理やお菓子作りは得意だが、元々手先はそんなに器用な方ではないのでボロが出ないか今から心配だ。人気ハンドメイド作家SANAの顔に泥を塗る結果にならなきゃいいけど。
「ねぇ賢斗、明日の服はどれがいいと思う?」
タンスから引っ張り出してきたであろう大量の洋服を抱えた姉が、ノックもなしに俺の部屋に入ってきた挙句勝手にファッションショーを始める。
「このワンピースなんてどうかな?」
「あー。いいんじゃない?」
「ちょっと! ちゃんと見てから言ってよ!」
仕方ないのでスマホから正面に視線を移すと、姉が自分の体にワンピースを当てていた。白い半袖シャツの真ん中にベルトが付いていて、そこを境にスカートの生地が紺色に変わっている。似合ってるけど、なんかデート向きって感じがする。
「スカートより、涼しくて動きやすい服装の方がいいんじゃないの。作業するんだし」
「……確かにそうね。じゃあこっちの白シャツにダスティーピンクのプリーツワイドパンツを合わせよっかな。それとももっとシンプルにした方がいいかなぁ?」
うきうきと呪文のような単語を並べる姉は楽しそうだ。おそらく、仕事とはいえ外で八神さんと会えるのが嬉しいんだろう。分かりやす過ぎて溜息が出る。
「姉ちゃん。明日は〝ハンドメイド作家SANA〟として真田さんの憧れの人に会うんだからな。いくらお洒落したって八神さんとデートするわけじゃない。俺たちはあくまでサポートなんだから」
「わ、分かってるわよ! 私はただ相手が抱いてるSANAのイメージを壊さないようにしようと思ってるだけで! 八神さんとデ、デ、デートだなんて思ってないわ!!」
それとなく釘を刺すと、姉は顔を真っ赤にして部屋を出て行ってしまった。う~ん……女心は難しい。