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「もうすぐご飯だから、とりあえずこれ食べてて下さい」
八神さんの栄養補給のため喫茶店に向かうと、その顔色を見た姉が慌ててサンドウィッチを作り、八神さんの口に詰め込んだ。八神さんは喉に詰まらせることなく上手に咀嚼する。
「もふぁふぁん、あいあとう」
おそらく「萌加ちゃんありがとう」と言っているんだろうけど、飲んでから言えよ。もきゅもきゅとハムスターのように両頬を膨らませた八神さんを見て溜息をついた。
しかしまぁ、まさかあれだけ噂になってる旧校舎の幽霊の正体がこんなところで判明するなんて青天の霹靂だ。ほらな。この世には幽霊なんてものは存在しない。真実というのはこんなにもあっけないのだ。
「ケントくん」
スープでパンを流し込んだ八神さんが口を開く。
「さっきは詳しく聞けなかった緑ヶ丘高校に広まる幽霊の噂話。その内容教えてくれる?」
こくりと頷くと、俺は〝旧校舎の幽霊〟について聞いたこと全てを説明した。
「……なるほどね。その幽霊っていうのが音楽室に忍び込んで探し物をしてた彼女だったわけか。しかしみんな想像力豊かで面白いねぇ。音楽室で楽譜を探してるっていうのもあながち間違いじゃないし」
八神さんは楽しそうに言った。
「でも、これじゃそう簡単には探しに行けないなぁ。今はセキュリティが厳しいし、どうやって学校に入ろうか」
「連絡して直接許可取れないんですか?」
「んー、僕は生徒の保護者でもないし学校関係者でもないし、許可は難しいだろうね。ましてや探偵が調査したいからなんて正直な理由を言ったら出禁になりそうだ。そうなったら依頼人にも迷惑がかかるだろ? 調査の事は秘密にしておきたいみたいだし」
どうしようかと悩んでいると、一番奥の席から「ふっふっふっ」という怪しい笑い声が響いた。その席にいるのは一人しかいない。
「ははははは! お困りのようだね八神くん!!」
相変わらずのボサボサ頭に無精髭、よれたシャツにスウェット、履き古したサンダルをペタペタ鳴らし、目の下にくっきりと隈を浮かべた芳賀さんだ。
ここに来るまでよく職質されなかったなと逆の意味で感心させられる格好を見ていると、芳賀さんは無理やり俺の隣に座ってきた。仕方ないので俺は壁側に詰める。
「会話が少しばかり聞こえたんだが、もしかして君たちは緑ヶ丘高校に用があるのかい?」
芳賀さんは何故か嬉しそうに話し出す。
「ええ、まぁ」
「そしてその潜入方法に悩んでいる、と」
「ええ、まぁ」
「フッ。だったら俺に良い考えがある」
ニヤリと笑ったその顔にイラッとしたのは俺だけだろうか。その顔のまま芳賀さんは続ける。
「俺が緑ヶ丘高校に連絡してみよう。小説の取材を申し込めば許可は取りやすいはずだ。なぁに、こっちは佐竹に言っておけば問題ない。ちょうどネタになりそうな幽霊の話もあるしな」
「いいんですか?」
「君たちには借りがあるからね。こういう時くらい協力させてくれ」
芳賀さんは珍しくカッコいいことを言う。この腹の立つドヤ顔がなければなぁ、と俺は内心で溜息をついた。
「許可が取れたら八神くんは俺と一緒に校内に入って、あとは自由に仕事をすればいい。俺は普通に取材してるから。弟くんは生徒だから大丈夫だろ? 案内係とか適当に立候補して八神くんと合流しなよ」
その言葉に、八神さんは申し訳なさそうに眉尻を下げて言った。
「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えてもいいですか?」
「オッケーオッケー! じゃ、ちょっと連絡してみるわ! ……あ、もしもしー。突然申し訳ございません。私、小説家の芳賀恭一郎と申します。はい、はい。え? ははは本物ですよ」
テキパキと動き出した芳賀さんを見て、俺は初めて彼を頼もしいと思った。
……でも、佐竹さんより先に学校に連絡していいのだろうか。いや、良くないだろう。もしかして締め切り逃避に使われたんじゃ……? 佐竹さんの般若のような顔が浮かんできて、俺はぶるりと身震いした。
*
芳賀さんの取材の件は、日程を調整して前向きに検討、ということでまとまったらしい。詳細が決まり次第向こうから連絡が来るそうだ。
俺はその事を伝えに四組の教室に来たのだが、あいにく江川さんの姿は見当たらない。昨日彼女に連絡先を聞かなかったのは失敗だった。……いや、下心とかじゃなくて。次の休み時間にでもまた来ようかと考えていると、後ろから「あれ? 佐藤くん?」と声をかけられた。
振り返ると、教科書と筆記用具を両手に抱えた江川さんが立っていた。どうやら移動教室だったらしい。ちょうど良いタイミングで戻ってきてくれた。俺はすぐに用件を伝える。
「そっかぁ。じゃあもう少し時間がかかりそうだね」
「連絡来たらすぐ知らせるから」
「うん、わかった。……ところで佐藤くん。今日の放課後暇?」
「は?」
「暇ならちょっと付き合って。そうだな……放課後、図書室集合で。詳しい事はその時に。じゃ」
「え!? あっ、ちょ、」
江川さんは言いたい事だけ言うとさっさと教室に入ってしまった。彼女、意外と強引だ。俺が用事あったらどうするつもりだよ。……暇だけど。