サマーバケーション。夏の休日。そう、世間は夏休みに突入した。
開放的な気分になりがちなこの時期はやれフェスだやれ海水浴だやれ祭りだとイベントが盛り沢山だが、俺は青い海も白い砂浜も夜空に咲く花火も何も見なくていい。俺は、エアコンが効いた涼しい部屋でだらだらと一日を過ごせれば何も文句は言わないのだ。枯れた青春なんて言われても痛くも痒くもない。
しかしながら、八神さんは放っておくとおそらく熱中症か栄養失調であっという間に死んでしまうので、夏休み中はほぼこの探偵事務所を訪れなければならない。ちなみに冬は凍死の危険性が加わるので冬場もほぼ毎日訪れる。ああ、あの人はなんてめんどくさい人種なんだろう。
「ああ……暑い。暑すぎる……こんな時に外なんか出たら死んじゃう……死んじゃうよ……」
心底ぐったりとした表情で八神さんは言った。白いワイシャツと同じ色をした肌の色のせいか、暑い暑いと言いながらも見た目は涼しそうである。
「これは地球が僕たちに復讐でもしてるのか? 人間が好き放題汚してしまったから……地球温暖化を止めることは出来ないのだろうか。そうだな、まずはCO2の削減と海洋プラスチックゴミの削減から始め、」
ぶつぶつ独り言を呟いているこれは暑さで頭がやられてるわけじゃない。残念ながら通常運転だ。
「あのぉ、すんません。今ちょっといーッスか?」
低い声にハッとして振り向くと、金髪ツーブロックの強面ヤンキー風な男性がドアの前に立っていた。驚いて固まっていると「一応ノックしたんスけど気付かなかったみたいなんで」と鋭い視線で言われる。
「す、すいません! ええと、まずはこちらへどうぞ! ほら八神さん、お客様ですよ!!」
俺は慌ててヤンキーを中に案内する。暑さとは違う汗が出そうだ。デスクからのそりと顔を上げた八神さんは幽霊と見間違うような儚い笑みを浮かべヤンキーと対峙する。
「どうも八神碧です。こっちは助手のケンティー」
「……佐藤賢斗です」
なんだそのあだ名一回も呼ばれた事ねぇよ! というツッコミを喉の奥に抑えながら、俺は八神さんをジロリと睨む。
「真田樹。飲食店アルバイトッス」
「そっかそっかぁ~。暑い中よく来たねぇ。ほらほら、冷たい物でも飲んで」
なんだか久しぶりに実家に帰ってきた孫との会話に聞こえるのは気のせいだろうか。
「や、なんつーか。たまたま入った下の喫茶店でケーキ食ってたら、美人な店員さんに上の探偵事務所に行ってみればって言われて来たんス。あの人なら相談にのってくれるよって」
「何か困ってることがあるなら聞きますよ。探偵ですから」
八神さんは探偵と便利屋を間違えてるんじゃないだろうか。俺はペットボトルの中身をコップに注いだだけの麦茶を真田さんの前に持っていく。
「もちろん、相談された内容は誰にも言いません」
安心させるように笑うと、真田さんはぼそぼそと話しはじめた。
「実は俺……こう見えて物作りが好きで。物作りって言っても家造りとかDIYとかじゃなくて。その……女性が好きそうなアクセサリーとかぬいぐるみとかそういう可愛い系の。ハンドメイドっつーんスけど」
……パードゥン? 心の中で呟いて、失礼ながら二度見する。そのせいで危うく麦茶を零しかけてしまった。女性が好きそうな可愛い系のハンドメイドって……誠に失礼ながらその外見からはまったく想像がつかない。どっちかといえばクラブでポンポンとかナイトプールでパシャパシャとかしてる方がしっくりくる。いや、偏見を持っているわけではないが……ただただ驚いた。
「ちなみにこのピアスも自分で作ったやつなんスけど」
「わっ! すごい!! 売り物かと思った!!」
それは八神さんの意見に同意見だった。長さの違うシルバーの二十チェーンが付いたロングピアス。片方の先に小さな星が装飾されていて、男女に人気がありそうなデザインだ。
「いや、こんなのは簡単なんス」
少し照れたように言う姿はなんだか可愛く見える。え、なんかこの人、見た目怖そうなのに中身めっちゃいい人じゃね?
