「実は……俺、ネカマやってるんスよ」

 いきなり衝撃のカミングアウトである。

「ネカ……えっ?」
「ネット上で性別を女だって偽ってるんス。このアプリもSANAって名前でアカウント作ってて……」
「な、なんでそんな事?」

 ぽろりと口を出た疑問に、真田さんはクワっと目を見開いて叫んだ。

「だって!!!! 男がこんなん作ってたら気持ち悪がられるに決まってんじゃん!? ハンドメイドって圧倒的に女子率高いし!!」
「は、はぁ」
「アプリの登録者も女子のが多いし!! 男って分かったらドン引きされてありえないこの人からは買わないとか差別されんのがオチなんだよ!! だから警戒されないように性別偽ってネットでハンドメイド載せてんの!! 実際ネット上での俺、みんなと仲良いしな!」
「す、すみません!」

 どうやら俺は彼の中にある怒りのスイッチを押してしまったらしい。目が血走っている。ヤンキー怖い。佐竹さんで少し慣れてるとはいえヤンキー怖い。八神さんは落ち着かせるように言った。

「つまり、真田さんはこのアプリ及びネット上では女性のハンドメイド作家として活動してるため、オフ会には行きたいけど男だとバレるので返事に困っている。という事ですか?」
「……ッス」

 幾分か落ち着いたらしい真田さんがぽつりぽつりと話し出す。

「誘ってくれた人、ツカサさんっていうんスけど……最初はお互いの作品に公開コメントで感想書いたりしてて。だんだん話が盛り上がってDMで連絡取るようになって」
「なるほど」
「てかそのツカサさん二十五才の保育士で、なんと男の作家さんなんスよ!!」
「えっ!?」

 お、男? あれ、真田さんはハンドメイド作家はほとんどが女性だから浮かないように女だって名乗ってるはずだよな? ちゃんと男の作家もいるんじゃん。話矛盾してないか?

「なんだ。相手が男なら〝実は俺も男でしたすいません〟で済むんじゃないですか?」
「はあああ!? こちとら男で同じ趣味持った貴重な友人逃したくねんだよ!! でもあっち俺のことマジで女だと思ってっから!! 男だってバラしたら俺達の信頼関係が一気に崩壊すんだろーが!? そんくらい分かれや!!」
「すいません! すいませんってば!」

 必死に謝って目の血走った真田さんを(なだ)める。どうやら俺は彼の地雷を踏んでしまう質のようだ。

「この人は……ツカサさんは俺と違って。男でも堂々と作品出してるのがかっこいいなって思ったんスよ」

 ムスッとした顔で続ける。

「俺が思いつかないようなデザインとそれを実現出来る技術、スゲェ尊敬してんス。直接会って教えてもらいたいって気持ちもあるけど、ずっと騙してたっつー負い目があって。いや……違うな。俺はなにより怖いんだ。否定されたり幻滅されたりしたらと思うと……本当のことを話すのが怖い」
「……真田さん」
「こんな成りでこちゃこちゃ可愛いモン作ってると周りから色々言われんスよ。男子からは似合わないって揶揄われたり嫌がらせされたりしょっちゅうで。女子には割と受け入れられたけど、一部からは気持ち悪いとか言われて引かれてたし」

 ははっと寂しげに笑う。真田さんのピアスがゆらりと揺れた。

「だからせめてネットの中では自由になりたくて女だって嘘ついてんスよ。情けねぇんスけどね」
「僕は別におじさんやヤンキーが可愛い物作っててもいいと思いますけどねぇ。それの何がいけないのかまったく理解出来ない。ま、男は基本中身がバカですから。やっかみもあったんでしょうね」

 八神さんは珍しく怒ったように言った。きっと、自分の好きな事をしてるだけなのに、真田さんが理不尽な扱いを受けてきたことが許せないんだろう。

「真田さん、オフ会っていうのはその彼と二人で会うんですか?」
「いや、妹も来るらしいッス。てかオフ会って言ってもきっちりしたオフ会じゃなくて。今週末に南町ガーデン・ビルの二階でスノードーム作りのワークショップがあるみたいなんスけど、それに行かないかって誘われてるだけなんス」
「なるほど。……君はそのワークショップに行きたいんだよね?」

 八神さんは小首を傾げて彼の意思を確認する。目をあちこちに泳がせながら、真田さんは小さな声で言った。

「そりゃ……行けるなら行きたいッスけど、でも、」
「だよね。よし、じゃあ行っちゃおう!」

 ニコリと笑みを浮かべた八神さんの発言に、真田さんの鋭い目付きがさらに上がった。

「いやだから!! 行ったら男だってバレるじゃないッスか!?」
「うん。だから()()()()()()()すればいいんじゃない?」
「そんなのどうやって……ま、まさか女装させる気なんじゃ!? ムリッスよ!? 俺可愛い物作るのが好きなだけでそういう趣味ないッスからね!?」
「違う違う。そうじゃなくてね、オフ会には()()()()()()()()に行ってもらえばいいと思うんだよね」
「……は?」
「その女性を〝SANA〟にして、君は彼女に同行させてもらえばいい。そうすれば君は正体を明かさないまま憧れの人に会える。向こうも妹さんを連れてくるみたいだし、人数的にはちょうどいいだろ?」

 真田さんは迷っているようだった。

「……でも俺の代わりに行ってくれる人なんて見つかります? ある程度話とか分かってもらわなきゃなんないんスけど」
「その心配はしなくていいよ。僕が信頼している女性に頼むつもりだからね」

 ……あれ。なんだか嫌な予感がするぞ。八神さんの狭すぎる交友関係の中で信頼を寄せている女性なんて、うちの姉ちゃんくらいしか思い浮かばないんだけど。

「俺、一回でいいから友達とこういうイベントに参加してみたかった。でもこんな状態で会っていいのかめっちゃ悩んでて……」
「会って本当の事を話すも良し、そのまま楽しむも良し。これは真田さんにとって一歩踏み出せるチャンスなんじゃないかな? ツカサさんは大切な友達なんでしょう?」

 腕を組んでしばらく考え込んでいた真田さんはスマホを手に取ると、決意したように指を動かす。おそらくオフ会の返信をしているのだろう。

「ワークショップ、参加することにしました」
「ええ。良かったですね」
「それで、俺の代わりの人を探してほしいんスけど……大丈夫ッスか?」
「もちろん。大丈夫ですよ」
「迷惑かけてすんません。てか俺が言えることじゃないスけど……探偵事務所って普通こんな依頼受けないんじゃないんスか?」
「ははっ、そうかも。でもね、探偵っていうのは困ってる人を放っておけない(さが)みたいでね」

 答えになっていないような答えに、真田さんはクスリと笑ってくれた。