目の前で倒れているスーツ姿の男性に、俺は慌てて駆け寄った。

 床に散らばったたくさんの本はまるで誰かと争った後みたいにぐちゃぐちゃで足の踏み場がない。

 ここはとある雑居ビルの、とある探偵事務所の一室だ。

 場所が場所だけに何か重大な事件でも発生したんじゃないかと思うだろう。……が、その心配は皆無である。

 俺は静かに男性の側にしゃがみ込んだ。俯せの状態で倒れている彼の投げ出された手足はやけに細く、人形のように青白い。しかし、黒髪の間から覗く横顔はその何倍も青白いのだから、この人には本当に俺たちと同じ赤い血が通っているのだろうかと疑いたくなってしまう。……まさか本当に死んでないよな? 俺はそっと彼の手首に二本の指を当て、脈拍を測る。



 ……………………トクン。



 うん。微かだけど、本当に微かだけど、精一杯の力で弱々しく波打つ脈拍を感じる事が出来た。彼は間違いなく生きている。ほっと安堵の息を吐くと、俺は口を開いた。

「大丈夫ですか?」

 声を掛けるが反応はない。……まったく。ここ二日ほど姿を見せないと思って様子を見に来たらこのザマだ。俺は薄っぺらくて冷たい頬をペシペシと叩きながら、今度は大きめな声で言った。

八神(やがみ)さん? 大丈夫ですか? 八神さん?」

 すると、「……うう……ん」という小さな唸り声がして、閉じられていた目がうっすらと開いた。まだ半分しか開いていない目で数回瞬きをすると、きょろきょろと目玉だけを動かす。

「……おはようございます八神さん。気分はどうですか?」

 虚ろな目が近くにしゃがみ込んでいた俺の姿をようやく捉える。彼はにへら、と力なく笑って言った。

「……相変わらずの絶不調だよ」

 八神さんの顔は、やっぱり死人のように真っ青だった。