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「つまり、もう一人の幽霊が現れたって事?」

 幽霊よりも青白い顔をした八神さんが、読んでいた本から顔を上げて言った。

「違います。誰か別の()()が現れたんです」

 興奮冷めやらぬままさっきのアレを事細かに説明したところ、八神さんから的外れな回答が返ってきたので俺は正しく言い直す。あれは幽霊なんかじゃないって。足音聞こえたし、懐中電灯持ってたし。

「え~。幽霊って言った方が盛り上がると思わない?」
「この世に幽霊なんて非現実的なものは存在しません」
「まったくもう、ケントくんは夢がないなぁ」
「ふふっ。あんた昔から怖い話苦手だったもんね~? テレビで心霊特集とかやってるとすぐ目線逸らして」
「苦手じゃない。……得意じゃないだけだ」
「あら、それを世間一般では苦手って言うのよ?」

 姉は面白そうにクスクスと笑った。違うんだって。別に苦手なんじゃなくて得意じゃないだけなんだって。マジで。

「でも確かに不思議だね。奈々さん曰く、今まではこんな事なかったんだろう?」
「なかったって言ってました。あの足音が誰か心当たりもないって。……肝試しに来た生徒の誰かですかね?」
「その可能性も否定出来ないけど、それにしては大人しすぎる気がする。生徒だったらもっと大人数で来そうだし、例え一人で来ても写真や動画を撮ったり、もっと色んなとこ見て回りそうじゃない?」

 言われてみれば確かにそうだ。

「だとすれば噂が広まったことによる教師の見回りか、あるいは──」
「八神くんと弟くんに朗報だ! さっき学校側から連絡が来て、取材の許可が取れたぞ! 今週の土曜、午後一時だそうだ!!」

 大きな声を上げながら芳賀さんが店に入ってきた。珍しく外に出ていたらしい。おそらく、佐竹さんから逃げていたに違いない。

「そうそう、八神くんは俺の担当編集者ってことで同行してもらうから何か聞かれたら話を合わせておいてほしい。当日は西原(にしはら)っていう男の先生が案内してくれるらしいが弟くん、知ってるか?」

 西原……確か今年二年目の社会科教師。一年生の担任だし教科担任でもないので関わりはないが、顔と名前ぐらいは知っている。

「関わりはないですけど一応知ってます」
「なら良いだろう。俺が弟くんと知り合いだって事を話したらその先生と一緒に校内を案内させるって。これで堂々と行動出来るぞ! よかったな!」
「ありがとうございます。でも、芳賀さんは仕事の方大丈夫なんですか?」
「ん? まぁーアレだ。佐竹に言ったら締切近いくせに何寝ぼけたこと言ってんだ吊るすぞボケゴラァってキレられたんだけどー、作品のためにどうしても必要なんだってゴリ押ししてなんとか許可もらえた! ついでに締切も伸ばしてもらえた! 超ラッキー!」

 ああ、あんなに協力的だったのはやっぱり締切から逃げたかったからか。ちょっとでも芳賀さんを見直した自分が恥ずかしい。

 交換したばかりの江川さんの連絡先にメッセージを送ると、「わかった」と簡素な答えが返ってきた。……今日は木曜日。土曜日まであと二日。

「本当に見つかるんですかねぇ……」
「ん? 奈々さんの探し物? 大丈夫じゃない? だいたい目星はついてるし」
「はぁ!?」

 何言ってんだこの人。音楽室にも行ったことないくせに目星はついてるだと? おい嘘だろ探偵か!? ……あ、一応探偵だったんだ。

「まだ確信はないけどねぇ。ま、大丈夫だって。最悪みんなで探せば見つかると思うし!」

 ド甘ったるい飲み物をごくりと飲み干し、無責任な発言をする八神さんには不安しかなかった。