「ハンドメイド作家の作品を売買出来る『Cre』っていうアプリがあって、俺はそこに登録して自分の作品載せてるんス。こんな風に」
見せられたスマホの画面にはSANAの名でずらりと画像が並んでいる。レジンピアス、ビジューネックレス、刺繍ハンカチ、ネコのチャームが付いたストラップ。どれもお店で売られているようなクオリティーだった。
すげぇ。このファンシーな小物が全部この強面ヤンキー真田さんの手作りなんて信じられない。
「こうやって作品を投稿して販売してるんス。作品に対して感想を言い合ったり、アドバイスしたり作りたい作品のアイデア出し合ったりも出来て」
他の人の作品も見せてくれたのだが、みんなクオリティーが高く手作りとは思えないものばかりだった。
「好きこそ物の上手なれなんて言いますけど、皆さん本当にお上手ですねぇ」
「みんなマジでヤバいッスよね! 実はこのアプリで仲良くなった人がいて……オフ会しないかって、誘われたんスけど……」
「オフ会っていうのはネットでやり取りしている人と実際に会う、ということですよね?」
「……はい」
真田さんは何故か浮かない顔をしている。
「真田さんはオフ会に行きたくないんですか?」
「いやいや違うんス! オフ会に行きたくないわけじゃなくて! むしろ行きたいんスけど、でも!」
はぁ~と長く息を吐いて、真田さんは力なく言った。
開放的な気分になりがちなこの時期はやれフェスだやれ海水浴だやれ祭りだとイベントが盛り沢山だが、俺は青い海も白い砂浜も夜空に咲く花火も何も見なくていい。俺は、エアコンが効いた涼しい部屋でだらだらと一日を過ごせれば何も文句は言わないのだ。枯れた青春なんて言われても痛くも痒くもない。
しかしながら、八神さんは放っておくとおそらく熱中症か栄養失調であっという間に死んでしまうので、夏休み中はほぼこの探偵事務所を訪れなければならない。ちなみに冬は凍死の危険性が加わるので冬場もほぼ毎日訪れる。ああ、あの人はなんてめんどくさい人種なんだろう。
「ああ……暑い。暑すぎる……こんな時に外なんか出たら死んじゃう……死んじゃうよ……」
心底ぐったりとした表情で八神さんは言った。白いワイシャツと同じ色をした肌の色のせいか、暑い暑いと言いながらも見た目は涼しそうである。
「これは地球が僕たちに復讐でもしてるのか? 人間が好き放題汚してしまったから……地球温暖化を止めることは出来ないのだろうか。そうだな、まずはCO2の削減と海洋プラスチックゴミの削減から始め、」
ぶつぶつ独り言を呟いているこれは暑さで頭がやられてるわけじゃない。残念ながら通常運転だ。
「あのぉ、すんません。今ちょっといーッスか?」
低い声にハッとして振り向くと、金髪ツーブロックの強面ヤンキー風な男性がドアの前に立っていた。驚いて固まっていると「一応ノックしたんスけど気付かなかったみたいなんで」と鋭い視線で言われる。
「す、すいません! ええと、まずはこちらへどうぞ! ほら八神さん、お客様ですよ!!」
俺は慌ててヤンキーを中に案内する。暑さとは違う汗が出そうだ。デスクからのそりと顔を上げた八神さんは幽霊と見間違うような儚い笑みを浮かべヤンキーと対峙する。
「どうも八神碧です。こっちは助手のケンティー」
「……佐藤賢斗です」
なんだそのあだ名一回も呼ばれた事ねぇよ! というツッコミを喉の奥に抑えながら、俺は八神さんをジロリと睨む。
「真田樹。飲食店アルバイトッス」
「そっかそっかぁ~。暑い中よく来たねぇ。ほらほら、冷たい物でも飲んで」
なんだか久しぶりに実家に帰ってきた孫との会話に聞こえるのは気のせいだろうか。
「や、なんつーか。たまたま入った下の喫茶店でケーキ食ってたら、美人な店員さんに上の探偵事務所に行ってみればって言われて来たんス。あの人なら相談にのってくれるよって」
「何か困ってることがあるなら聞きますよ。探偵ですから」
八神さんは探偵と便利屋を間違えてるんじゃないだろうか。俺はペットボトルの中身をコップに注いだだけの麦茶を真田さんの前に持っていく。
「もちろん、相談された内容は誰にも言いません」
安心させるように笑うと、真田さんはぼそぼそと話しはじめた。
「実は俺……こう見えて物作りが好きで。物作りって言っても家造りとかDIYとかじゃなくて。その……女性が好きそうなアクセサリーとかぬいぐるみとかそういう可愛い系の。ハンドメイドっつーんスけど」
……パードゥン? 心の中で呟いて、失礼ながら二度見する。そのせいで危うく麦茶を零しかけてしまった。女性が好きそうな可愛い系のハンドメイドって……誠に失礼ながらその外見からはまったく想像がつかない。どっちかといえばクラブでポンポンとかナイトプールでパシャパシャとかしてる方がしっくりくる。いや、偏見を持っているわけではないが……ただただ驚いた。
「ちなみにこのピアスも自分で作ったやつなんスけど」
「わっ! すごい!! 売り物かと思った!!」
それは八神さんの意見に同意見だった。長さの違うシルバーの二十チェーンが付いたロングピアス。片方の先に小さな星が装飾されていて、男女に人気がありそうなデザインだ。
「いや、こんなのは簡単なんス」
少し照れたように言う姿はなんだか可愛く見える。え、なんかこの人、見た目怖そうなのに中身めっちゃいい人じゃね?
「ハンドメイド作家の作品を売買出来る『Cre』っていうアプリがあって、俺はそこに登録して自分の作品載せてるんス。こんな風に」
見せられたスマホの画面にはSANAの名でずらりと画像が並んでいる。レジンピアス、ビジューネックレス、刺繍ハンカチ、ネコのチャームが付いたストラップ。どれもお店で売られているようなクオリティーだった。
すげぇ。このファンシーな小物が全部この強面ヤンキー真田さんの手作りなんて信じられない。
「こうやって作品を投稿して販売してるんス。作品に対して感想を言い合ったり、アドバイスしたり作りたい作品のアイデア出し合ったりも出来て」
他の人の作品も見せてくれたのだが、みんなクオリティーが高く手作りとは思えないものばかりだった。
「好きこそ物の上手なれなんて言いますけど、皆さん本当にお上手ですねぇ」
「みんなマジでヤバいッスよね! 実はこのアプリで仲良くなった人がいて……オフ会しないかって、誘われたんスけど……」
「オフ会っていうのはネットでやり取りしている人と実際に会う、ということですよね?」
「……はい」
真田さんは何故か浮かない顔をしている。
「真田さんはオフ会に行きたくないんですか?」
「いやいや違うんス! オフ会に行きたくないわけじゃなくて! むしろ行きたいんスけど、でも!」
はぁ~と長く息を吐いて、真田さんは力なく言った。