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「弟くん見て、これ。愛理が作ってくれたの。俺に。俺のために。愛理が。ひと針ひと針縫ってくれたの。俺のために」
煮込みすぎて溶けかけたお雑煮のお餅のように緩みきった表情で、数え切れないほど見せられた愛理ちゃん特製のお守りを今日も見せられる。
「ハイハイすごいですね上手ですね」
「なんだその棒読みは! 愛理に失礼だろう!」
「いや何百回同じやり取りしてると思ってるんですか。棒読みになるのは仕方ないでしょ」
「チッ。生意気な高校生はこれだから可愛くないんだよ。ねー、愛理」
お守りに向かって話かけている若干サイコパスな芳賀さんに気づかれないよう溜息をついた。
芳賀さんは、愛する妻と娘に力をもらったおかげで、たったの三日で新作を書き上げてしまったらしい。日曜日にホテルで行われたパーティーも無事に終わり、製作も順調に進んでいるそうだ。上機嫌な佐竹さんからそう連絡が来たので、とりあえず一安心である。
ちなみに、パーティーに出席するためそれなりの格好をした芳賀さんは腹の立つ事にカッコ良かった。いつものボサボサ頭は癖毛を生かしたナチュラルヘアに整えられ、伸ばしっぱなしのヒゲは全部剃ってつるつるに。ダークグレーのスーツでビシッと決めた芳賀さんは、普段とは全く別人だった。というか元の顔がいいのだろう。ムカつく。
「お待たせ致しました。カプチーノでございます」
ことりとソーサーを置いたのは、うちの看板娘である俺の姉だった。白いシャツにかかった黒いリボンが揺れる。
「あ、萌加ちゃんからのプレゼントね、家で使わせてもらってるよ。ありがとね!」
「いえ。急だったのでたいしたものが用意出来ず……申し訳ないです」
「そんなことないよ! 毎日飲んでるもん! もちろんあのマグカップでね!」
姉がプレゼントしたのは、喫茶カサブランカオリジナルのマグカップ付きコーヒーセットだった。商売上手の姉らしいチョイスである。
「でも、自分で淹れてもカサブランカの味にはならなくてねぇ。やっぱここで飲むコーヒーが一番美味しいよ!」
「ふふっ、芳賀さんったらお上手ですね」
そう言って、姉は嬉しそうに笑った。
第1話.了